第37話 やっぱり広い風呂は良い!

代官公館を後に、約1年ぶりに自宅/屋敷に帰って来た。

屋敷は閑静な住宅地、今では内門の中にある旧市街は高級住宅地扱いなのだそうだが、その高級住宅地とやらに有って、かなりの敷地の広さを持つ一見豪邸風の建物だ。

少なくとも1年前には、俺と借金奴隷質が住む本館、錬金奴隷たち様に建てた別邸、馬や馬車置き場、庭仕事用の道具置き場がある厩棟の3軒の建物が立っており、本館は対外的な見栄え等も気にする必要がある事もありそれなりに金をかけて飾ってはいたが、俺が華美に過ぎるのをあまり好まない事もあって、別邸や厩棟はさほど装飾に金をかけていない作りになっていた。最もその分住心地の良さへの配慮には金をかけており、多分その金額を聞いたら引くだろう。


中でも一番力を入れたのが風呂、いや大風呂の造営だ。

元々この地方は基本的に過ごし易い気候も相まって、入浴の習慣があまり根付いていない。この屋敷にも風呂場自体はあったのだが、どちらかと言えば水浴びとその時に使う大きな盥的な物を置いておく水はけの良い部屋的なもので、体を沈めてお湯に浸かる事を前提にした、バルネア的なものでは無かった。

しかし、俺はやっぱり根が日本人だったと言うか、日本人の性が騒いだと言うか、魂が体を伸ばせてお湯に浸かれるクラスの風呂を欲したのだ。

丁度、ステン鋼製品の成功で、自由になる金がそれなりにあった事も幸いした。聞けばダナス・タルディアには、地球人が聞けばローマ風と評するであろうテルマエ(公衆浴場)があると言う。そこで人を雇って、業者と言うかテルマエを作る事が出来る大工を探させて、個人宅としては殆ど無い、大きな風呂を作らせたのだった。

時期的に錬金奴隷用に別邸を建てる必要性が浮上していた事も幸いした。先ずは奴隷たち用の別邸を建て、その中で風呂について色々と確認(実験?)して、問題点を抽出し、改善策を練り上げ、十分に練り上げたところで、本館の改築、大風呂の造営を行ったのだ。

結果、俺的にも十分満足のいくものが出来たと思っている。


当時の俺は、そんな割と満ち足りた暮らしを送っていた訳だが、諸般の事情で王都に行く事になり、せいぜい数か月程度の出張のはずが、国家事業に参加する事になり、1年近くぶりに漸く帰って来れた訳だ。

やっと、自宅の風呂に入れる、と思うと鼻歌が漏れるほどうれしいね。何せ俺の方針でこの時間は大風呂に入り放題になっているはずなのだ。


程なくして、屋敷に到着すると…あれあれ?

門の前に立っているのは誰だろう?

そう言えば、アジュール様がC&Qの売れ行きが伸びるにつれて物騒な騒ぎを起こす奴も出てきたんで、警備の強化をしたと言っていたが、コレか?

てっきり工房の方の話だと思ってたけど、自宅にまで押しかけて来てるのるのかヨ。

自宅には、家の管理を委託されてその辺の裁量権を持っている者しかいないんだけどな、凄いな。


門の前で開門を求めると、確認するから少し待て、と待たされる。

俺はこの家の持ち主なんだけどと切れそうになるが、考えてみればこいつが雇われてから今日まで、俺がこの家に帰って来た事は無いん。当然の事として、コイツ俺の顔を知らないのはしょうがない事なのかもしれない。

何となく釈然としないものを感じるが、暫く待たされていると屋敷の方から誰か来た。

えっと、あれは誰だ?男と言う事はメイドの誰かじゃない。

となると錬金奴隷か雑用係の2人の内の誰かだろうか?

えーと、見た感じ多分、料理番のエルダかな?

何かめんどくさそうな顔しながら、テレテレ歩いてくるな。

そんなに多いのか?ニセモノの俺?


を!

こっちな気づいたな、手でも振ってやるか。

あ、ビックリしてる、www。

慌てて、走り出したよ。


「旦那様、お久しぶりです。」

と、ダッシュで近づいてきたエルダが、肩で息をしながら挨拶してきたので、俺も、

「久し振りだね、エルダ。みんなも息災かい?」

と返しておいた。

「はい。おかげをもちまして。

旦那様は、国のお声掛かりで大変だったと伺っておりますが…?」

「あぁ、そうだね。

それも先日、一区切り着いてね。

お役目も無事な果たせた様なので、こうして帰ってこれた次第だ。

暫くは骨休めを兼ねてノンビリするつもりなので、あらためてヨロシクたのむよ。」

と話を続け、

「ところで彼らは?」

と、話を向けると、

「最近少し物騒なことが続いたことから、代官様が気を使って下さいまして…」

等と言う話をしていると、向こうも気が付いて、

「こちらのお屋敷の警備を請け負っております、アダフィと申します。」

「私は、ベルタです。」

「この他に、今おりませんが、シダーとダルバと言う者を含め4名の体制で交代で警護させていただいております。

残りの2人の挨拶は明日にでも。」

と挨拶してきたので、おれも、

「この家の主人のクァージュだ。長らく王都で王家主導の事業に従事していたが、最近一区切りついあたので帰って来た。

暫くは、こちらでノンビリする予定なのでヨロシクたのむよ。」

と挨拶しておいた。

「あぁ、こちらはタリン、私の妻の様な物なので、そう遇してくれ。」

と紹介し、彼女を促して屋敷に向かった。


屋敷の玄関に着くと、メイドたち総出で出迎えだ。

と言っても、勢ぞろいしても5人しかいないのだが。

「お帰りなさいませ、旦那様。」

とメイド頭のフェンディーネがみんなを代表して声を上げ、みんなも一斉にお辞儀をした。

「フェンディ、みんな、ただいま。

思ったより長い間留守にしてしまったけど、みんな変わりはないかな?」

と声を掛けると、

「ありがとうございます。おかげをもちまして、みんな快適に過ごさせていただいております。

王都では、大分ご活躍のご様子だったと、アジュール様から伺っておりますが…」

等と、俺たちを屋敷の中に導き、外套を受け渡しして、部屋へ案内しながら、話と歩を進めて行く。

他のメイドたちは、フェンディから外套を受け取ったフィフィ以外、三々五々散って仕事に戻っていく。土産などの荷物は馬車に積んだままなので、後でエルダとガートナーに運んでもらうとして、空き部屋の内、ゲストルーム用に設えてある部屋の一つをタリンに割り当て休む様に申し付ける。

先ずはタリンの事を話しておかくかな。

いや、それよりも…

「不在中の細々とした話は、後で時間を作って聞かせてもらうとして…」

と真剣な顔をフェンディに向けると、彼女も真剣な表情でこちらを見返してくる。

一拍置いて彼女に向けて口を開き、

「風呂は入れるかな?」

と聞くと、あ、づっこけた。

何か残念なモノでも見る様な顔でこちらを見ながら、

「勿論でございます。旦那様のご指示で、この時間は何かトラブルでもない限り、お風呂には誰でも入れる様に日頃から手入れしております。」

と答えてくる。

え~、良いじゃんか。

ある意味。それがここに帰って来た最大の楽しみだった訳だし。

王都のテルマエ(公衆浴場)にも無かったんだぜ、うち並みに整備された風呂って。

何せ、本館の風呂を造営するときには、別邸の反省点を反映させる事はもちろん、地球のスパ銭に有る類のもので、こっちの技術で再現できるものは、金に糸目を付けず再現した。恐らくこの世界に1つしかない逸品なんだよ。

多分、王族のウージ様だって入った事が無いであろう、スペシャルバスだってのに。

その反応は、ちょっと無いんじゃない。

いくら自分たちも日頃使っているからって。

色々、思うところはあったけど、そこはグッと堪えて、

「それじゃあ、タリンに声を掛けて、ちょっと入って来るね。

細かい話は、その後で!」

と言って、旅の埃も碌に落とさないまま、旅装束を軽く脱いだだけの身軽な姿で風呂場に突撃だ。


タリンに声を掛けたら、

「もう少し休んで、疲れを取りたい。」

と言うんで、

「それじゃぁ」

と俺は風呂場に向けて突っ込んでいく。

風呂場に着くまでにメイドのトリーダを見かけたので、タリンの所にお茶を差し入れる様に申し付けて、俺はそのまま風呂場へ。

どっから見ても、やばい薬の一つもやってそうなテンション(自覚はある)で、風呂場に着き、脱衣所で着衣を脱ぎ散らかし、すっぽんぽんの姿で、風呂に入って行った。

先ずは、日本のマナーに従って、かけ湯で軽く汚れを流そう。

頭から何回かかけ湯をかぶり、続いて首、脇、股、ケツ、関節回り等、汚れや垢が溜まり易い部分を軽く濯いで、更に一度お湯をかぶる。

軽く汚れが落ちたのを確認して、先ずは露天風の風呂だ。

換気にも気を使い、サンルーム風に仕立てる事で、外の実際に天候に関係なく、露天風呂の風情を味わえる様に設計されている風呂だ。

全身をお湯に沈め、この手の風呂としてはやや温めのお湯の温もりが、ジワジワと体に沁み込んでくる感じを味わう。

その心地良さに、帰って来たんだと、実感がわいてくる。

「あ”~~~~…」

呟くでも無く、呻くでもない、意味の無い音が俺以外入る人のいない風呂場に響き渡った。

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