第19話 王都編③宿にて

ウージ卿との面談を終え、まだ数日は今の宿にいる予定であるので何かあれば声掛けしてほしいと伝えて、王城を出た事は覚えている。

王城を背に、げっそりしながらとぼとぼ歩いていたところを誰かに声をかけられて振り向いたところまで朧気ながら何となく記憶がある。問題はその後の話で、気が付きいたら宿の部屋のベッドの上で寝ていた。しかも何故か小間使いの娘まで隣で寝てるし。


朝チュン?

バカ言え!二人ともしっかり服着てるわ!!

すくなくとも、ざっと見る限り、そう言う意味での着衣の乱れはうかがえない。


問題は、何があったのか、何も覚えていない上に、誰かに聞くに聞けない事だろう。

小間使いの娘に聞いて、泣かれたりしたら事だし。

女将に聞いて、般若の様になられた日には、もうこの宿に泊まってはいられない。

全く何一つ記憶が無い以上、何もなかったとは思うんだが、それも今一つ自信が無いと来ては…

さて、どうしたものか。


外が少し明るんできているって事は、今は未だ夜の6刻、それも半刻以上過ぎて、あと4半刻も経てば夜明けだろう。

さすがに昼の1刻の鐘が鳴れば、この娘も起きるだろし…

と言うか、既に宿は動いてる感じだし、この娘、寝坊してないか?


起こしたてあげた方が良いかなぁ、等と考えながら寝顔を見つめていると、一瞬、ピクリと瞼が動いたと思ったら、ぱっちり目が開いた。

未だどうするか決めかねていた事もあり、とりあえず

「おはよう。もう過ぐ夜が明けるよ。」

と囁くと、ビクリと体を震わせ、俺から体を離そうと後ずさりしようとして、あっ、ベッドからずり落ちた。

まぁ、それなりの金を払って部屋を取っているから、部屋自体もそれなりに広いし、ベッドもそれなりには広い。

と言っても所詮シングルルームである以上、その広さはせいぜいセミダブル程度でしかない。

二人で静かに寝ているなら兎も角、後ずさりすれば、当然落ちるわな。

なんか、いい音したけど、頭でも床にぶつけてないか?

念の為、

「大丈夫か?」

と声をかけると、頭を抱えながら起き出して、

「あだだだ…、

なんで、お客さんと私が同じベッドに…!

そうか!昨日、わたし、看病してて、そのまま寝落ちしちゃったんだ…」

説明乙!www

大体、状況がわかって来たわ。


どうやら昨日、王宮をヘロヘロになりながら出てきたところで、声をかけてきたのはこの娘だったらしい。

その後、宿まで連れて帰ってもらった上、一晩看病までさせちゃったかぁ

なんか、悪い事しちゃったなぁ。

女将さんにもお礼を言っておかないとな。

等と考えていたら、件の娘もいまだポーとしながら、俺の前で何か考えている。

あれあれ、大丈夫なのかな?

今度こそ念の為に、

「時間、大丈夫?」

と聞くと、ぎょっとして俺の顔を見た後、外を見つめ、顔を真っ青にしながら、

「やばい!寝坊!!」

とか叫びながら、部屋を飛び出して行った。

やれやれ、これはちゃんとフォローしておかないとな。

とりあえず、簡単に身支度を済ませ、食堂に降りていくと、

女将さんに叱られながら、半べそかいた娘があちこち飛び回っている。

女将さんも叱り散らしてちゃいるが、半笑いだ本気で怒っている訳でもなさそうだ。


食堂に入っていくと、それに気づいた女将さんが、俺によってきて

「もう、大丈夫なのかい?」

と聞いてきたので、俺も

「あぁ、大丈夫だ。一晩寝たらすっきりしたよ。

色々気遣ってもらったみたいで、悪かったね。

あ、モーニングを頼むよ」

と答えた。女将さんも心得たもので、調理場に向かって、

「あいよ。モーニング1丁!」

と声をかけつ、俺に向けて、

「なーに、気にするほどの事でもないさね。あの娘が勝手にやった事だからね。」

と笑いながら調理場から出て来たモーニングの載ったトレイを俺に渡してくる。

「ありがとう。お、相変わらずうまそうだな♪」

と言いながらトレイを受け取り、代わりにモーニングの代金より少し大目のお金を女将の手に落とした。

女将は軽く眉を動かして、満足げな顔で

「まいど~♪」

と言いながら、俺の元を離れて行った。

さて、俺も朝飯をいただくとするか。

それが終わったら、あの娘へのフォローかねぇ。



朝飯を食い終え、お茶をすすりながら寛いでいると、女将がまたデキャンター片手に近づいてきて、俺の飲み差しのカップに追加を注いで、どっこしょとばかりに俺の向かいの席に腰かけた。

自分のカップにも注いで、一口啜たらもむろに俺に向けて、

「ねぇ、あんた有名な鍛冶士なんだって?」

と問いかけてきた。

「さぁ、有名と言って良いかどうかはわかりませんが、一応、この齢で卒業を許されて、工房を切り盛りしていますよ。一応、何人か弟子もいますし。」

と少しとぼけ加減で答えると、女将はずい~と身を乗り出し、

「それじゃぁさぁ、ちょっと悪いんだけど、うちの厨房の包丁とか、少し見てやってもらえないかい?なんか最近切れ味が良くないらしくてね。」

と問いかけてくる。


昨日の今日で迷惑をかけたばかりだし、これを断れるやついるのかなぁ、

余計な事は顔に出さない様にしながら

「わかりました。でも、ちゃんとした道具をこっちには持ってきてないんで、ちょっとした手入れしかできませんよ。」

と答えると、女将はわが意を得たりとばかりに笑みを浮かべ、

「あいよ。さぁ、厨房はこっちだよ、来ておくれ。」

と厨房に向かて歩き出し、手招きしてくる。

俺は、まだお茶を飲み終えて無いんだけどなぁ、等と思いながら軽くため息をつき、女将に続くのだった。



連れていかれた先で見せられた物は、長年丁寧に手入れされ、使いこまれ続けてきた調理用具達の恐らくは最後の姿だった。

正直な話、これを延命する自体は不可能じゃない。

金物の修復には、昔から補修用に溶かした金属を接いで直す、鋳掛けと言う方法があり、今回も幾つかの鍋釜は鍋釜はそれで治るだろうし、普通の道具ならばそれをお勧めする。

しかし、目の前にあるものは、そんなやり方で簡単に直してしまっていい物なのだろうか。

恐らく当代随一と謳われた名工が魂を込める様に練り上げ鋼を使い、語り合うように鍛え造り上げたであろう逸品。

正直、こんな(場末とまでは言わないが)所に有っていい物じゃない。最低でも王宮の調理場で最高の料理人に使われるべきものであり、あるいは国宝扱いで宝物庫にあっても良い程の物だ。


だがそれは今ここにある。それは作り手たちの願いでもあったでろう。宝では無く道具としての使命を全うする事。使い手たちもそれを承知で長年使い込み続けてきたのだろ。でなければ、今目の前にあるこれらの状態は理解できない。

既に魂すら籠っていると言える程の輝きを纏っている様に見える。


「多分、かなりの謂れがあるものだと思うのですが、何かご存じですか?」

とこの宿の主人だと名乗った、やせ形でやや神経質そうにも見える割烹着姿のおっさんに尋ねると、

「先々代、私の爺さんにあたる人物ですが、彼がここを継ぐときに、『末代まで使い継いで行けるだけのものが欲しい。』と、知り合いの鍛冶士に頼んみこんで造ってもらったものだそうです。

もちろん、頼んで直ぐに出来てくる様な事は無く、出来る上がるまでに注文から10年の月日が必要だったと聞いています。

その人はこいつらを納品すると、『この先これ以上のものが作れるとは思えない。』と言って、鍛冶士を引退して、二度と槌を握らなかったそうです。

ま、先々代から直接聞いた話なので間違いはないと思いますが、あの人、与太話が好きだったからなぁ。」

と最後のくだりは苦笑い混じりに教えてくれた。


10年かぁ、まぁそうだよな。このクラスの物を一から作ろうと思えば、先ずは鋼の材料になる砂鉄から吟味する必要がありそうだしな。

こいつは多分あれだな、少し模様が薄い気もするがウーツ鋼の類だろう。こちらにもあるとは知らなかったが、地球で失われたるつぼ製鋼の手がかりがこんなところにあったとはな。

模様の原因は炭素と不均一に混じったバナジウムだっけ、MV鋼を試作している時は、なるべく均一に混ぜる事しか考えてなかったけど、そうか不均一なら不均一でこうなる可能性があったんだな。

クックックック…、

これだから鍛冶ってやつはやめられないなぁ…


とはいえ、道具が無ければこの宿も困るだろうしな…

よし、向こうが納得してくれるなら、ここは俺が一肌脱ぐか。

「もの状態はわかりました。見たところ、直ぐにどうこうなるものでもないのでしょうが、近い将来終わりが来るもの間違いないと思います。

特に、この包丁は、限界間近と言って良いでしょう。

どうします。うちでお預かりして出来るだけの事を試す事も可能です。

或いは、そもそも金物として限界な訳ですから、素直に引導を渡してやるっていうのも一つの方法でしょう。

うちでお預かりする場合ですが、直ぐにどうにか出来るものではないですね。

さすがに10年くれとは言いませんがね。

もちろん、従来からある鋳掛の技法で、物を台無しにする前提で形だけ修復する事も出来ますが。

まぁ、これだけの名品ですから、正直それはお奨めしません。

故人の思いを踏み躙りたいなら兎も角ね。

あ、修繕や更新をご希望なら、新しい商品をご紹介しますよ。

今までのものと全く同じ品質のものとは口が裂けても言えませんが、同じように大事に使ってくれれば、10年や20年使える、うちじまんの最新調理道具です。」

そうネタ振りをして、

「まぁ、直ぐに判断できることでも無いでしょうし、私もあと何日かはここの世話になろうと思ってますんで、それまでに決断してください。」

と言って、とりあえず考える時間を与えることにした。

「あ、とりあえず、包丁と砥石を貸してください。ほんとの一時しのぎだと思いますけど、研いでみるからね。」

そう言って、こっちの技術をアピールするのも忘れない様に、っと。

暫く、真面目に作業をして、どうにか自分に合格点が出せる所まで研ぎを行う。

やっぱり人ん家の砥石だと使い難いわ。

おっさんに包丁を返しながら、

「包丁についていた癖の感じからして、こんな感じで良いと思うんだけど、どうかな?」

と聞いてみる。

おっさんは、暫く包丁を矯めつ眇めつした後で、何かの食材を取り出し、実際に切り始めた。

試し切りを始めて少し経ってから俺の方を振り返り、

「素晴らしい!かつての切れ味を取り戻している。」

と絶賛してきたが、ここで調子に乗ったらお終いだ。

にやけそうになるのをぐっとこらえて

「ちょっと手入れの仕方が良くなかったみたいで、変な風に癖がつきかけていましたけど、先ほど軽く手直しをしておきましたので、当座は大丈夫でしょう。

それと、包丁の寿命を延ばす意味でも、砥石の番手を少し細かいものに上げた方が良いかもしれませんよ。

ほら、この辺とかこことか、皮金が薄れてきて刃金の根本が出かかっているでしょ。

今の番手のやすりで手入れしてると、あっという間にむき出しになって、刃が使えなくなっちゃうかもしれない。」

とアドバイスしておく。少し大げさかもしれなけど、嘘じゃないからね。

とりあえず、今出来る事はあらかたしたので、出してもらったものはかたずけてもらって、調理場を出ながら女将に向かって

「とりあえず、うちで造っている製品のサンプルが少しあるから、後で部屋に誰かを取りに来させて。準備しておくんで。」

そう言いおいて、部屋に戻って行った。


部屋に戻って、ベッドに腰かけながら、朝からなんか疲れたなぁ。さすがに昨日の今日で王宮からの呼び出しは無いと思うけど、今日は部屋でおんびりくつろいでいる事にでもするか?

でも宿の誰かがサンプルを取りに来るかもしれないから、準備だけは済ませておくこう。

よっこらせっと、あまり若者らしくない掛け声を上げて、中身が大分少なくなった背嚢を探る。昨日王城でめぼしいものはあらかた渡しちゃったからあまり良いのは残って無いんだおなぁ。

はぁ、ほんとに碌なもん残ってないなぁ、これを見て古い道具を差し出す決心をしろと促すのはさすがにありえないか、どうしよ???

くぁ~、ベッドに横になって、どうしようかなどと考えていたら、満腹もあいまって寝てしまっていた。zzz

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