第8話 再建工房始動!

何やら日本人の血が騒いで、壮絶な自爆してから2か月が過ぎた。

その間、何があったのかと言うと、遂に工房の再建工事が終わり、自前の鍛冶場を使っての鍛冶士生活が始まった。

と言っても、希望通りのスローライフを満喫できる様な状況では無く、また、代官のアジュール様の希望に沿った町への貢献を主体とした過密スケジュールに追われる様な生活でも無く、過剰に積みあがった石焼鍋作りに追われる生活となっていた。


どういう事かと言うと、話は工房再建を真近に控えた2か月前に遡る。

その日、珍しく予定が空いてしまった俺は、同じく休みを与えられて暇していたコジーニくんとばったり会って、料理談義に花を咲かせていた。

どんな話だったかと言うと、当時代官公館に仮住まいしていて、食事をコジーニくん以下の公館料理士に作ってもらっていた俺は、彼と遠慮のいらない間柄を構築できた事もあって、この前の夕食で出してもらったあの料理はうまかっただの、でもアミューズで出てきたあれは火の通し過ぎだっただの、あれなら下拵えの段階でこうした方が良かったんじゃないかだの、と自分も趣味で料理をする事もあって、結構好き勝手言っては反論されたり、言い負かされたりしていた。


そんな話の中で、そう言えばこっちは、料理のバリエーションが少ないよね、的な話を振ると彼は、それなら君はどんな料理法を知ってるの?と返して来たので、この話の前にネタにしていた芋の料理法について、石焼って手法でじっくり焼くと甘みが増しておいしくなるんだよ、と答えてやった。

すると、彼はそんな単純な方法でそんなに甘くなるはずがないと思ったのか、それじゃぁ試してみようと言い出して、結局、俺も暇だった事もあって、実演してみる事にした。

もっとも始めからその心算で準備していた話ではなかったので、やった事は単純で、その辺に転がっている石を洗って、やや底が平たい鍋に敷き詰め、その上に蓮の葉に包んだ芋を載せて竈にかけ、中火から弱火位に火を調整して1時間くらいかけて焼いただけだった。


芋の選択も、石の選択も、鍋の準備も、焼き方・焼き時間の研究も、全くしていない状況で、ざっと試し焼いただけの芋を食べてみると思いの他甘かったらしい。

俺にしてみれば石焼き芋屋が売りに来る石焼き芋に比べるとかなり落ちるレベルの焼き芋だったが、彼にしてみれば今まで知らなかった料理法で甘味料も使わずにただ焼いただけの芋が、それまで知られている手法で料理したものよりずっと甘くなった。かなりの衝撃だった様で、試食のあまりの芋ととりあえずでっち上げただけの鍋と、俺が話した本当なら…と言う情報のメモ書きを抱えて、飛ぶように帰って行ってしまった。


その後、なんと言う事も無く、しばらく平和な日々が続いたのだが、ある日代官様に呼び出されて彼の元に行ってみると、コジーニくんと協力して石焼鍋を作ってほしいと正式に要請されてしまった。

どうもコジーニくんが持ち帰った芋を食べた代官様も、その甘さに感動し、材料メモにある石やら芋やらを取り寄せたり、手配やらをしていたらしい。

そして、ある程度目途が立った時点で俺を呼び出したそうで、

彼からのオーダーは、

1.メモの材料に基づいて、正式に石焼鍋を作って、おいしい石焼芋を作れる様にする。

2.この町周辺で手に入る材料を使って、正規品の石焼鍋と遜色のない石焼鍋を作る研究をする。

3.コジーニくんと組んで、この町周辺で手に入る材料を使って、正規品の石焼鍋で焼く石焼芋と遜色のない石焼芋の製法を研究する。

の三つ。

どうも彼は、製法が確立した石焼芋と石焼鍋をこの町の特産品として売り出す心算らしい。


その日から、ただでさえ、諸々抱えさせられて忙しいのに、町周辺でとれる鉱物・岩石・農産物の調査が加わってさらに忙しい日々を送る羽目になった。

そして遂に工房の再建が終了したとの連絡が入った。

これでようやく代官様と縁が切れる、などと言う訳もなく、多忙な中に更に石焼鍋試作の本格化と言うハードワークが入り込んでくる事になった。


その後、コジーニくんを交えての研究の結果、

1.芋は丸い形のもの(所謂、ジャガイモ型)より、横に長い形のもの(所謂、サツマイモ型)のものの方が適している。

2.芋は横に置くのではなく縦に置く事で、より多く加熱できる様になり、また加熱具合を調整しやすい。

3.芋を縦に置く事に合わせて、鍋は縦幅のある寸胴型形状のものにして、壁面にも石を並べる様に設置する。

4.蓋はドーム状にして、熱の対流を妨げない形にする。

5.芋は専用の(鍋の壁面に沿うように芋を固定できる)籠に入れて、加熱中何度か上下をひっくり返して、加熱むらを少なくする事で、むらなく加熱できる様になる。

6.石は、近隣より取り寄せ精査した結果、西方にある町ワンウィン・プース周辺で採れる火成岩(流紋岩)が最も良好な加熱特性を有する可能性が高いが、トレファチャム周辺で採れる火成岩(花崗岩)でも十分に実用に供せるもの性能を持つ事がわかっている。

等が判明し、一応の完成を見た。


が、その結果が出せるまで1か月以上、工房の周辺では芋を焼く匂いが絶えず漂う事になり、しかも鍛冶工房のはずなのに芋や石材が毎日山の様に届く様が目撃された事から、町の人達からは、芋好き鍛冶士だの、あそこは鍛冶の熱源に芋を使ってるだの、石工鍛冶士だの散々なあだ名をつけられる羽目になった。


もっともそのおかげで、代官様が公館で行われた新商品発表会はかなり盛況で良い感触だった様だ。

その事は、その日から今日まで大量の石焼鍋の生産注文がひっ切り無しに来る様になった事からも裏付ける事が出来るのだが…

さすがにこのままだととてもやっていけないと代官様に苦情を申し立てたところ、石焼鍋の代理生産をしてくれる工房を見つけてきてくれて、多少技術指導に手古摺る事になったが、ようやく合格点が出せるレベルの鍋を作れる様になってくれたので、明日から代理生産をしてもらって、ある程度さばける見込みとなった。


元々、この工房は当面俺一人で当面切り盛りする予定であったのだが、俺一人では大量生産を支える事は全く無理だし、そうはなから伝えてあった。

それと、俺の手間を減らすために、取手などの木工部分、中に入れる加熱石の細工、それらを固定するリベット部品等、自分が専門ではない部分、外注可能な部分については、ある程度定型化出来た所で外注に出して、自分は検品だけで済ませる様にしていた。その事も幸いした様だったが、明日からは、この鍋に関しては、外注品の検品と最終組立が仕事になる。


後は、信頼できる人を雇って、外注部品の受け入れ検査を任せる事で俺の負担を大幅に減らす事が出来るのだが、こればかりはじっくり時間をかけて人を育てる必要があり、早々に対応できることでは無い。おいおいここでの暮らしの中で考えて行こうと思う。


なお、今回の石焼鍋の開発に関して、領主様から一つご褒美をいただけることになった。すなわち、この鍋の製造・販売に関する一種の特許権を認めてもらえたのだ。

実は、特許権に関しては、地球世界では15世紀ルネサンス期のイタリア半島で考案された発明者条例まで遡る事になる。その後イギリスで17世紀になって産業革命期に専売条例は制定され、発明者の権利が保護される流れが出来ていく。

これを遅いと考えるか早いと考えるかは個人の感性によるのだろうが、この世界でこの種の権利が認められているとは思わなかった。(スキルとして異世界基本知識1が与えられているので一般常識としては知ってはいたはずなのだが、偏見で思いもしなかったので、ある事がわからなかった。(スキルは最低でもその事を考えないと発動しない。))


この世界の特許権は、その発見・発明が神に承認される事によって発効される。

すなわち、新しい何かを発見・発明した者は、その発見の内容を記述したもの、あるいは、発明品を持って商業神の神殿を詣で、特許の承認を申し出る。(大きくて持ち込めない様なものの場合、神官に来てもらう形になる。)

その発明・発見が適切に発明者・発見者によって申し出られたものであり、新規性が認められると、その発見・発明品は奉納が許され、特許権が認められ、その後20年間の占有権・専売権が得られる仕組みだ。

特許権が設定された内容を使いたい場合、占有者と交渉して利用権を得る必要があり、特許権が設定されているものを権利を得ずに使用した場合、神罰が下されるとされている。神罰の詳細は一般に知らされていないが、悪質な侵犯者の一族が一晩中苦しみ抜かされた上で一族郎党赤子に至るまで塩の柱に変えられたと言う伝説が伝わっている。


今回の石焼鍋については、俺とコジーニくんの二人が開発者として特許者登録されており、開発に大きく助力したとして利用権益者にトレファチャムの運営者(要は領主様だが、今回はその代理権行使者である代官様を含む)が認められている。

これによって、今回開発した石焼鍋と同じ、乃至、同等以上の性能の鍋に関して、俺たちが認めた場合、特許権を侵害する事無く製造販売する事が出来る。

なお、今回の副賞?として、領主よりC&Q(コジーニ&クァージュ)の商標権が与えられ、俺とコジーニくんが共同で承認した製品に付与して販売する事が許された。

その第1号が石焼鍋なのは言うまでもない。


これを以て、諸々の面倒から解放された事になる。

さぁ、明日から鍛冶士として、やっと本格始動だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る