第5話 一夜明けて
久々にきちんとした寝床でたっぷりと寝る事が出来た俺は、夜明けの鐘(昼の1刻を知らせる鐘)の音で目が覚めた。
今は初夏なので、昼の時間は13時間位ある。
1の刻の鐘は、大体地球換算で5時半位に鳴る計算だ。
昨夜は夕食の後調理場で多少あれこれしたが、疲れていた事もあって早々に寝てしまった。恐らく夜の2刻頃には完全に寝入っていたと思うので、なんのかんので9時間以上寝た計算だ。
この世界で、魔道具(対象に魔法陣の刻印を使って魔力を付与し、壊れるか魔力が切れない限り恒久的に魔法を使う事が出来る様にした道具の事。魔力は対象が内蔵する魔石から供給する事が出来る様にしたものが多く、魔石を交換できるタイプの物もある。)はかなり高価なものであり、照明用の道具となると、ランプ(行燈・提灯の類も含む)か、ろうそくに限定され、屋外に使い所を限定して周囲に燃え移る様な物が無い事を条件にできれば、たいまつなども使われる。
たいまつやろうそくは、材料が燃え切れば終わりの消耗品で、ランプも中のオイルや芯が燃え切ってしまえば消えてしまい、そのランニングコストは決して安くない。
特に、燃やした時にすすや発する悪臭が少ない植物油は供給量も少なく、高級品であって使うだけでも結構なコストがかかる。
だから、大した用もないのに夜起きている人は稀である。
一晩中明かりが灯っていそうなのは遊郭や色茶屋位だろう。
さーて身支度でも始めようかと思って起きようとした所、またもノックの音が…
昨夜に続いて再びメイドさんズの登場だ。
昨日に続き、朝の身支度用に洗面器類を持ってきてくれたらしい。
彼女たちの介助を受けつつ身支度を行い、声がけを待っていると朝食の準備が出来たと案内が来たので、食堂に移動する事に。
おっ、今回はこっちが先か、テーブルには誰もついていななかった。
待つほども無くアジュール氏もやって来て、それに合わせて朝食が始まる。
出てきたものは…
良かった、アメリカンブレックファスト風の朝食だ。
これなら、がっつり行ける。
コンチネンタル風は味気なく余り好きじゃないんだよなぁ。
あまりお行儀的に褒められた話ではないが、アジュール氏と朝食をいただきながら、今日からこなしていくスケジュールの打ち合わせを行った。
俺としては、優先順位順に
1.引き継ぐ鍛冶場の確認と補修の手配
2.稼働中の高炉の確認
3.町周辺の鉱脈の正確な調査
4.確認した状況に応じた鉄鋼材の発注
5.今後の住まいの確認と補修の手配(鍛冶場に住める様ならそのまま住む)
6.その他、この町で暮らしていくための手配
で、6.の”この町で暮らしていくための手配”の中に、この町内にいる非公認鍛冶士達との面談やレベル上げの手伝い、必要なら公認鉄鋼材の提供、位のイメージだったのだが、
アジュール氏としては、とにかく国営製鉄所から町内の鍛冶士に鉄鋼材の供給をしてもらいたいらしく、
1.引き継ぐ鍛冶場の確認と補修の手配
2. 町内の非公認鍛冶士と面談を行い、まず当面必要とされる鉄鋼材の発注する
3.稼働中の高炉の確認
4.町周辺の鉱脈の正確な調査
(以下優先順に変化がない為省略)
と、とにかく認定鉄鋼材の発注を最優先にしてほしい位の感じらしい。
どうも町内の鍛冶士(と言うより鋳掛屋?)から、大分強い要求が来ている様だ。
俺としてはやみくもに貴重で良質な鉄鋼材を流通させても、腕が伴わなければ無駄に製造コストを上げるだけになってっしまうので、十分に状況を見極めたうえで適切に流通量をコントロールしたいところなのだが、それだと向こうの要求と合わないらしい。
そもそも国家認定の鉄工所で製造した鉄材や鉄鋼材に認定を加えるのは何故かと言えば、かつていい加減な製鉄所で製造された半端なレベルの鉄鋼材が大手を振って市場を流通して、まともに作られた鉄鋼材までもが色眼鏡で付きで見られる様な時代があったらしく、それを憂いた当時の国王が、国営の製鉄所を作りみんなが安心して鉄鋼材を使えるように整えたのが始まりと言われれている。
その後、この国では鍛冶士自体を認定する制度を整え、粗悪品を駆逐する努力を続けてきた結果が、現在の国家認定鍛冶士制度である。
認定鍛冶士は、自らが製品を作るのみならず、地域の鍛冶士たちのリーダーとして、
未認定鍛冶士たちの指導を行い、実力の底上げを目指す事が期待されている。
なお余談だが、認定工房で正式に弟子を取り認定鍛冶士を育成する事を許された鍛冶士を”鍛冶師”と呼び、資格自体を””師”と呼ぶ。
”師”の資格を取得する為には、鍜治士資格取得後3年以上の実務経験を持ち、認定工房で指導の経験を積み認定を受けなければならない。もちろん、自身の腕が及ばない者が上級者の指導や認定を出来るはずが無いので、在級以下の指導しか出来ない事になっている。
ぶっちゃけ、卒業したての俺には、後3年はどうやったって資格は取得できないのだが、私的に指導をすること自体は可能なので面倒を見てもらいたいと言う事らしい。
これが昨日の食事中に話に出た、町内の鍛冶士の実力の底上げ指導の話なのだが…
その為には俺が現場で実務を監督する必要があり、鍛冶場の再建をする以上直ぐに実施する事は困難だと言う話になる。
また、現状で俺には師の資格がない為指導が限定的にならざるを得ない事も指導の実施を困難にしている。
と言う事でその話はおいおい状況を見て、検討していく事になった。
結局、優先順位としては、
1.引き継ぐ鍛冶場の確認と補修の手配
2.稼働中の高炉の確認
3.町内の未認定鍛冶士への鉄鋼材の提供を前提にした現状確認と状況に応じた鉄鋼材の発注
4.町周辺の鉱脈の正確な調査
5. この町内の鍛冶士の実力アップの他の育成プログラムの作成、監督
6.住まいの確認と補修の手配
7.その他、この町で暮らしていくための手配
と言う事になった。
やれやれ、朝食を兼ねた軽いミーティングのはずがもうお昼だよ。
思いの他議論が白熱してしまった。
今日は引き継ぐ予定の鍛冶場の視察を行い、設備の状態の確認と補修の手配行う。
明日は稼働中の高炉の確認を行い、その後この町の鍛冶士たちとの面談を行う。
後は今日明日でどこまで実施できたのかによってスケジュールを調整しつつ、地道に調査・調整を進めていく事になるんだろうな。
余談ではあるが、公館料理番のコジーニ氏との約束:料理道具のメンテナンスに関して、鉄鋼材の発注が終わった段階で、俺が期待されている公務とは別枠で、手に空きが生じたタイミングで逐次対応する事になった。
また余談であるが、俺が料理を趣味とするきっかけになったのは、自分で作った包丁の試し切りをするのにもそれらが本来どの様に使われるのかを正確に知る必要があると言う理由からで、実は武術の研鑽を積むようになったのもほぼ同じ理由からで、自らが作る武器類がどの様な使われ方をするのか知る為だった。
余談であるが、俺には元々凝り性な部分があったのだが、料理と武術、これらに完全にドはまりした結果、趣味の範囲を超えて愛好するようになっていき、そのことが結果として料理家のコジーニくんと立場を超えた親友として深く結びつけていく事になる。この結びつきがやがて、地球世界で使用されていた料理道具をドゥーム世界での使用に適した形に落とし込む方向に向いていく様になり、この料理道具の改良を通して、互い事を尊敬しあい貴重なパートナーとして認め合う様になった二人は、調理魔道具・調理器具分野の専門メーカー、C&Q社を立ち上げ多数のオリジナル調理魔道具・調理器具の販売を手掛ける事になる。
これが料理魔道具・調理器具のパイオニアとして、その優れた先進性と使いやすさで調理界を席巻し、世界の料理家たちの間で愛好されていく事になるC&Q製品の始まりだった。
ともあれこの様な次第で、まずは鍛冶場の確認を行う事になったのだが、その再建は困難を極めるであろう事が確認された。
どうも前任者は、晩年、自身で鍛冶仕事をする事はほとんどなく、国家鉄工所から購入した高品質な鉄鋼材を町内に鍛冶場を持つ鍛冶士に転売する事で利鞘を稼ぎ、生活していたらしい。
残された証票を確認する限り、仕入れた鉄鋼材のほとんどがそのまま転売されており、自身の持つ鍛冶場には、碌に補修すら行われた形跡がなかった。
結果、俺は半壊…、廃屋同然の鍛冶場を引きつぐ事になり、代官様と交渉をして、このほぼ壊れた鍛冶場を再生する事から始めなければならなくなった。
とりあえず、残された設備をざっと確認した限りでは、鍛冶場の再建には相当の手間と時間、お金が必要となる事が予想された。
実際、ざっと見分しただけでも、1月以上の修繕期間と250アリア(大金貨10枚=10万カパル)以上の金が必要になりそうだと言われ、頭を抱える事になった。
見積に来た建築屋の親方には、これならここは破棄する事にして、別の場所に立て直した方が安く上がるし手間のかからないんじゃないか、と言われるほどだった。
しかし、鍛冶場、特に魔力を利用した魔法鍛冶/魔法錬成を行うためには、地脈をある程度利用出来る方が都合が良く、ここは利用していなかったとは言え、そのための地点としてかなり都合が良さそうなのだ。
もっとも、未だ確りと調査した訳ではないので、そうだと断言はできないのだが。
前途は明るく…、なさそうだった。
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