第6話 工房再建

引き継ぐはずの工房(鍛冶場)の状況確認を終えて、とりあえず口入れ屋組合と代官に、諸々ねじ込む事にした。

そもそも俺は、前任者のレグフラント氏が残した工房を使って鍛冶仕事をする事を期待されて召喚されたのであって、多少手を入れる必要がある程度なら兎も角、事実上の廃墟を渡されて、工房の再建の為の余計な苦労をさせられた挙句に、国家製鉄所が作った認定鉄鋼材の提供を無条件でさせられる為に来たんじゃない。

しかも、実際の話、この鉄鋼材の提供業務だけでも馬鹿にならない程の時間が必要になりそうな事がここまでの聞き取り調査で分かってきているのだ。


このままでは、俺がこちら側で生きていく為の鍛冶士としての始動がいつになるのかすらかわからない。

明らかに今回の派遣に関して、組合と結んだ契約の内容と実態が乖離しすぎている。

ねじ込みに行くと、契約違反である事をあらかじめ承知していたんだろう。

早々に上等な来客室に通され、長々と組合側の言い訳を聞くはめになった。


曰く、組合はここまで工房の設備が痛んでいることを知らなかった。

曰く、鉄鋼材の提供については行われていること自体は聞いていたが、ここまで大がかりなものだとは知らなかった。

総じて、組合側は自分達に責任が無い事を強調する抗弁を繰り返した。

が、その抗弁の為にあんたが今手にしてる資料の束は何なんだよ!

明らかにある程度以上、調査が終わってるじゃねぇか!!!


工房を卒業したての若造だと思って、舐めてかかってるんだろうけどさ。

こちとら、外見は成人したての子供かもしれないが、中身は高校を卒業して以来、社畜として10年以上やって来たんだ。

阿呆の営業が現実無視で取ってくる無茶納期の対応やら何やらで、この程度の修羅場は何度も経験してんだよ。

ここで一歩でも譲れば、こいつら俺を御し易しと判断して、この先もずっと舐められっぱなしになる事は目に見えてる。

まともな対応もほとんど期待出来なくなるだろう。

“ここが踏ん張りどころだぞ”と心に言い聞かせて、俺は此処を先途と一歩も譲らない覚悟で折衝を続けた。


最初は簡単に丸め込めるだろう、位の心算でなめた態度で対応していた組合側も、こちらが思ったよりタフな交渉をしてくる事に気が付いて、担当者を変えて現実的な方向に交渉に切り替えようとして来たがもう遅い。

日本ではまだまだ甘い部分も多いが、ブラック相手に仕事をする以上、契約って形で文字に残しておく事が大事な場合が多い事くらい十分に学んで来たんだ。

言った・言ってないレベルの話で、型の製造まで終わった仕事を無かった事にされた事もある。

今回の派遣では、

・俺は可能な限り早く鍛冶仕事を開始できる様に努力する事。

・組合は仕事が出来る状態の鍛冶場を俺に引き渡す事。

・鍛冶場に大きな瑕疵があり大幅な改修が必要な場合、派遣側の組合が責任をもって 改修を行う事。

・実務上問題のない小さな瑕疵の場合は、俺が仕事をしながら修復を行う事。

などが契約書に明記されている。

それ以外にも幾つも細かな付帯事項の記載があり、双方同意の上で契約が行われている以上、組合はこちらの主張を無碍には出来ない。

その中のひとつ、可能な限り急いで着任するという項目を守る為、タイミング悪く乗合馬車に乗り損ねた俺は、無謀な一人旅を満喫する羽目になった訳だしな。

(設定上の話ではあるが、現実でも野犬の群れに喰われかけているし。)


こちらが契約を守っている以上、組合にも契約は守ってもらう。

それも、事がこれだけ拗れた以上、口約束ではなく確り契約を守る形で対応してもらう必要がある。

一応、こちらにもこれが認められなければ、町の鍛冶士たちへの認定鉄鋼材の横流し(今更提供だなんて言ってやらん!)なんて協力してやらない、と言う切り札がある。

そっちが俺をなめて飼い殺しにでもする心算だった事がわかった以上、遠慮をしてやる必要性も感じない。

一応工房の改修プランは用意した。

組合に提示したものは、交渉次第で色々削られる可能性を考慮して、理想の追求を最大限に盛った(ダナス・タルディア基準で)かなりの金を必要とするプランだが、もちろん現実的な落し処に基づいたプランも考えているし、提示も可能である。


交渉を始めて6日、代官様を経由して領主様の介入が始まった段階で、遂に組合が折れた。

事実上、俺の全面勝訴に近い内容でだ。

公館に間借りしているお礼代わりの意味もあり、代官のアジュール様には状況の推移を毎日報告?…伝達している。

曰く、赴任予定の工房は荒れ具合がひどくて大規模な改修無しに工房の再建は見込めない。

曰く、工房の破損状況から判断すると、再建に関わる義務は組合が負っている事。

曰く、その件に関して組合と交渉中であり、その辺の交渉がまとまらない事には正式な着任が出来ない。

曰く、着任出来ないという事は、必然的に町中への公認鉄鋼材の仲介も出来ない状況にある。

何故こんな報告もどきの話を代官様にしていたのかと言えば、実を言えば現在、俺の身分が完全に宙に浮いて、無職と言う状況にあるからだ。

これはどういう事か言うと、俺はダナス・タルディアの口入れ屋組合の斡旋を受けて、このトレファチャムの町に認定鍛冶士の居る鍛冶工房の操業を再開する為に来た訳だが、その着任の条件は、操業可能な工房の受け渡しを以て行われるはずだった。しかし現実には、引き渡されるはずだった工房は操業可能な状態には無く、まともに操業するにはかなり大きな費用をかける必要性が見込まれた。

契約上、大きな改修は口入れ屋組合が行う事になっていたので、そうしてくれれば問題なかったのだが、聊か見積額が大きすぎたらしい。

あくまでも、俺がざっとやっただけの概算額だとは伝えておいたのだが、額が大きすぎて拒否反応が出て、そのまま全く交渉が進まなくなってしまったのだ。

以降、完全に責任の押し付け合いに終始する様になってしまい。碌に宿を探す時間も取れなくなってしまった事から、今の使わせてもらっている部屋(代官公館の客室)を当面そのまま使いたい旨を願い出て認めてもらい、その代わり交渉の進捗を報告する、と言う状態で今に至っている。

どうやらそれを領主様に伝えていてくれていたらしい。

まぁ、代官様やご領主様にしてみれば、さして大きくもない工房の再建具合等どうでも良いのだろう。それよりも俺が購入でできる公認鉄鋼材が何時町内の他の鍛冶士達に届くかの方が問題だったと言う事だ。

この問題が解決しない限り俺がそちらに着手する見込みが立たない、と言うか着手できない以上、どうすれば良いかは明白だ。俺を追放して別の鍛冶士を探すか、俺を満足させて鋼材の入手をスムーズに進む用に誘導するかだ。

昨夜領主から組合に仲裁の意向がある旨が伝えられた上での今日の対応を考えれば、どう言う仲裁が行われたのかは明白と言うものだ。


この世界、仲裁と言っても家庭裁判所や地方裁判所があるっかけもなく、民事でもめたからと言って裁判所が間に立って調停が行われるなんてはずも無い。

いわゆる民事で何か問題が発生すると、その土地を治めている領主や代官が話を調査した上で裁定を下す形になる。

今回の話では、今後の領地経営、特にトレファチャムの状況の回復と今後の発展を見据えて、ほとんど俺の意見が通る形での裁定となる見込みだった様だ。

そもそも約束を守らずに俺を良い様に利用しようとした組合が悪かった訳で、満足のいく裁定が行われなければ俺がこの地に留まる目は無いだろうと言う判断になったらしい。俺も当然遺恨を残したままこの地に留まる必要を感じるはずも無く、出る所に出れば契約自体が組合側の問題で無効と判定される事もわかっている。


そうなると領主側としては、改めてフリーの国家認定鍛冶士を探さなければならず、余程運が良くなければそんな奴はいない。なにせ、3級の鍛冶士ですらそれなりに引きあいが多いのが現状なのだ。

それほどまでに認定鉄鋼材を安定して入手できるという事は重要なのだ、この町にとっても。こうなると、工房の再建も必須となる。

ここで、下手に組合の肩を持って俺に変に不満を持たれるより、契約をきちんと果たさせる形で片を付けた方が良い、と言う判断は至極妥当と言えるだろう。


結局、今回俺をだまそうと画策した組合の担当者たちは更迭され、後任者たちによって改めて妥当性のある工房再建プランが作成された。

その計画に基づく鍛冶場の改修が開始された事を確認し、工事が完成するまでの間、町内鍛冶士たちへの技術指導を行うと言う名目で、町内にある鍛冶場を巡回する事で俺の鍛冶士生活が始まった。

もちろん、再建計画が妥当なものである事の確認はしたし、改修に関する契約が建築業者と適切に結ばれたかどうかの確認はした上でだ。

また、巡回を受け入れた先の鍛冶士への技術指導の際に、腕前の確認と認定鉄鋼材を妥当なと思われる量融通する事を約束し、代わりに一時鍛冶場を使わせてもらえる、と言う約束を結んだ上でだ。


その結果、へんてこな製品を市場に流し評判を下げる羽目になっていたのは、町内鍛冶士達の責任と言うより、高炉の使い方を弁えず、適当な製法で軟質の鉄鋼材?を製造していた高炉技師たちの責任である事が浮き彫りになった。

と言っても、その原因が、レグフラント氏の認定鉄鋼材の町内への融通によって必要性が下がった高炉の運用予算が削減された結果、設備だけは新しいという状況で、十分に習熟期間すら設定してもらえなかった精錬担当者たちが十全に炉の使い熟せなかったためだと言う、何が何だかわからない様な事実が判明し、当時のこの辺を担当した役人たちへの責任問題へと発展していく事になった。

後日わかったことだが、調査対象とされた役人たちと、今回鍛冶場を放置し修繕しなかった結果更迭される事になった組合職員たちによる鉄材流通にかかわる運営予算の詐取/使い込みが判明し、彼らは罪を贖う為に犯罪奴隷として国営鉱山送りになったというのだから、もう笑うしかない。


そんなこんなで、町の鍛冶士の相談に乗ったり、場所を借りて鍛冶仕事をやっつけたり、高炉や採石所で指導に当たったり、と言ったかなりあわただしい生活が始まるのだった。



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