第7話 再建工房始動?

何の彼のと言いながらも、時間と言うものは勝手に流れていくもので、こちらに来てから1か月が経とうとしていた。


その間やった事と言えば、町内の鍛冶士との交流と技術指導、認定鉄鋼材の提供、高炉の運用指導と鉱石への前処理の指導、工房再生工事の進行度チェック、代官公館料理人のコジーニ氏とのいささか趣味に走ったオタクな料理談義、などなど…

転生当初心の中で考えていたのんびりまったりスローライフはもとより、こっちに来て早々に設定させられたスケジュールの中にすら、手が付いていないものの方が少ないという多忙を極める状況にあった。

しかも未だに工房の再建すらなっていないのにだ。


そう、そもそも自宅兼工房に住み込みで移住する予定だったのが、大規模改修工事が必要となる事が判明して、いまだに代官公館の客間から引っ越すことすら出来ていないのだ。

もっとも、朝夕の食事の準備はしなくていいわ、わが盟友コジーニくん(とうの昔に齢の離れた良き友人となって、氏付けで呼ぶのをやめている。)とはオタクな料理談義に花を咲かす事が出来るわ、かわいいメイドさんたちとも仲良くなれたわ…、個人的には趣味に走った鍛冶が出来ない事を除けば、今の状況にあまり文句は無いのだ。いつまで経っても仮暮らしなものだからサポート役から解放されないと、ナビ氏(本名は知らん)がグチグチ五月蠅いのが、うざいと言えばうざい位か…


そんな暮らしにもやっと終わりが見えて来た。

工房の改修工事にようやく終わりが見えて来たのだ。

これでようやく人の鍛冶場を借りて、“使い辛い”なんて言葉を飲み込みながら、チマチマ物作りに励む、なんて生活とおさらばできる。

ぶっちゃけ、この世界の文明レベルでは元いた地球レベルのクロムだのタングステンだのを使った特殊鋼(合金鋼)の製造はあまり期待できない。

それでも魔法金属の使用や魔法や錬金術を使ったこちら独自のやり方を好きに模索出来るし、地球では既に製法が絶えて久しいと言われているウーツ(ダマスカス)鋼の製法を探求したり、多々良製鉄や玉鋼、日本刀の製法の模索等々、文明レベルが低ければ、低いなりに楽しみ様はあるのだ。


ただし、魔法金属は総じて高価であり流通量も極めて少ない事から、俺レベルの鍛冶士ではめったに手に入れる事が出来ない。段位持ちの顕彰鍛冶師が扱わせてもらえる分野になっており、その為には、最低でも十年以上の経験を積み、“師”の資格を取らなければならないだろう。

…先は長い。

それがいやなら後は運を頼りに山を巡り、未発見の鉱脈を見つけるか、か…


これに関しては、まずは工房を再開し、弟子を取って育てて、俺が外回りをして、しばらくいなくとも問題にならない状況を作りだす事が最低条件となる。

先が長過ぎて、鬼が笑うどころか激怒されても文句が言えない位、気の長い話だ。

とは言え未だ18才、時間は十分にある。

焦らず、コツコツと実績を積み上げて行こう。


なんて事を思っていた事もありました。


事の起こりは、工房再建の目途が立ち、諸々の都合でスケジュールがキャンセルになった結果、鍛冶場は借りたが予定は無い、という最近にしては珍しく時間はあるが直ぐにやるべき事は無いというタイミングが出来た事だった。

最近では、この種の空き時間が出来た時には、生活用の小物、カトラリーなどを作って新生活の準備に充てたりしていたのだが、この日は偶々わが朋友、公館料理人のコジーニくんも休みで、彼との(異世界)料理談義の末、調理用具の改良をする事になったのだ。


何分この世界では、料理方法も発展が遅く、一般に知られている料理法は、焼く(炒める)、煮る、蒸す(≒後述の蒸し焼き)、燻製(燻す)の4種類程度とそのバリエーション位しかない。

また、蒸し焼く、と言ったところで、蒸し器・蒸籠等の専用の調理道具があって蒸す訳では無く、蓮やバナナの葉で包んだ芋などの食材を焚火の灰の中に焼べ、ある程度時間が経ったら灰の中から焼けた食べものを引き出すだけと言うやり方がスタンダードなものだった。当然、一定の割合で焼きすぎて食えなる食材が出てくる。

もちろん、お貴族様のお抱え料理人がする様な料理の場合、蒸し焼き用にも使える様に日頃からきちんと整備されている竈を使う訳で、一般人が焚火の灰の中に芋を突っ込む様なやりかったで料理をする訳ではないのだが、飽食の坩堝とまで言われ、味へのこだわりが人一倍強い元日本人にしてみれば、色々と思う所はある訳で、相手が気心の知れたコジーニくんだった事もあり、つい、愚痴を漏らしてしまったのだった。


すると、彼も公館で腕を振るう事を期待される様な一流の料理人であり、それならどんな料理法があり、どんな料理道具があればいいのか、等と言う話に発展し、ついつい更に余計な事を言ってしまった訳だ。


例えば、サツマイモ料理の定番の一つ、焼き芋、これなんかは同じ焼くにせよ、石焼で(芋の内部温度が100℃以下の低温を一定時間以上維持できる様に)じっくり焼く事でグッと糖度が増してうまくなる。

まぁ、焦げを防ぐ為にアルミ箔を巻く事等の期待しようがないものは蓮の葉等の何かの大きな葉っぱにでも包んで、石にあたる部分を保護してやればいい訳で、大切なのは、直火で短時間に焼くのでは無く、間接的に熱を加える事。出来るだけ遠赤外線が放出される様な素材(溶岩石など)を介してじっくり焼く事が出来ればより良いらしい。


ではどうすれば良いかと言えば、こちらでも一般的に使われている金属製の料理器具の鍋の中でも、平底で底の厚さのある鍋に石やレンガの欠片等を敷いて、この上に焦げ防止用に葉っぱに包んだ芋を置き、蓋をして鍋ごと竈にかければ良い。

この際、竈の火加減は強火では無く、弱火~中火位に加減して、鍋を通して伝わった熱が石やレンガに伝わり、石やレンガから遠赤外線を含む熱が放射させて、これで芋を過熱する。

この遠赤外線を使ってじっくり時間をかけて芋を焼く事で、芋の内部にも十分熱が伝わって、芋のでんぷんを糖化する反応を促進するらしいのだ。ここで大事なのは、直火で芋の焼くと直ぐに芋に火が通ってしまい、でんぷんの糖化が十分促進されない=甘くならないという事。


そこで、やめておけばよかったのだが、それじゃあ、石焼にするとどの位甘くなるものなのか実際に試してみようという事になり、とりあえずその辺で拾ってきた石を水洗いして鍋底に敷き、時間をかけて中火で焼いてみると、これが思いの他甘かった様で、その事が彼の中の料理人魂に火を付け、一気に白熱させてしまった。そしてついに代官様まで巻き込んで理想の石焼芋鍋や料理法を探求する事になってしまった訳だ。


探求する項目は鍋の理想的な形、石の材料や形、加熱温度、加熱時間、焼く芋の種類等など。

例えば、石は加熱される事で遠赤外線を多く放出する事が出来る類の石が理想的な訳だが、急にそんな事を言っても直ぐに手配できる訳も無く、どうしようかな位のイメージで考えると、浮かび上がりましたよ頭の中に、利用出来そうな石の産地や整形すべき形…

その他にも作るべき鍋の形や加熱時間、加熱温度、今回の料理法で使用するのに適切な芋の種類や焼き方の注意点などなど、ちらっと考えただけで思い浮かんじゃいました。

すげーわ、異世界基本知識2中央大陸東部編。

正直、中央大陸東部域に住む人々にとっての常識的な情報・知識って言うからあんまりあてにしてなかったんだけど、こっちの人達って、こんな事専門的な事まで常識の範囲で知ってるのか、って位ニッチな知識までばっちりインストールされてるし。

そう言えば、文明の発展に伴って、専門分野ってやつも細分化されていった、って聞いた事があるな。


正直、こっちの人達の文化レベルをなめてたわ~

等と考えていたら、ナビ氏が久々にフォローをくれたよ。はよ独立せぇ、ってせっつく様な愚痴以外で。

さすがに、ずぶの素人がそんな事、知ってるはずが無いはずで、それなのにこんな事がわかるのは、あっち(神様側)の手違いだったらしい。

ってか、想定外だったらしい。


今まで、あっち(地球)とこっち(ドゥーム)では、近似世界であるが故に発生する自然現象としての神隠し的な異世界転移以外では、人的な魂の交流はほとんどなかったらしい。

その頻度は、自然現象としては数十年に一人程度。

局所的にエネルギーの集中が生じると、それが原因で生じる時空の歪みを原因とする転移が生じるが、その場合でも大体その歪みが生じたエリアで歪みが生じたタイミングに一人二人巻き込まれる程度。

どうも、原爆実験やら第2次世界大戦期には集中的空爆などの影響で五月雨式に何人もの転移が生じた利したらしいが、その時はそれぞれ若干ずつタイミングがずれていた事もあり、その度に個別事案として対応出来たとの事だったが、それ以前はそもそも人為的に時空に歪みが生じる様な過大なエネルギーの集中が起きる様な事は殆どなかったらしい。


今までそんな感じでケアする事はあっても、今回の様に37人もいっぺんに転生、なんて事は無かったと…。

で、今回はまとめて転生処理を行った事案の1回目だけど、魄に焼き付ける知識をいちいち個別に作成するのではなく、まとめて一つのパッケージの形で作成して、個々に必要な部分を抜き出して焼き付ける方式を取ったらしい。

その一つが、異世界基本知識1。これは37人全員に与えられた。

異世界基本知識2については、その個体が活動する見込みのエリアの知識はそのまま、距離が離れるほどデータ量を少なくする様なグラデーション処理を行ってそれを焼き付ける事で不自然さをぼかすと言う手法だったらしいのだが、本来ここで職業的専門知識もグラデーション処理が入るはずが適切に行われなかった。

結果、中央大陸東部域に転生する18人全員に、それぞれの専門職が個々で持っているべき専門知識を包含したものが処理される事無く異世界基本知識2中央大陸東部編として一括インストールされたらしい。


あ~、石工や農民、料理人の知識も入ってるのか…

それならわかるわ…、趣味レベルの料理知識しかなかったはずなのに、何でコジーニくんとため張れる会話ができたのか。

なるほどね。


まぁ、ある程度以上詳しい話は、事の後でナビ氏から聞いたんだが、その時は思いつくまま諸々手配して、結果として大々的にやらかしてしまったらしい。

主に料理法の革新方向で。


この日、この世界に石焼きと言う新しい料理法の概念と石焼き鍋と言う新しい料理道具が加わった。

これが、後日料理鍛冶師とも呼ばれる様になる、C&Q社の創業者の一人として革新的料理(魔)道具の数々を世に送り出したクァージュ・マートの足跡の第1歩であったと伝えられている。

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