第11話 勇者の活躍様をさりげなく助力する渋い鍛冶屋ポジ?
早いもので、鍛冶士としてこの町に召喚されて、半年が過ぎようとしていた。
その間、俺は順調にキャリアを積み重ね、調理具鍛冶士としての名声を不動のものとしようとしていた。
なんでやねん…
こっちに来た当初は、いずれ伝説を残すであろう勇者様の活躍をさりげなくサポートする渋い鍛冶屋ポジなんかが美味しいよね?
とか禄でもない事を夢想する様な事もあったが、伝説の勇者様が活躍する様な事態って、要は世界の危機って事で、そんな状況なんざ誰も望む訳もなく、そんな事を真面目に望んでいるってばれたら、犬でもけしかけられかねない。
そもそもこの世界は今の状況に満足して、ちっとも進歩しないんで、少しでも発展の刺激になればと俺たちが投入されたぐらい平和にどっぷり浸かっているんだった。
因みに、TVゲームのRPGのネタとしてよくある敵役の代表、魔王様だが、こっちの世界には魔法の行使に適合して進化した種族に魔族と呼ばれる種族が居て、その種族の代表=王様をそう呼ぶことがあるらしいのだが、そもそも魔族も幾つもの国に分かれて何人もの国王様がいる。
そんな関係であまり連発するとややこしい事になるので、殆ど使われる事は無いらしい。
最近では、魔法使いとして世界一に認定される様な人物が出た時に、その人を表す尊称として、極稀に使われる位なのだそうだ。
そんな感じで、なんとなく温くやっている内にかなり魔法鍛冶、取り分け錬金鍛冶の腕前がかなり上がって、諸々できる様になってきた。
主に、あまりこの世界で発展していない希少金属類の精錬とそれらを利用した合金鋼の製造の分野でだ。
具体的には、最近一番の成果は、SUS304すなわち18-8ステンレス鋼の同等品の製造・加工に成功した事だろう。
ステンレス鋼は、その組成中に一定量以上のクロムを含有させ、逆に鋼として必要な炭素の含有量を一定値以下の定値に抑えなければならない。
鉄は炭素の含有量が多くなればなるほど固くなるのだが、代わりに靭性、すなわち粘り強さが失われてゆき脆くなってしまい、鋼としての役目をまともに果たさなくなってしまう。よって、鋼中の炭素濃度がその鋼の要求される靭性を満たす様、適量になるよう調整する事が大事になってくる。
クロムは、鋼の表面に独自の錆の被膜を構築し、この錆の被膜がその他の錆を寄せ付けない役割りを果して、不錆性を発揮する。
18-8ステンレス鋼と言うのは、その中に18%クロムと8%のニッケルが添加されていて、不錆性を付加された特殊鋼を言う。
もっとも、この18-8ステンレス、果ては台所のシンク等の水に濡れる可能性のある金属部分から、包丁の材料に至るっまで、地球世界で水回りに一番使われていると言われる位一般的な合金鋼で、特殊鋼の一種とされているがちっとも特殊じゃない。
実は、18-8ステンの精錬に際して、最も苦労したのが、クロムの融点の高さだ。
クロムの融点は1907℃もあり、鉄の融点1538℃を大きく上回る。一緒に添加するニッケルは1455℃と鉄を溶かす事が出来る炉があれば、十分添加出来るのだが、こいつを斑なく均一に混ぜ様とすると、うちにある炉がぶっ壊れる事になる。
何より、こっちの世界ではまだコークスが発明されておらず、なんぼ風を送って温度を上げ様としても安定した高温が得られないのだ。
結局、これも錬金魔法を利用して解決する羽目になった。
しかも、こいつらを魔力の消費をセーブする為に原石から化学的に錬成しようとすると、途中で生成される中間生成物に猛毒が含まれるので、えらい事になる。
下手に別の成分と化合させると、物によっては土壌汚染や発ガン性まで気にしなきゃ汚染物質、六価クロムを生成する可能性もある。
この辺は、今でも解決しきれていない問題で、おかげてクロムの精製と添加には錬金錬成にたよらなきゃならない事になって、錬成コストが高くてしょうがない。
鋼として完成すればしたで、ステンには基本的に他の鋼より粘りの強い性質があるので、使う側からすれば、欠け難くてうれしいのかも知れないが、加工する側からすれば、手間がかかって大変だ。
お陰で、コイツの仕上げ用に轆轤を応用した専用の砥石回転式研ぎ機をでっち上げるはめになった。まぁ、最も、こいつは他の製品の加工にも転用可能なのでそう悪い話でもなかったのだが。
このステンレス鋼、不錆性を除くとさほど特殊な性質がある訳でもなく、特徴と言えば他の鋼に比べると粘りが強いく加工し難い事位だろうか。要するに、手入れを怠って劣悪な環境で放置しても錆び難く、粘りのおかげで刃が欠け難いので、日常的に外で荒事に従事する事が多い傭兵や山師もどきの冒険者に最適だろうと思って開発したのだが、クロム関連の錬成コストが思いの外高く、材質の持つ独特の粘りの関係上形成に手間がかかる上、武器となると相当量の材料を消費する事から、あまり廉価での提供できなかった。
結果、ターゲットとした面々からは未知の材料を使った武器の値段としては高すぎるとスルーされる事になったのだが、意外な方面で好評を博す事になる。
所謂、家事用品や農工具・狩猟具の分野だ。
通常、一般家庭で使われる鋼と言えば、ナイフや包丁の類になるだろう。大きなものでも手斧や鉈クラスだろうか。
因みに鋏は、この時代羊毛の刈り取りなどに使われる大型なものが主流で、未だ家庭用の道具としての小型のものは出回っていない。
その辺を担っているのは小型のナイフの類だ。
農工具の分野で考えてみれば、スコップ、鍬、鋤、鎌の類になる。
いずれも、金属部分はさほど大きくなく、使用する鋼の量も知れている。
となると、製品全体で見た時の鋼の占める割合がさほど大きくなく、製造コストを値段へに転嫁しても、さほど極端な値段にはならかった事も幸いしたのだろう。
それでいて、水回りの仕事や泥まみれにな様な状況で使って、多少放置しても直ぐに錆びる様な事も無く、粘りがあるので、骨や木の根、石などに当たっても欠ける事も少ない。(勿論手入れは必須だが。)
そうなると、ちょっと裕福なお家の奥様であるとか、専業の料理人であるとか、それなりに大きな農家の主であるとか、猟師・野伏であるとかが、木こりであるとか、それなりに引き合いが来る事になり、受注・納品した製品の評判もなかなかのものであった。
で、ここで出てくる訳だ。
誰がと言えば、我が盟友コジーニくんだ。
彼は、現在代官公館の料理番を務めながら、料理道具専業メーカー:C&Q社の代表を務めている料理おたくで、俺の料理分野の主要な相談役でもある。
ステン鋼を試作していた時点でも話に絡んできており、ステン鋼を使った料理道具の試作品の試用は彼が担当した。
料理用ナイフやフォーク、トングは先の部分だけ作った後で従来から使っていたものの基部に嵌め込む形にした。
包丁ってやつは、出刃やマグロ切りの様な大物の解体用でもなければ、結構刃を薄く作る事ができる。おかげで転嫁されるコストもさほどではなく、思ったより安く作る事が出来た。
鍋や釜、フライパンも、と言う話もあったが、如何せんあれらは使う鋼の量が多い。
畢竟かなり高いものにならざるを得ず、マスプロ(大量生産)は見送って、彼用と製品見本だけを作成して、後は特注品に使用するに留める事で納得してもらった。
農作業用のスコップ、鋤や鍬、鎌等については、刃の部分だけ製造する事にして、手で持つ柄の様な部分は、従来品のまま木を主にした構造のものにする事にした。
斧や鉈、剣鉈の類はどうしても、それなりの厚さが必要になるので費用がかさみ、一般的なものにく比べて高価にならざるを得ないので、受注生産に条件を限定したが、それなりの需要がある様だ。
どうやら注文主には、かなり奥地まで入り込む必要があり、簡単なものなら兎も角本格的なメンテナンスが期待できなくなる人が多いらしい。
もちろん、納得いただけるのなら、この種の注文は願っても無い話だ。
喜んで作らせてもらった。
ここまでは好ましいい話だったのだが、気が付くとまた、ドえらいハードワークを背負う事になっていた。
そうだよ。クロム関連は今のところ、うちの工房でも俺しか手が出せない。
ぶっちゃけ、魔道錬成/錬金錬成ってやつは、使う素材にそれなりの知見が無いとコストが跳ね上がるのだ。
うちの工房は現状、俺以外は見習い・丁稚クラスの下働きしかいないし、調理用具製造関連で協力関係にある工房の中にも、元素周期表とか言っても通じる奴はいない。畢竟、この種の作業は俺が一括して抱え込む事になる。
どこぞの社畜みたいに安い賃金でひたすら働かされる事に比べたら、相応のものはもらえる分だけましなのかもしれないが、使う暇もなくひたすら働く必要があるのが何ともつらい。
明日はどっちだ?!
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