第35話 王都編⑲さらば王都
何かどんどん自分で自分の首をし絞めている様な気がしているのは、気のせいではないだろう。
抽出施設の大改修案等については、ほぼこちらの意見が全面的に認められ、必要なチェックもこちらで適宜行える様になった。結果、例の担当技官を含む何人かが責任を負わされる形になり、当分王都に居る事が出来なくなったそうだが、仕方あるまい。
何でも、抽出施設担当に至っては、実際の設計担当や工事の請負業者に親戚を使って、中抜きもかなりひどかったらしい。
ある程度は、業務をスムーズに進めると言う名目で、役得を認められている部分ではあるらしいのだが、今回はそれで許されるレベルでは無い程ひどかったらしい。
そう言う意味でも、暫くはどさ回りして頭を冷やしてこい、と言う事になったそうだ。ちなみに、国試を通って官僚となる事が認められた事務官が免職される事が殆ど無いらしい。それだけ国試を通る事は難しく、試験中に人格的・性格的なチェックも行われるそうで、問題を起こして降格される事はあっても、めったに首にはされないらしい。やらかした事のレベルに応じて相応の重さで相応の期間禊が必要になるらしいが、今回の件でも首にならないなんて、違った意味で凄いな国試。
と言うか、大丈夫か、この国?!
そんなこんなで、抽出施設の建築問題も解決し、同時に錬金魔法士の教育施設も程無くして完成したので、本格的な人材教育が始まった。
まずは、約束通りの1期生20人が対象だ。
事前にそれなりに時間があったので、万端とまでは言わないがそれなりの準備をすることができた。底本もそれなりのものを準備する事が出来たと思っている。内容については、ウージ様のところで紹介された魔法士団の副団長さんにチェックをお願いしたんだが、あまりにこの世界の常識とかけ離れた内容となった為に、真剣に頭を抱えていた。ただし、記載内容の検証もしてくれたみたいで、その結果、底本の内容が正しい事が確認されてしまったそうで、なおさら頭を抱えてるはめになってしまったとぼやいていたが、いずれ機会を見て魔法士団員の再教育も必要になったとかで、その時は協力する約束をさせられてしまった。
加えて、本格的な教育を開始するのにあたって、この世界の錬金術の常識とかけ離れた事を教える事になる為、有力な一門の門閥の者には受け入れられない可能性が高い事を副団長に指摘され、ウージ様と協議して、そういう者達が離反したら、錬金魔法を使う素質はあるが、この種の教育を受ける事が出来なかった奴隷等を集めておいて、いつ有力一門の一員が離脱しても良い様に準備してもらう事になった。
この件については、例の魔法士団の副団長さん曰く、
「こんな事を教えられて受け入れられる門閥の人間がいるなら会ってみたいほど衝撃的な内容だった。しかし、この中に記載されている内容で検証可能な事象の検証をすれば、認めざるを得ない事に気が付くはずだ。
たぶん、有名な錬金一派の者たちは、これを受け入れられず残らず脱落するだろう。」
との全くうれしくない保証(予言?)をもらってしまった。
なんでやねん。
そんな感じで、教育が始まった訳だが、予定通りというか、想定通りと言うか、有名門派推薦で参加してきた実力派と呼ばれる錬金魔法士の殆どは、碌に講義を受ける事無く脱落していった。
具体的には、門閥側からの抗議が来て、授業をボイコットする者が殆どだったのだが、そんなもんは、この教育に参加する際に行った署名させた契約の履行義務違反になる、と言う判断でペナルティ付きで強制的にご退場いただく事になった。(と言うか、ウージ様との事前打ち合わせで、そうする事になっていた。)
残ったのは、結局、生活の為に授業を受けなければならない者たち(彼らは有力者のバックアップが無い為授業を受けてきちんとその内容を理解している事が小テストなどで証明する事ができなければ給金をもらえない。それどころかペナルティで破産する事になる様な契約でこの授業に参加しているらしい)と交代要員として用意されていた奴隷魔法士候補達(当然主人のウージ様の命令でこの授業の内容を習得すべく必死で勉強している)だ。
10日経ち、20日経ち、授業が進行していくのにつれて、何を夢絵事を言ってるんだと言う顔で授業を受けていた者たちも、教えられた内容が実は現実に合致しており、今まで常識だと言われてきた事が間違っていた事に気が付きはじめ、受講態度が改まっていった。
1月経ち2月経った頃、俺の教えるメソッドに基づき簡単な錬金魔法が使える様になった者たちが出だすと、その辺の真剣度合いがグッと上がった。
時と共に簡単な術式から始まって複雑で難解な術式まで、使える魔法も徐々に高度化し、適切な知識さえあればその辺に転がっている石ころからでさえ、貴金属が抽出できる様になる可能性ある事を知った時には、狂喜乱舞とい言う言葉がふさわしい熱狂振りを示し始めた。
そして遂に、モリブデンやバナジウムを抽出する事が出来る術者が誕生した。
教育を始めて約5か月。見込みより少し早めの達成だったのは、教育を始める段階でそれなりに準備をする期間があたえられ、教育内容を吟味する事が出来た為だったろうか。
以後、Q(クァージュ)式メソッドと呼ばれる錬金魔法士の育成法が、この国の錬金魔法士教育の中で大きな勢力を占めていく事になるのは別の話だ。
やがて、約束の半年が過ぎる頃には、1期生の殆どが何らかの適性のある素材の抽出が出来る様になっており、その多くは抽出施設にてモリブデンとバナジウムの抽出を行う担い手として、残りの者も鍛錬施設でMV鋼の品質管理の担い手として働く事が出来る程度には錬金魔法の能力を持つようになっていた。
俺は、久しぶりにウージ様にあって、1期生教育の満了とその成果を報告していた。
期中、度々中間報告としては伝えていたが、満了時報告と言うのは色々とこみあげて来るものがある。まぁ、半年で出来る範囲の教育を施した促成栽培的なものでしかないのだが、それは仕方が無い事と割り切る事にしている。
そして、思っていたよりも錬金魔法によるモリブデンとバナジウムの生産量が多く、国から最終目標として提示されていたMV鋼月産500のラインを超える生産を達成したと聞いていた。
約束通りであればこの段階で契約完了となるはずで、俺の仮官僚生活もそろそろ終わりを告げる事になるはずだ。
つらつらと思い浮かべるでもなく、この1年弱ほど事を話していると、ウージ様がこの後どうするかと問うて来た。
俺は少しの間、その事について考えをまとめ、
「とりあえず、トレファチャムの町に帰ろうかと思います。」
と答えた、彼もそれを見てうなずいていたので、了解はもらえたのだろう。
実はこの1年弱ほどで、クァージュ工房は王都へ正式に進出を果たしていた。
と言うかこの件に関しては、やはりと言うか当然と言うか、俺の長期不在が問題になったのだ。C&Qの刻印は、俺の持つ2号印とコジ君の持つ1号印を除けば、マスプロ品用の無印印しかない。
そして、ステン鋼を製造できる権利は特許契約の関係で、うちの工房か、俺が認めた工房でしか出来ない。
ところが市場のニーズはこちらの生産能力をはるかに超えるレベルで広がりを見せていた。
そして、ステン鋼を製造する為の要である、クロムとニッケルは俺と俺の門下生である錬金奴隷達にしか生産ない。
実は、MV鋼を製造する為に教えた錬金魔法士達も生産する事は出来るのだが、特許の制約があるので、勝手には製造出来ないのだ。しかも彼らはMV鋼作りを最優先しなければならないと言う制約もある。
金持ちと言うのは凄いもので、別に普段自分たちが使わない調理道具なんてマスプロ品で良いじゃないかと思うのだが、受注生産品を欲しがって、こちらの手が回らないと知ると色々調べた結果最終的に王宮に陳情を行ったらしい。
それがどうなったのかは知らないが、結果として、王都=トレファチャムの間の郵便特急馬車がかなり頻繁に就航する事になり、それでも遅いと街道の整備が行われ、遂に直行の特急馬車便の就航がする事になったそうだ。
使う暇がなくて噂でしか知らないが、なんでも片道3~4日でお互いの町を移動出来るらしい。
元々は、俺製の特注品を求めて商人が行き来する様になったのが始まりだとか。
何が何やら。
そう言えば、トレファチャムの町も発展著しいと聞く。俺の知っているあの町は、何で高炉があるのか不思議に思う程度にひなびた町だったのだが、C&Qの名が知れわたるに連れ、訪れる者が増え、発展していったらしい。
既に規模が町から街レベルになっているとか。
アジュール様もさぞ忙しい日々を送っている事だろう。
でも、自分の代に町が街に昇格するなんて、めったにある事じゃ無い事だから、文句は無いよね。
ウージ様との久しぶりの会見を終えて、王宮内の自分の官舎に戻ると、部屋付きの侍女たちが揃って悲嘆に暮れていた。
どうやら、俺が官舎を引き払って、王都から出ていく事が伝わったらしい。
さっきの今でずいぶん話が伝わるのが早いな、おい。
まぁ、悲嘆にくれると言っても、別に俺と彼女たちがそういう関係にあった訳ではない。
知らない人も多いとは思うが、俺の数少ない趣味に、料理と言うものがあって、仕事が詰まっていて、ストレスを発散したい時などには、比較的簡単に作れるお菓子等を作って、侍女たちに試食させていたのだ。
それが事実上の餌付けとなっていたらしい。
結構評判が良くて、偶にねだられる事もあったのだが、俺が出ていくとくれる奴がいなくなる訳で、特に今回は王都からもいなくなるとなるともらえる事が絶望と言う事になる。
それで、悲嘆にくれる、という構図になるわけだ。
別に王都に未練が無い訳じゃないが、やはりケジメと言うものは必要になる訳で、ウージ様に挨拶をしたこともあり、報告書をまとめ、引き継ぐべき引継ぎを進め、報酬を精算して、王城から退去する準備を始める事にした。
タリンにはあらかじめこの事を言い含めてあったので、案外あっさり了承して、荷物をまとめ始めたのを見て、実はちょっとホッとした。
この暮らしが仮住まいである事は、始めから了解していた事なので、いつでも出ていける様に荷物も増えない様にしていた事もあり、準備は案外直ぐに終わった様だ。
案件の精算も多少精査するのに待たされたが、あっさり終わった。
報酬は、個人が得る1年分の報酬としては破格な額だったが、国家案件を1年近く主導した立場の人間がもらう額として適切と言える額に収まっていた様だ。まぁ、今後工房に何かあった時為の貯えとさせてもらおう。
何のかので、王宮を退去するのに必要な手続きも終わりを告げ、やがて王宮を立ち退く日がやって来た。
何人か(餌付けに成功していた)侍女さんがやってきては、お菓子を強請って行ったが、俺だってそんなもん、その場限りで造ってるんだから、そうそう持ち合わせている訳もない。
タリンが餞別に何か用意していたので、それを渡すと納得したのかあっさり離れて行った。
時間が来て、立ち合いの事務官がやって来て寝所の中を見分して廻り、忘れ物や過分な持ち出しが無い事を確認して確認書類にサインをし、俺の王宮生活は終わりを告げた。
と言っても、直ぐに王都から出て行く訳ではない。
宿の女将さんや、何でも屋の姉さん等、この街で世話になった人も多い。
彼らとの別れをする為に、数日王都には滞在する予定だ。
色々考えたのだが、結局、その間は宿の世話になる事にした。
あ、忘れていたが、タリンは結局着いて来てくれる事になった。
ただ、例のネームドの魔物への復讐は忘れた訳では無い様で、今でも俺の指導の元で剣の修行を続けている。
最近では、なかなかの腕前になって来ているが、ネームドと戦える程かと言うと、とても許可が出せる様なレベルではないとしか云い様がない。
やがて、挨拶も無事に終わり、王都を出発する日がやって来た。
来るときは乗り合い馬車だったが、帰りは工房の持つ馬車に乗ってだ。
最も、旅用に設えた箱馬車ででは無く、製品運搬用の荷馬車でである辺りが、俺らしいと言えば俺らしいと言ううところだろう。
行には行程上寄らなかったが、途中温泉で有名な保養地があるらしいので、少し寄り道して戻る予定だ。
新婚旅行という程ではないにせよ、この程度の贅沢は許されてもいいのではないかと思う。
さらば王都よ。
出発。
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