インターミッション2 高橋重熊(88歳)の場合

もの心ついた頃には既に体が弱く、入退院を繰り返していた。

周りの者に聞いたところでは、生まれた頃からそんな感じで、医者からは生まれた頃には10歳は迎えられまい、10歳の頃には20歳は迎えられまい、と言われていたそうだ。幸い生家は、地元で素封家と言われる程度には資産家で、私の入退院の費用を支える位の散財はどうと言うことは無い家だったらしい。


赤紙も健康診査で撥ねられるしかなく、常に碌に自由の効かない体をもてあましながら生き長らえてきた。地方住まいである事が幸いしてか、戦時中に空襲で焼きだされる事も無く、気が付けば、両親はもとより兄弟にも、見合いで娶った妻にも先に逝かれてしまい、静かに迎えを待つばかりの状態で何年経ったのかも分からない様なありさまで生き行きながられていた。

そんな折だ、異界の神に選ばれたのは。

私の人生は、ただただ生をつなぐだけのものだった。何も残すこと無く、命を繋ぐことも許されず、ただ生きてきただけだった。

異界の神は、それで良いのだと言ってくれた。そして、新しく生き直す機会を下さると言ってくれた。


新しい人生では、自分で決めた生を自由に生きることが許されるらしい。どの様に生きていくかも自分で決めて、その通りに生きていく、今までの生で許される事なく過ごして来た事が出来る様になるらしい。

私の今までの人生は、何も残せず、何の証も立てることも無く、ただ流されていくだけのものだった。幸い分家の者として許される程度の財産は両親から受け継ぐことが許され、それをただ食いつぶす事で生きながらえて来たが、これもいよいよお終いと言うタイミングでのお誘いだった。

何も無しえなかった私は、わずかに散文を書き散らす程度の事しか出来ないが、それでもそれが良いと言ってくれる人達がいた事が、私のわずかな救いだった。


神の手助けを受けて、次の人生で身にまとう事になる体を作っていく。それまでの人生を反映すると言う私の体は、情けない程貧弱なものだったが、それ故に、多くの可能性を秘める事が可能であったらしい。正しく生きて良く事でそれなりの体を得る事が出来るのだと教えて貰えた。


私が生まれ変わる体は、ヒューマンと言う種族のものらしい。ヒューマンとは、今の私の体に最も似た体を持つ種族の呼称らしい。私も若い頃は、許される範囲で海外の空想小説の世界の中で想像の羽を広げ冒険の旅に胸を躍らせた事もある。あくまでも当時の世相の中で許される範囲でしかなかったが、そんな中で精いっぱい胸をときめかせて空想で旅を楽しんだ。恐らくそう言う類のモノを実際に経験する事が出来るのだろうか等と考えていると、人の想像する異世界と言うものは余程突飛な物でもなければ大概は実在するものだと教えられた。むしろ、独自に想像するのではなく、そう言う世界と波長が合う者が、そう言う世界の現実を頭の中に浮かべる事ができて、それを想像力で補って物語を作る、そう事が多いものらしい。

だから、人が想像する未来は大抵実現するものなのだと教えてもらった。


何はともあれ、神の助けを借りて私の新しい世界で過ごす為の体作りは終了した。私は、これからアスと言う名のヒューマン族の少年として生きて良く事になる。アスの語源はウェルズ語の熊、私の名前から1字頂いた形だ。

齢は13歳、未だ成熟しきれていない体を持つ、大きな可能性を秘めた少年だ。

碌に働いた経験が無い私の為に、専修学校と言うところで、2年間働くと言う事を学ぶ機会がいただけるのだと聞いた。

中央大陸と呼ばれる所の西部、中央山脈の西方のすそ野に広がるかなり広い扇状地にあるシルフェン・グロウィルと言う街に住むことになるそうだ。


私は、生来体が弱く入退院を繰り返す様な生活を送っていたこともあって、真面に仕事に従事した事は無い。と言うか仕事に就けた事は一度も無い。

下手をすると直ぐに倒れてしまう為と、体の不調に引っ張られる様に気分も直ぐに悪くなりがちだった為だが、その件で子供の頃は周囲から責められる事も多かった。

曰く、あの怠け者をどうにか出来ないのか?

曰く、直ぐにせきこむ奴がいるが、あれはうつらないのか?

等などだ。

何かあれば直ぐに両親が出て行って話をし、結果の殆どは相手が平伏していた様ではあったが愉快な経験では無かった。


妻も、近所の小作農の娘を、半ば借金のカタに取る様にあてがわれたのだと後から聞いた。何せせめて情を交わして証を残そうとしても、自分の息が直ぐに上がってしまい碌に情を交わす事も出来ないのだがら。それでも両親が健在なうちは貞淑な妻として過ごしてきたが、両親がなくなりその分け前にわずかばかりの財産が手に入ると、男を作ってどこかに行ってしまった。だが、何もできなかった私にあの女を責める事は出来なかった。


今度の生では、せめてきちんと自らの手で得た糧を食んで生きていきたいものだ。

そんな事をつらつらと思っていると、どうやら準備が整った様で、一歩踏み出せば何時でも向こう側の世界に行けると知らせが来た。。

この様な機会を頂けた事に大きな感謝を込めて、今度の生を精一杯生きてゆきたいと思う。

ありがとう。


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