第9話 本格始動と宣言はしたものの…
石焼鍋対応の諸々を代官とコジーニくんある程度お任せする事にして、本格始動を宣言したものの、やる事・やらねばならない事は、それまでと大して変わらなかった。
町内鍛冶士達への認定鉄鋼材の提供は相変わらず行わねばならず、その為には、製造されている製品の品質チェックから技術指導まではワンセットで付いてくる。ただし、町営高炉が製造する鉄鋼材の品質がそれなりのものになりつつある現在、材料費がそれなりに高価にならざるを得ない認定鉄鋼材への依存率はやや下がってきており、俺のこれまでの苦労がようやく報われてきた形だ。
町営高炉が製造できる鉄鋼材の品質については、投入する材料の品質にも依る部分があるのだが、前回チェックした感じではもう少し上げる事が出来るのではないかと期待している。
そうすれば、認定鉄鋼材への依存をもう少し下げる事が出来るし、そうなれば、高止まりしている民生用鉄鋼製品の値段も落ち着くだろう。
その辺の話は、定期的に代官氏と情報を交換する形で確認をしている。
目下問題なのは、むしろ俺が変に目立ってしまった為に、鍛冶士としての仕事が妙に偏ってしまったことだろう。
少し話が逸れるが、ドゥーム界は、簡単に言ってしまえば、剣と魔法の世界である。
文明レベルは、中世ヨーロッパのルネサンス期初期のイタリア半島・フィレンツェ辺りの水準で、地球界と進歩の速度が違うのは、その必要性が低かったからだ。
その原因は魔法にある。
文明の進歩と言うのは、何かを成し遂げようとする欲求とそれを叶えた時に生じるパフォーマンスによって天秤が大きくプラス側に傾くことでなされていくのだと思う。
見渡す限りに広がる広大な麦畑の刈り取り作業を一人で手作業でやったら一か月かかるとする。それを手動の刈り取り機を使えば一週間で終わらせることができ、更に自動刈り取り機を使うと一日で出来るとする。
この畑から得られる収益は100万円、手作業ならそのまま収入とする事ができ、手動機なら20万円の導入費と1回5万円のメンテナンス費用が必要となり、自動機なら50万円の導入費と1回10~20万円のメンテナンス費用が必要となる。
さて、あなたはどの方法を選ぶ?、と言う命題があったとしよう。
人と言うのは自分が納得できれば出来るだけ楽な方法を選びたがる生き物で、自分の中で収支のバランスに納得できれば、自動機>手動機>手作業と言う図式になるのではないだろうか。
こうして、文明と言うのは人が楽を出来る方向への進歩していくものなのだろう。
しかし、ここに魔法と言う存在が入ってくると、話が変わってくる。
魔法を使って身体能力を強化する事で、疲れるけれど収穫が1~2日で終える事が出来るとするば、誰が収益の半分以上を投げ打って、自動機を買うだろうか?
畑に作物の種を植える時、タイミングを調整して教会から神父様に来てもらい祝福してもらえば、わずかな謝礼で畑の豊作が保証されるとしたら、誰が相応のコストと畑作後田畑が荒れる事がわかっている化学肥料を使うのだろうか?
急いで遠くの町に行かなければならなくなった時、それなりの費用は掛かるが一瞬でその近くまで行く事が出来るとして、移動に飛行機や自動車を利用する人はいるのだろうか?
そう考えた時に、人は文明の進歩を強く推進する必要性、進歩の天秤を傾ける必要性をあまり感じないのではないだろうか?
これが地球とドゥームの間にある文明の進歩に大きな差が出来た理由なのだろう。
もちろん、個々の事例を見れば、局所的に文明が進歩しかける事例は幾つもあったのだが、その進歩を強く推進している源が無くなると進歩は一気に鈍化し、下手をすると元に戻ってしまう。
ドゥームでは、そんな事が繰り返し起こっており、現在の文明レベルにとどまっている。
そんな状況の中で俺とコジーニくんがやらかした訳だ。
別に周りの人たち不利益を与えた訳ではない。むしろ、それまでそんなにおいしく食べる事の出来なかった芋を甘くおいしく食べる方法を提供した訳で、周りの人達は十分に利益を得ている筈だ。
だからこそ、彼らは好意で俺の事をこう呼ぶ訳だ、石焼芋鍛冶士とか、料理用具鍛冶士とか。
自分のやらかした事を考えれば、言うんじゃねぇ、とかとても言えない。
何せ、そのおかげで、少し働けば十分食っていけるだけの収入がいただけるんだから、文句を言うのは間違っているだろう。
だけど、呼び方ってもんがあるだろう、何にでも。
こうして、俺は外ではにこやかに笑みを浮かべながら、家では涙で枕を濡らす暮らしをする事になった。
で、実際の鍛冶士としての仕事の話なのだが、実は完全にコジーニくんに目をつけられてしまった、新しい調理器具開発のパートナーとしてだが。
最近では、一週間と開けずに、うちの工房が運営している鍛冶場に来ては、あれがどうの、これがどうのと調理器具に関する相談をしていく。
俺も、そういうの好きだから、いちいち丁寧に対応して、場合によっては、新しい器具の試作を約束したりするもんだから、なおさらなんだろう。
別に良いんだけどね、他の仕事も似たり寄ったりだし。
うちの工房に持ち込まれる仕事は、圧倒的に料理器具・調理器具類に関するものが多いのだ。
理由は簡単で、俺が料理用具鍛冶士とか呼ばれ、認識されているからだろう。
最近知ったのだが、実際に俺は、所謂、料理器具・調理器具に関する知識量が圧倒的に豊富らしい、他の鍛冶士に比べると。
同じことを伝えても、圧倒的に俺の方が話が通じるらしいのだ。
まぁ、確かに料理は趣味だし、雑学レベルではあっても地球の料理器具や食器の進歩の歴史なんてものも心得てるしね。
そう言えば、こちらの食事事情なのだが、地球のルネサンス期初期と比べても、聊か遅れているかもしれない。
そもそもの宗教的概念として、神から与えられたものを食べる為の道具として、人には手がある、と言う大前提がある。
この為、食事は手づかみで口に運ぶものと言う考え方が根付いており、なかなかそこから先にいく事は無かった様なのだ。
何分、地球と違い、魔法と一緒に神様の実在が広く信じられてるだけではなく、人々に利益・不利益を与える存在として実在しているんだから、質が悪い。
別に神様が食器やカトラリーのあり方を否定した訳でも、料理をを否定した訳でも無いのだが、既得権益と相まって、なかなかにしぶとい問題として立ち塞がってくれている。
さすがにスープ的な料理に関しては、取り分けるための深皿やお玉の様なものがあるし、炒め物をするとき用の大ぶりなフォークや原始的なトング類、塊肉を切り分ける為のナイフなどは食卓に共用の道具として並ぶのだが、個々人が料理を口に運ぶ為の道具が未発達なままなのだ。
結果、調理を施した料理を、冷めるのを待って、手づかみで口に運ぶ、辺りは普通の事で、異常でもなんでもない。
コジーニくんを始めとした、知己となった料理人達にしてみれば、せっかく熱々でおいしい料理を、わざわざ冷めるのを待って、おいしく無くなくなってから食べる訳で、人によっては、料理に対する冒とくであると感じている向きもある様だ。
実は、最近、そういう向きの方々向けに、ちょっとした啓もう活動を行っている。
別に騙すなどの悪い事をしている訳ではない。そもそも、そう言う意味でのブレークスルーを期待して、俺たちはこっちの世界に送られてきた訳で、そう言う意味では神様の期待通りと言って良い行動だろう。
ただし、流す情報は十分に吟味して、相手が十分に受け入れる事が確認できたものだけを流す様にしているの。
だって、いきなり何も知らない料理人に、xx肉のソテー エスプーマソース仕立て、だ等と言ってもわかるはずもなく、再現も碌に出来ないものを説明する事も困難を極める。
ぶっちゃけ時間の無駄だろう、同じ伝えるならこっちも十分に料理法を理解しており、実演する事が出来るものに限らなければ意味がない。
もちろん、同時にわが工房謹製の地球風料理道具ドゥーム仕立ての売り込みも兼ねている訳だが。
おかげで、わが工房の鍛冶仕事に関する売り上げも徐々に増えつつある。
因みに、売り込んでいる食器やカトラリー、料理道具には、C&Q印の商標が刻印されていると言う次第で、当然、コジーニくんも共犯だ。
本当なら期待したい処の武器やら防具やらの売り上げが絶望的に少ないわが工房にとっては実にありがたい話である。
そう言えば、最近錬金魔法の腕が上がって、未加工の原石鉱石類から、クロムやタングステン、マンガンなどを含む希少金属類の単離に成功しつつある。
おかげで成分を再調整する事で特殊合金類の製造に目途が立ちつつあり、その結果次第では、不錆系合金、所謂ステンレスの製造等で材を築けるかもしれないが、まだまだ、取らぬ狸の皮算用と言うべきだろう。
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