第10話 順調!順調?
最近、鍛冶士として目指すべき方向性に疑問を持たざるを得ない状況になった事もあって、色んな魔法を試している。
転生にあたってキャラメイキングで、せっかく神様に”魔法の素質”を与えてもらったのに、ナビ氏主宰のブートキャンプ以来、碌に使っていなかった事に気が付いたのだ。
とはいっても、工房の鍛冶場は人魔折衷仕様(一般的な熱源(薪や炭・コークス等)を使った鍛冶の他、魔力(魔法)を熱源に使った鍛冶も可能な仕様の設備の意)になっており、やろうと思えばいつでも魔法主体の鍛冶仕事も出来るのだが、入ってくる注文のほとんどが料理用具なので、意気が上がらない事憚り無い。
もちろん、仕事である以上、満たすべき水準以下のものを世に出す様な事はせず、やるべき事はやっているのだが、燃(萌)えるものが無いと、人はやっていけない訳で、どうにもテンションが上がらず、疲労感だけが蓄積されていく状況に困惑する事しきりだ。
納期に関しても、例の一件以来、超過密スケジュールで命を削られる状況には懲りたので、それなりに余裕のある仕事しか受け付けない事にしている。
で、人と言うものは不思議なもので、さんざん希求していた余裕のある暮らしが体現出来たにも関わらず、何か物足りなさを感じてしまっていた。
そんな状況の中、いつかうちにもまともな仕事の依頼が来るかもしれない。
そんな時に対応出来なかったら国家認定鍛冶士の名折れ、と自身にむりやり発破をかけて、始めた訳です、魔法や錬金術を使った鍛冶手法の模索を。
と言っても、そもそもスキルがあるので、そのレベルなりの水準で実際のやり方自体は承知している。
ただ、魔法金属の仕事に関しては、よほどの事が無い限り俺の様な若造に廻って来る事はない。そもそも出回っている数が極端に少ないのだ。
と言う訳で、始めたのが錬金術を使った未加工の原鉱石や不良鉄鋼材、スラグ(鉱滓=金属の精錬残存物)からの希少材料の抽出実験だ。
例えば、ステンレス鋼を作ろうと思えば、鉄の他に、最低でもクロムや炭がいる。
18-8ステンにしようと思えば、更にニッケルが最低でも必要になる。
MV鋼を作る為には、クロムに加えてモリブデンやバナジウムがいるはずだ。
ところが、これらを含む白金・金・銀・銅以外の金属類について、こちらの世界ではあまり知られていない。
せいぜい、ニッケル、スズ、鉛、亜鉛位だろうか。この辺は白金~銅類の合金化に必須な金属類だ。
それと、意外な事に酸化チタンが軽銀と呼ばれ、難加工金属として知られている。
実は水銀も知られているのだが、常温で液体状の形状をしている為、専門家でも無ければ金属として認識されることは無い様だ。
鉱山から採掘された原石や鉱石から高炉を使って、所謂メジャーメタルを作る時に除外される不純物は、原則、スラグ扱いで破棄されているし、複数の鉱物を精製出来る場合でも、目標の鉱物を精製した後の分離しきれなったものは正体不明の不純物扱いとなっている。
何せ金属の精錬には、取り出したい金属を溶かす必要がある。
貴金属で考えてみれば、金で1065℃、銀で962℃、銅で1085℃、これとは別に最も必要とされる鉄で1538℃まで上げる必要がある。
亜鉛の420℃、スズの232℃、鉛の328℃あたりなら、事前に投入する原石を細かく砕いておいて、うまく火を調整してやれば、融解温度を利用して比較的楽に個別に取り出せるだろう。
しかし、ニッケルで1455℃、この領域になると、鉄の融点に近い事から、調整は熟練の技が必要になる。
貴金属合金を作る時地球でよく使用されるパラジウム(1555℃)になると、よほど運が良く無ければ、鉄との区別などつかず通常の手法では鉄どの分離は不能。どちらかと言えば、鉄と区別されておらず、精錬時に鉄の純度が上がらない原因となっている様だ。
MV鋼生産の為に必須なバナジウム(1910℃)に至っては、温度が高すぎて論外だ。まず、この町にある高炉の方が持たない。
この辺は錬金術で抽出できるか試さねばならない。
白金(1769℃)も同じで、高炉で加熱してもほとんど入手できず、おかげでとても希少価値があって高価な金属として扱われるらしい。
まぁ、うちの工房は庶民向けのマスプロ品の生産を目指しているので、あまり関係ないんだけどね。
で、炉を使わないで元素を抽出するには、二つの方法がある。
魔法を使った錬成と、魔法を使わない錬成だ。
魔法を使わない錬成法は、錬金術の手法の一つの分野として、きちんと体系化された形で過去から受け継がれてきた方法で、受け継いだ者が引き続き研究を行い、その成果が加え、後続者に受け継いでいく方法だ。
まぁ、要は、化学的方法だ。
酸化したものを戻したければ還元すればいいし、その方法はイオン交換だったり、化学変化だったりする訳で、過去からの膨大な試行と結果、貴重なデータが山と蓄積されている。中には間違った考察とそれに基づいた結果のデータなんかもあるんだが…、神様からもらったスキルって便利(チート)だねぇ。
ちらっと考えるだけで答えがわかるんだから。
いずれ時間が取れる時がくれば、これも整理してあげるべきなんだろうなぁ。時間が取れれば、だけど。
残りは魔法を使う方法で、これは、一般に錬金魔法等と呼ばれているが、別に特別なものじゃない。魔法は一般的に生活魔法、無属性魔法、基本属性魔法、上級属性魔法の4種類に分類されているんだけど、その中から、錬金術で魔法を使わない方法=化学的操作の代用に使える魔法を分類し、特化させてまとめただけのものだ。
例えば、還元と言う現象は、おおざっぱに言えば、酸化物したものから酸素を奪う現象で、魔法を使わない方法では、そのものの還元に適した還元剤を使って脱酸素化を促進するのだが、魔法を使う方法では、この還元剤の代わりを魔法がつとめる形になる。
例として、赤さびを鉄に戻す場合で考えてみよう。
一般に赤さびとして知られている酸化第2鉄の化学式はFe2O3、2個の鉄原子に3個の酸素原子が結び事でできている。
これを還元する場合、化学的工程では、先ずコークス(炭:C)と石灰石(CaCO3)を一緒に溶鉱炉に入れて加熱する、すると1酸化炭素(CO)が生成される。1酸化炭素は強力な脱酸素剤で、赤さびの鉄分に結合している酸素と結合し2酸化炭素(CO2)となる。これは常温化では気体の形をとるので溶鉱炉で加熱中ならば勝手に飛散する。残るのは鉄と2酸化炭素にならなかった炭素の合金=銑鉄(せんてつ)で、これは合金と呼ぶにはもろくて柔らかすぎる。原因は合金中に炭素が多すぎる事なので、炭素に酸素吹き付け、先ほどと同じ様に2酸化炭素に化合させることで不要な部分を除去する、すると、鉄が精錬出来るという事になる。
実際には、赤さびを含む鉄鉱石には、他の成分も含まれているうえ、石灰石のを加熱した時の残り生石灰(CaCO)も生成するので、この種のスラグの処理が必須となるのだが、鉄の精錬の部分だけ考えると、こんな感じになる訳だ。
これを魔法を使った方法で行うと、赤さびの山を見つめながら鉄になれと願い魔力を消費する。すると消費された魔力の量に応じた鉄が出来る、と言う風になる。要は科学的方法で必須とされるプロセスを魔法が代行するのだ。
因みに、魔法と言うのは、ドゥームに生きる脊椎動物なら、多かれ少なかれ使えるもので、ぶちゃけ、願う事で魔力と引き換えに発生させる事が出来る現象の総称だ。
何を言っているのか、わからないだろうが、大丈夫、大抵の魔法使いたちも、どういう理由で魔法が使えるのか、わかっている奴はほとんどいない。
(詳しく知りたい人は、そのうち気が向いたら公開するので、ドゥームの設定資料を読んでくれ。)
例えば、火をつけるという行為を考えてほしい。一般的な方法としては、火をつける先(マッチ棒でも松明のも良い)を用意する、火をつけるポイントを何某かの方法で加熱する(木の棒を擦り付けるでも、レンズで光を集めるでもいい)、加熱の結果発火点が発火温度を超える、発火する。と言うプロセスを経る事になる。大抵、専用の道具が無いと大変な作業が必要になるはずだ。
ところが、魔法の場合、どこに火をつけたいと願う、必要な魔力を消費する、火が付く、と言う途中のプロセスを魔法が肩代わりして結果だけが発生する事になる。
赤さびを鉄にする事も同じで、鉄になれと願う、魔力を消費する、消費した魔力に応じた鉄が精錬される。要は、精錬に必要なプロセスを魔力に立て替えてもらう様なものだと思っておけば大きな間違いはない。
立て替てもらう部分が大きくなればなるほど、必要とされる魔力は増えるし、使える魔力が少ないならその分を人力で賄えばいい訳だ。
赤さびを鉄にする工程で、溶鉱炉に炭と石灰石を入れるのは、1酸化炭素を生成する為だ、そして、その1酸化炭素は、赤さびの酸素の吸着剤として使われる。
であれば、炭さえとりあえず用意しておけば、石灰石と溶鉱炉による加熱を経なくて赤さびの持つO3と化合して 2Fe2O3+3C > 4Fe+3CO2 と言う反応式が成り立つのではないかとの仮説が成立する。
ただし、この反応式の要点は、本来段階的にしか成立しないはずの反応を強制的に進行させるために相応の魔力を必要とすることだ。
諸々検証を行った結果、この赤さび鉱石>鉄の精錬では、
1. 2C(炭)+O2(空気中の酸素)+魔法による反応の促進 > 2CO(一酸化酸素)
2. 3Fe2O3+CO > 2Fe3O4+CO2(化学反応)
3. Fe3O4+CO > 3FeO+CO2(化学反応)
4. FeO+CO > Fe+CO2(化学反応)
の反応で鉄(Fe)の抽出を行うのが最もパフォーマンス(鉄の生成量:使用する魔力比)が良い事がわかった。
因みに、工程1.で鍛冶仕事をする現場周辺の酸素を大量に消費し、COやCO2を生成する事から、ふいご等を使った換気を十分に行わないと、大変な事になるので、十分に注意したいところだ。
もちろん、全行程魔法を使う事で、最速で精錬が出来る事はわかっているのだが、個人が保有する魔力には上限はあり、そうそう精錬だけに魔法を使ってもいられない以上、パフォーマンスと言うのは、大事な要因となるのを忘れてはいけない。
この様に、ドゥームであまり知られていなかった錬金魔法を使った金属錬成法と知られていなかった金属等の情報、合金の組成と製造法などが、少しづつ形を整えられていき、知られる様になるのであった。
なお、これらの情報は、後日、弟子たちの手でまとめられて一般に公開され、クァージュ式錬金錬成法として、広く語り利用されていく事になるのだが、それは別の話である。
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