第18話 王都編②王城参内
昼の1刻を知らせる鐘が鳴っている。
ふと目を覚ますと、ベッドの上に寝転ぶ様にして寝ていた。
どうも昨夜は、ベッドの上で何のかんのと、ウダウダ考えている内に寝てしまったらしい。
今日はあのオッサン相手かどうかは分からないが、王城に顔を出す事になってしまった。一体どんな用事が有るってゆうんだろう?
何か、考えている内に行きたくなくなってきたな。
どうすべ?!
まぁ、昨日の感じからして、今日ばかりはすっぽかすという訳にもいかないだろう。
多分、宿にも迷惑をかける事になる。
そもそも、俺は、王家の呼び出しに応じて、この街までやって来たのであって、遊びにやって来た訳ではないんだし。
何となも気が進まないのだが、このままグダグダしていても時間は刻々と無駄に過ぎていく訳で、昨日のおっさんの感じだと、下手をすると遅れだけでも宿に迷惑をかける事になりかねない。
パチン、と1発両ほっぺにビンタをくれて気合を入れ直し、体を起こして部屋を出ると、扉の前に小さめの盥に入ったお湯が置いてあった。
昨日の下働きの子かな?
どうやら気を使わせてしまった様だ。
盥を手に部屋に戻り、顔を洗ってざっくり身だしなみを整え、食事する為にもう一度部屋を出るのだった。
食堂に行くと、テーブルは半分ほど埋まった状態で、みんな思い思いに食事をしていた。
この宿は、グレード自体はそう悪く無いのだが、主要な客層に行商人を含む旅暮らしを主にしている人々が多いので、早い者は昼の1刻の鐘の音に合わせて街を出たり、のんびりしたやつは俺の様に1刻の鐘の音で起きてきたり、それぞれのペースに合わせて朝食を摂れるスタイルになっている。
もっとも、昨日・一昨日の俺の様に、昼の2刻の鐘の音が鳴るまでぐっすり寝ている奴はめったにいないそうだが…
カウンターで朝食のトレイをもらい、金を払って、空いているテーブルを見繕って座る。食べ始める前に、最近マイブームの様になっている、神に向けての感謝の祈りをささげていると、女将が新しく入れたお茶をデキャンタに入れてサーブしに来てくれた。
この淹れたてのお茶のサーブは、この宿独自のサービスだ。
宿のグレードもあってそう頻繁に入れ替える訳でも無い様だが、朝食のボリュームゾーンの時間帯に食事をすると、お茶を入れ替えたタイミングで女将が新しいお茶をサーブしてくれるのだ。
今日のは多分お茶を入れ替えたから、と言うより昨夜の役人との経緯の確認だろう。
礼を言ってお茶を軽く啜り、女将が何か言いたげなのを確認した上で口を開いた。
「そんなに、心配する様な話じゃないですよ。
昨夜のお役人にしたところで、何も文句は言ってた訳ではなかったでしょう?
まぁ、機嫌はかなり良くない風でしたけどね。」
そう言って軽く往なそうとしたのだが、何も言わないで、軽く片眉だけピクリと動かしただけで話の先を促してくる。大したボディランゲージだこと。
「元々俺は、ここから北東にあるトレファチャムって町で鍛冶屋をやってるんで
すけどね、ある日王城から来た訳ですよ、招聘状ってやつが。
あ、理由は知りません。書いてなかったんで。
で、王都まで来たのは良いんですが、入街審査の際にもめましてね。
何せこんな若造が、王城からの招聘状を持っているなんてめったにある事じゃ無い訳で、とっととお城に確認してくれればいいのに、それをする為だけに何回も同じ質問に答えさせられましてね。
ほら、俺って門兵さんからの紹介だったでしょ。
あれって、入街審査が長引いて、終わったときは日がとっぷり暮れてたから、あんな時間から宿を探しても、まともな所を見つけられないだろう、って配慮でね。
で、結構ムカついたってのもあるんだけど、王都なんてめったに来る機会もないだろうし、って言うのもあって、招聘状にはっきりとした期限が切って無かったのもあったんで、王城に顔を出すのを少しぶっちして、2日程観光に勤しんでいたら、向こうが待ちきれなくなったらしくて、とっとと顔を出せ、ってね。」
そう言って、へらへら笑うと、女将はややあきれ顔で
「それで大丈夫なのかい?」
と聞いてくるので、
「昨日の話じゃ昼の2刻までって事だったし、今は未だ1刻を少し廻った位だ。まだ半刻以上(1時間)あるし余裕でしょ?」
と聞くでも無く断言すると、はっきりと顔をしかめて
「何バカ言ってるんだい。観光客が眺めるだけの城の正門なら兎も角、入城審査がある通用門はここから遠いんだよ。身一つだけならまだしも、あんたそれなりの荷物があるんじゃなかったっけ?」
と畳みかけてくる。俺は顔を引きつらせて、
「マジですか?」
と聞くと、
「うちの小間使いを案内に付けてやるから、とっとと支度をして出かけな!」
とお答えが。
さっきまでの余裕を噴き飛ばして部屋に駆け戻り、献上するつもりで持ってきたあれこれの入った荷物をつかんで玄関に駆け込むと、昨夜の小間使いの少女が気まずげに佇んでいる。
女将が
「その娘に案内させるから、急いで行っておいで!」
と送り出してくれた。
何ともせわしない話だが、ドタドタと王城に向けて走っていると、娘が俺に向けて
「これじゃあ間に合わないかもしれないから、辻馬車を使いましょう」
と提案してきた。
辻馬車って言うのは、まぁ、地球で言うところのタクシーだ。
大通りの辻などにいて、お客が来たらそいつを乗せて言われたところに連れて行き、その分の料金をもらう事を業としている。
中には悪い奴もいて、辺鄙な所に連れていかれた挙句に、身ぐるみはがされる事もあるなんて物騒な話もあるが…
まぁ、王城に行けと言われて変な方向に向かおうものなら丸わかりだ、大丈夫だろ。
何とか辻馬車を捕まえて、王城に向けて進み始めたところで、件の娘が、ぼろぼろと涙をこぼしながら謝り出した。
まぁ、気持ちもわからなくもないけどやめてくれ。
いくら動いている馬車の上だからって、お貴族様が乗る様な箱馬車ならともかく、庶民の乗る辻馬車なんて、荷馬車に毛がが生えた様な物で、簡単な雨除けの廂すら付いていない。天下の往来で小娘がおっさん相手に泣きながら謝っていたとあっては、目立ってしょうがない。
小間使いちゃんは、小間使いちゃんで
「昨日、聞かれた時にちゃんと確かめておけば…」
とか何とか言って、馬車の上で土下座せんばかりの様だし、御者さんは前を見ながら、どう見ても耳はこっちの話をロックオンしてるよ。
後でどんなうわさ話を流がされる羽目になる事やら…
はぁ、後で御者さんにもチップをはずまにゅあならんか、これ。
むしろ、こっちが泣きてぇよ。
そんなドタバタをはらみながらも馬車てやつはどんどん進んでいくもので、4半刻も過ぎた頃についたよ、王城の通用口に。
やれやれ…
何か言いたげな御者さんにチップ多めの料金(わかってんか、口留め料だぞ)を払って、荷物を受け取って通用口に向かう。
門前で召喚状を出して、今日の2刻過ぎに来る様に言われたと門番さんに伝えれば、しばし待て、と門番さんの一人が確認の為に引っこんでいく。
通用口の門番は、門の左右に二人づつの4人だ。
暫く待っていると、確認が取れたのか入れと言ってくるので、小間使いちゃんはここでお役御免だ。
少しお小遣いを渡して宿に帰ってもらい、俺だけ城の中に突入だ。
まぁ、別に特攻かます訳でも無いんだから、粛々と入っていくだけなんだけどね。
城の外宮(って言うのか?)に入って、少し進んだところで、案内役の兄さんが止まったんで俺も止まる。
多分平民来客用の控え部屋なんだろう、幾つか並んだ小部屋一つを指さして、ここでしばらく待てと指示されたので、素直に従って待つ事に。
まさか、俺が王都観光で2日遊んで待たせたから、こっちも待たせりゃいいや、とか考えてないよな?
そんな想像し始める程度に待たされたところで、ようやっと人のやって来る気配がしてきた。
暫くするとノックの音がして、侍女さんを連れた優男が入って来た。
…昨日をオヤジじゃないし、かなり身なりも良い。
俺への好意と言うよりは、むしろ面白がっている様な視線を向けてきているし…
昨日のオヤジみたいに敵意まみれのガンを飛ばしてくるよりかはましなんだろうが…
一応、こっちの方が平民で格下なんだろうから、挨拶だけでもしておくか…
侍女さんがお茶を出して後ろに下がったのを確認して、
軽く頭を下げ、そのまま視線は床の方を見る(だっけか?)
直接相手の顔を見ない様に気を付けながら…、(でよかったんだよな…?)
「王城からの召喚を賜り、まかり越しましてございます。
トレファチャムの町にて鍛冶士を営んでおります、クァージュと申します。」
と少しばかり遜って、ご挨拶申し上げた。
向こうは、まさかこちらが王宮でも通じる礼法に沿って挨拶できるとは思ってもみなかったのか、少し驚いた表情をうかべながら
「うむ、丁寧な挨拶痛み入る。私は王宮より3等の事務官の任を賜っているウージ・アズバルと申す。良しなに。」
と思っていたより丁寧な挨拶を返してきた。
…3級って言うと、確か最下級の上級の事務官って事だよな。記憶違いじゃなければ内宮に直接参内出来る資格があったはず。王宮内で重要なポジションを占める予定の高位貴族の子弟なんかが経験を積む為に任命されるポジションだよな。
なんか思ってたより大物が出てきてないか?
えーと、本来のマナーだとここでしばらく雑談を挟むのだそうだが、そんな話題なんて俺は持ち合わせてないぞ。
等と少し焦っていると、挨拶をそのまま引き継ぐ形で、向こうが話をつないでくれた。
「…噂は色々聞いているよ。C&Qだったかな?なかなか意欲的に頑張っているそうじゃないか…」
等と話を振ってくれたので、
「は、ありがとうございます。
たまたまなのですが、町を治めていただいている代官様の公館料理人の知己を得まして…
…いえ、その辺はたまたまです。元々氏が持っていた従来の調理器具に関する不満を拝聴する機会がございまして…」
やべぇ、やっぱ頭良いわこの人。何とかレベルを合わせてくれてるから、どうにか話を続ける事が出来るけど、そうじゃなかったらとっくに終わってるぞ、これ。
「はい、そうです。
せっかく、お声がけいただきましたので、お目汚しですが、当工房の主力製品改良調理器具類のサンプルと、最新の研究の成果をご覧いただきたく…」
くそ、完全に見透かされてたな、これ。
なんか。言葉を交わしていくだけで、こっちの思惑まで丸裸にされていく感じだな。
頭が良いって言いうのはきっとこういう事を言うんだろう。
頭をひねりながらも会話を続け、どうにかこうにか、土産と言う形でサンプル(ステン鋼製調理器具)をもらってもらい、MV鋼の試作サンプルを預ける事になった時には、疲労困憊して、もう何が何だがわからない様な状態になってた。
完全に(掌の中で)遊ばれてるよな、と言うのが俺の感想だ。
ただし、今回の目玉のMV鋼(今回は短めのダガーが何本か)の事は、一度使ってみれば無視できなくなるはずだ。
この国で今作れる魔法金属以外の鋼としては、最高峰のものである自信はある。
やるべき事はやって、後は宿に帰るだけだ。土産の件で何かあれば、あと何日かは宿にいる予定ですので、お声がけください。
位の事を言って帰ろうとしたタイミングで、
最後に爆弾をぶっこんで来た
「そうそう、そう言えば、くだんの件の対応、ご苦労様でした。
私たちも問題がある事は認識していたのですが、そうそう王宮から出れない関係で、なかなか対応出来なせんでね。
おかげで害虫から美しい花壇を守る事が出来ましたよ。」
花壇と来ましたか。
ごめんなさい、もうお腹いっぱい何で、今日はもう、そんな話許して、
と言いそうになったのをぐっと堪えて、ウージ君がぶっこん出来た爆弾(話のネタ)から言葉を引用して、返事を考える。
タイミングを見計らってぶち込んできた訳じゃない。
多分、予定通りだ。
そもそも、その為に俺を王都まで呼んだのだろう。
「いえいえ、とんでもございません。
せっかく美しく花の開いた花壇、荒らされて美しい花々が散らされると、私どももとても心穏やかではいられません。
美しい花は咲き誇ってこそでございましょう。
私どもで出来る事はいつでもお申し付けください。
全力でお手伝いいたします。」
くそ、やっぱりこいつ完全に確信犯だ。
ここまで言うつもりは無かったのに、言わされちまった。
どうすべぇ?!
やっぱり王宮なんて人外魔境、来るところじゃねぇな。
人の尻の毛まで毟りに来くさる。
--------------------------------------用語説明:王宮に務める事務官僚(国官)について 王宮に公式に任命されて務める事が許される事務官(所謂国家公務員)は、国試(所謂国家公務員試験)に合格して、国に採用される必要がある。その等級は、最上級の1級(上級事務官上位)~最下級の9級(下級事務官下位)の九つに区分される。
1級~3級の事務官は上級事務官と呼ばれ、各省庁の事務次官(大臣を除く事務官のトップ)~各部門の部長クラスを担当、王宮内の内宮に参内する事が許されている。4~6級は中級事務官となり各部門の次長~各課の課長・係長を担当する。特別な許しが無い限り内宮への参内は許されず、王宮内で立ち入り可能な範囲は外宮までとなる(以下下級事務官に同じ)。7~9級の下級事務官は各課の課長以下係長・主任・平事務官(役付き無し)を担当する。
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