第4話 代官公館にて(初日)

俺がうなずくのを確認して、早速部屋付きのメイドに宿泊用に部屋の支度をする様に申しつけると、

「部屋の準備が済むまで、しばらくお待ちください。

 こちらに、案内の者が参りますので。

 …私は、少し仕事が残っておりますのでこれで…

 後ほど夕食の時にでもまたお会いしましょう。」

と言って出ていってしまった。


こんな時のマナーなんぞ、由緒あるド平民の俺が知るはずもなく、とりあえず入れてもらったお茶などを飲みながら待つ事しばし、部屋の準備が整ったと知らせが来たので案内してもらってた。

部屋に入ると、

「後ほど食事の準備が整いましたら、ご案内申し上げます。

 こちらでしばし、おくつろぎください。

 何かございましたら、テーブルのベルでお呼びください。

 失礼いたします。」

と流れる様に、言いたいことだけ言って、出て行っちゃったよ案内役のおっさん。


何か、ザ・バトラー(執事)って感じだな。

そう言や、何で執事をバトラー(戦う人)と呼ぶのかと思ったら、本当は主人が食事の時飲む酒を選ぶ人が語源なのだとか、それならボトラーじゃね?と思ったのは俺だけだろうか?!


それよか、今のうちに旅の埃を落としておかないとな。

後で食事を誘いに来るって言ってたし、こんなかっこで食堂に行ったらきっと顰蹙もんだよな?!


えーと、どうすりゃいいんだ?


とりあえず、旅用の外套をクローゼットにしまって、

手持ちの衣類から少しマシな奴に着替えておけばいいのかな?

そもそも、何かしらのドレスコードがあったとしても、今の状態じゃぁ対応できないしな。

無知な平民がすることなんだから許しくれるよね!


等と悩みつつぐずぐずしていると、コンコン、とノックの音が。

何て答えりゃいいんだ?

「入ってます」じゃトイレだしな。

とりあえず入ってもらおう。

「はーい、どうぞ~♪」

と答えると、

洗面器の乗ったワゴンを押したメイドさんと、大ぶりのポット(薬缶?)の乗ったワゴンを押したメイドさんと、タオルを持ったメイドさんが入ってきた。

あ、ポットの中はぬるま湯だ!

何?お湯を使って旅の汚れを落とせって?

ありがとさん♪

へぇ、ワゴンの上に洗面器を置くのに丁度良い窪みがある。

こんなニッチな家具、初めてみたわ!

さすがお貴族様。

しげしげと持ち込まれた洗面器やら、ワゴンやらを見ていると

メイドさんの一人が俺に近づきながら、

「お手伝いいたします」とか何とか言いながら、

着ていた上着(その時着ていたのは、丈の短めで丈夫な作りのチュニック)に手を伸ばしてくる。

え?何??

体くらい自分で拭けるから、介助なんていらないし。

こちとら(地球では)先祖代々由緒正しい庶民で、自分の事はなるべく自分でする様に躾られてるし。

そんな紆余曲折を経て、ようやく一人で寛げる状態になった。


明日からの事をつらつら考えていると、またもノックの音が…

「食事の用意整ったので、食堂にご案内いたします。」

との事。

喜び勇んで食堂に付いて行くと、既にアジュール氏が座って待ってるし。

こんな時には、何を言えば良いんだか…

「お待たせいました。」

ととりあえず一言謝って、席に着くと、

早速、給仕が近づいてきて、金属製のカップと小皿、カトラリーの類を並べていく。

彼が引っ込むと、それと入れ替わりに、デキャンタを持った人が出てきて、何やらカップに注いでいく。

続いて大皿を抱えた人がテーブルの小皿の上に、何種類かカナッペか何かを置いていく。

準備が整うと、アジュール氏がおもむろにカップを取り上げて、

「出会いに!」

と言いつつ、カップを飲み干していく。

慌てて俺も

「出会いに!」

と復唱してカップの中身を口に含むと、パチパチとした軽い刺激が…

へぇ、スパークリングワインか!

と思って飲み干すと…違うな、少し水っぽい?

これ、ワインの炭酸水割りか?

確かスプリッツァー…、いやワインショーレと呼ぶんだっけか?!

野営の時に碌な物を食べれなかったんで、ちょっとこっちの文明度を侮ってたかもしれんな。

すると、こっちのカナッペっぽいものは?

へぇ、台はパンやクラッカーじゃなくてパイ生地なのか、上の具は、何かの肉をテリーヌ?

いや、マリネしたものを細かく刻んで酢で和えて寄せた感じだな。

何の肉だろう?

こっちのは、魚肉だな…サーモン類の燻製を戻した上で使ってるのか?

燻製なのにやわらかい。

すごい技術だな。

それと、思ったより色んなスパイスが使われている。

こっちの世界でこれだけのスパイス、そろえるだけでも大変だろうに…


あ、アジュール氏がこちらを見てる。

「如何ですかな、今日のメニューは?

料理番が、新しい仲間を迎えるのにふさわしい料理を、

と言って張り切って作った様なのですが…?」

多分、こっちにネタ振りするタイミングを窺っていたのだろう。

そんな風に水を向けてきた。

俺は、口の中にあるものを飲み下し、一口、ワインショーレ風のカクテルで口の中を洗い流した上で、

「とても、おいしいです。

アミューズで使っている獣肉は、今まで食べた事が無かったと思うんですが、どん

な動物の肉なんでしょうか?

それと、これはサーモンの燻製でしょうか、それをこんなに柔らかく…、素晴らしい技術です!

こちらの…」

と絶賛した。

その後恙なく食事は進んでいき、最後の食後の飲み物とお茶菓子を楽しみつつ、アジュール氏と差しさわりのない会話をしていると、コックスーツ?割烹着様の調理着を身に纏った男が食堂に入って来て、軽く頭を下げ、おもむろに口を開いた。

「食事は満足いただけたでしょうか?

本日の料理を担当いたしましたコジーニです。」

と語りかけてきた。

件の料理番だったらしい。

「はい、堪能させていただきました。

ここ暫く旅暮らしだったこともあって、食事の事情はひどいものだったんですが、

ようやくひと心地つけた感じです。

特にあの…」

と出された食事の感想を交えて、謝意を伝えた。

実際、出された食事はとてもおいしく、手のかかる様な物ばかりで、とても好意を持っていない相手に出せる類のものではなかった。

だたし、包丁類が傷んでいたのか、食材を切る工程に何か問題を含んでいる可能性がありそうだったので、

「ところで、料理道具の状態はいかがでしょうか?

お困りではないですか?」

と軽く水を向けるとよほど困っていたのだろう、アジュール氏の方を見て彼が軽くうなずくのを確認すると堰を切った様に愚痴りだした。

曰く、包丁が傷んで切れ味が悪くなってきたので、研ぎに出してもまともに手入れされずに帰ってくる。

曰く、新しい鍋釜を買っても直ぐにダメになってしまって、むしろ古いものの方が保ちが良い位だ。

曰く…、曰く…、曰く…

怒涛の勢いで飛び出す愚痴を押しとどめ、代官氏の許可を取って調理場に移動しものを見させてもらう事になった。


調理場は、さすがに一流の料理人が切り盛りしている場らしく、夕食の調理直後だというのに、きれいに整理され掃除も終わっている様だった。

鍋釜・包丁の類も使った後きれいに洗われた上で拭かれて仕舞われており、日ごろからきちんと手入れされている様子がうかがえた。

もっとも、手入れは素人手入れレベルのものだったが…


「これなんて手入れに出して、先週帰って来たばかりなのに…」

と憤懣やるかたない様子で差し出してきた菜切り包丁は、一見きれいに手入れされている様に見えるが、使い手がどの様にこれを日ごろ使っているのも理解せずにやみくもに研がれた事が丸わかりな状態で、これならむしろ手入れに出さない方が切れは良かったんじゃないかと思わせる代物だった。

俺はじっくり包丁の状態を確認したうえで、

「コジーニさん、日ごろこれの手入れに使っている砥石を見せていただけますか?」

と話しかけた。

彼は一つうなずいて、棚の中から幾つかの砥石を持ち出してきた。

ざっと状態を改めると、砥石もかなり良いものを使っている様で、

荒砥、中砥、仕上げ砥がきちんとそろっており、状態も悪くなった。

中でも、中砥、仕上げ砥の使用頻度が多いらしく、荒砥に比べると減りが激しいのは、ひどく刃物がへたる様な料理は、さほどしていないという事なのだろう。


「せっかくきちんと片付けられているのに、聊か申し訳ありませんが、こいつを使っているところを見せていただけませんか?」

とお願いすると、彼はうなずいて、明日使う予定だという菜物野菜を持ち出して来て切り始めた。

暫くその様を確認したうえで、包丁を彼から受け取り、中砥・仕上げ砥を使って軽く刃の手入れをした。

時間にすれば、ほんの数分ほどの事だったと思う。

包丁を彼に返すと、彼はそれを使って同じ野菜に向かった。

軽く一引きした直後、彼は顔を俺の方に向けて笑みを浮かべ、右手の親指を上に向けて突き出した。

所謂、goodのポーズとい言うやつだ。

どうやら、お気に召したらしい。

俺も一安心だ。


その後、今日のところはこれ以上の細かい事は出来そうもない事を納得してもらい、

明日以降、ちゃんと日の射している時間に道具類の状態を確認する事を約束させられて、やっと解放してもらえた。


ようやく寝れるわ。www


疲れた足を引きずる様に宛がわれた部屋に戻り、服を脱ぎちらかして下着だけになって、ベッドに倒れこむ。

幸い、体は食事前に清めている。まぁ、あくまでもざっとではあるが。

部屋に戻るまでの間に、案内のメイドさんに、

「湯あみをどうされますか?」

と聞かれたので、

「風呂!」

とは思ったけど、

「今日は疲れたのでこのまま寝たい。朝まで起こさないでほしい。」

とお願いして眠りについた。

多分、余程の事が無い限りこの後訪ねてくる者はいないだろう。

と言う訳で、

「お休みなさい。」

I’m sleeping, just now! zzz…

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