第3話 町に到着はしたものの

既に異世界3日目の夕暮れになり、町門の閉門時間が迫って来ていた。

この世界は、地球のパラレルワールドだけあって、時間は12刻制で、1刻は約2時間ほどだ。

何故、約2時間ほど等と言う言い方になるのかと言えば、小さな町では概ね時間が日時計で管理されている為だ。日時計だから季節によって長さが違うのがデフォルトで、その中で概ね昼を6等分、夜を6等分して1刻、2刻…、と言う呼び方で統一され、昼なら1刻毎、夜は、1刻と2刻に時報の鐘を鳴らしている。(夜は2刻を超えて起きてる人はほとんどいないので鳴らさないらしい。)

もっとも大きな街では、専門の担当官が水時計を使って時刻を管理しているらしい。

殆どの町では、夜の1刻になると町と外とを仕切る町門は閉ざされ、以後約12時間後の翌日の昼の1刻になるまで町への出入りは出来なくなる。また、締め出しを避ける為、閉門の15分前と5分前位に鐘を連打して知らせている。

俺は、若干ヨタつきながらも閉門に間に合わせようと町に向けて街道を急いだ。


中々ハードな3日間だったが、得たものも大きかったと思う。

もっとも、日本で生きていくのなら、失くしちゃいけない類のものもずいぶん失くした気もするが…

少なくとも、魔物をしとめる事をためらう事は無くなった。

そう。魔物を殺すではなく、しとめると考えれる様になった事も、大きな変化だと言えるだろう。

野犬との死闘(死を覚悟したんだから間違いじゃないよね?)の後も、ナビゲーターの導くままに色々な体験をした。

・この町の周辺で遭遇し得る雑魚魔物の生息域の確認と特徴などの確認と一部の討伐

・屋外での野営経験(準備・設営)と注意点の確認

・屋外で採取できる草木類の確認と類似する有毒草木の確認

・周辺にある露地鉱床の確認とその見分け方の確認

こんな感じで、既に俺が持っているはずのスキル・知識で、今後町の外で行う可能性のある事の経験は、ほぼ積む事が出来たらしい。

今の俺に残されている予定は、町に入って宿を取ったり、飯屋で飯を食ったり、温かい寝床で寝るだけだ。

鍛冶士としての対応は、明日になってからで良いだろう。

まずは明日、引き継ぐ事になる鍛冶場の状態を確認してからだ。


閉門少し前ようやく町門にたどり着き、門番に口入れ屋の組合員証とこの町への召喚状を見せる。

これで、入町審査はパス出来るはずなんだが…

あれれ?

何だろう?

他の奴らは、大して手間どる事無く、ほとんど顔パス同然に通してもらえているのに、なんで俺だけ…?

なぁ、ナビゲーター?

顔に馴染みのないよそ者だからかな?

俺は、今日はもう疲れたから休みたいんだが?

色んな意味でお腹いっぱいなんで、出来ればサプライズとかもいらないんだが?!

等と、心の中でナビゲーターに八つ当たりしていると、ようやく門を通してもらえる事になった。

まぁ、大して大きな町でもないので、門の大きさも知れたレベルである。

通ると言っても、ほんの1m程もない幅の境界をくぐるだけなんだが、くぐった先では、別の兵?が待っておりそのままドナドナされるはめになってしまった。


あれ?

俺の休みは?

ナビさんや、神様のサポートはどこ行った?


まぁ、捕縛・連行されると言ったとげとげしい雰囲気では無いので、それほど悪い状況でもないのだろうが…

ドナ・ドナ・ドーナ・ドーナー…などととぼけた歌を心の中で歌いつつ、案内役の兵の後を着いていくと…

ほどなく、町の中心部と思しきエリアにたどり着いた。

案内された先は、領主館?

いや、この街には領主の館は無かったはず。建物広さや人の出入りの様子からして役所感もあるから、代官の公館兼役所ってところかな?!

案内役が門番に何やら話しかけると、既に話が通っていたのか特に身体検査等を受けることもなく通された。


通された先は一応来客室らしく、来客用のソファーに座って出されたお茶などをいただいていると、ほどなくしてノックの音と共にお偉いさんと思しき人物が現れた。

残念、これがRPGとかなら、BGMで敵か味方かわかるところなんだが…、

等とまたもとぼけた事を考えていると、俺の対面のソファーに腰をかけたつつ、

「ダナス・タルディアから参られた鍛治士殿で間違いないかな?

私は、この町の代官を任されているヴィンセ・アジュールと言う」

と声をかけてきた。

それに対して、俺は、

「はい。

 クァージュと申します。

 ダナス・タルディアの専修学校に通って見習い資格を取得後、ブラスミック工房にて修行を行い、この度独立の許しをいただきました。

 1級の国家認定鍛冶士の資格がございます。ただし、師級の資格はございません。

 若輩者ですが、よろしくお願いいたします。」

と、挨拶をした。

それに対して、アジュール氏は、俺を見る瞳の力を強め、俺の言葉を噛みしめる様に

「ほぅ、この齢と言う事はブラスミック工房を3年で卒業して、1級の国家認定を受けられたか…」

とつぶやいた後、おもむろに

「…それは、心強いな!

 現在、この町には、国家認定を有する鍛冶士が居ないのだよ。

 私設の鉄火場や鍛冶場は幾つかあるのだが、なにぶん腕が今一でね…

 何より、扱える鉄や鋼の質が良くない。

 国家鍛冶士は、国営製鉄所から認定の鉄鋼材を優先的に購入できると聞いている。

 是非とも、状況改善に協力いただきたい。」

と手を差し出してきた。


なるほど、そういう訳か。

どうりで、組合が俺の赴任を急かす訳だ。

俺と言うより、俺の資格が必要だったんだな。

アジュール氏の言う通り、国家認定鍛冶士は国営製鉄所から公式にグレード認定を受けた鉄鋼材を優先的に購入する権利を持つ。

購入出来る鉄鋼材は、鍛冶士が保有する等級によって変わり、俺の持つ1級なら、通常市場に流通する認定鉄鋼材の中でも最上級のものも購入可能だ。(ただし魔法金属は除く。)

要は腕の悪い鍛冶士にはそれなりの材料し売ってもらえないし。良い鋼を使いたければ腕をあげろと言うことだ。


ぶっちゃけてしまえば腕の悪い鍛冶士でも、良質な材料を使えばある程度の品質の製品を生産できる。

もちろんそれを腕の良い鍛冶士が使えば、より高品質の製品、運が良ければ最高品質の製品を作れる機会すら与えられる可能性がある訳だが、別に庶民は普段使いの道具にそこまでの高品質を求めてはいない。

そこそこ品質の良い製品が手頃な値段で手に入ればそれで文句はないのだ。


現在この町が直面している問題の一つに、それなりに使える品質の金属製品の町内から供給がほぼ途絶えている、と言うものがある。

元々この町には、国家認定された鍛冶士は一人しかいなかったらしい。

例の今回亡くなった人物だ。

亡くなる直前には2級の資格を与えられていたらしい。

正直、かなりのものだったのだろう。

その人が亡くなったことで、国家製鉄所を介してそれなりに高品質な鉄鋼材を入手する事が出来なくなってしまった。

高品質な鉄鋼材は常に供給される以上に求められているし、いくら国営とは言え常に安定した品質の鉄鋼材を作れる訳もない。

国家認定された鍛冶士がいれば、権利を国が保証する以上要望は極力かなえられる事になる。

だがそうでなけれは下手な贔屓はできない。製品を卸すのは国家製鉄所の直営組織なのだ。

結果、タイミングがよけれは廻してもらえる事もあるレベルまで入手が困難になってしまったのだ。


加えて、この町の鍛冶士の問題もある。

こんな事を言ってしまうと何なのだが、あまり質が高くないのだ。

せいぜいが、国家鍛冶士レベルで3級止まり、要は見習いや下働きレベルで下級者相当の者すらほとんどいないのだ。

この状況に追い打ちをかけているのが、町周辺の鉱脈から入手可能な鉄鉱石の質だ。

ありていに言って、よろしくない。

鉱脈が無いとは言わないが、そこから取れる鉱石の質は、良くて中品質程度。悪いものになると、とても普通に鍛冶に使えるような品質の物じゃない。

これに対応する為、製鉄用にかなり高性能な高炉を新設したらしいのだが…

これも良くなかったらしい。

せめて、こいつを真面に使い熟せる技師がいれば、それなりのもの(鉄)を作る事が出来たはずなのだが、この町には誰もこの高性能な高炉を使い熟せるものはいなかった。

結果、人も石も機材も良くない状態で何か作っても、まともな物など出来るはずもなく、禄でもないものを延々積み上げて、今に至っているらしい。


何せ、大根を切ろうとしたら折れ曲がっってしまった包丁なんて珍妙なものまであったらしい。

因みに、この辺の俺が知っているはずの無い情報は、昨夜の野営中にナビから寝物語として教えてもらったもので、俺はその辺の事をおくびにも出す事無く、代官氏の手を握り返し、

「わかりました。

 まずは明日、私が受け継ぐ前任者の鍛冶場の確認してからと言う事になると思

 いますが、出来る限りの事は協力させていただきます。」

と約束した。


何はともあれ今日はもう遅い。これからは休む為の時間であって、仕事を始める時間じゃない。

そもそも、私はかなりの強行軍で此処に来ており、疲れを癒さない事には、まともに動けない状態にいる事になっている。

とりあえず、この会見で知り得た情報を消化する為にも一人にしてほしい。

そんな事を考えていると、元々さほど突っ込んだ話を今日の段階でするつもりは無かったのか、

「いやぁしかし、一昨日着いた乗り合い馬車にあなたの姿が無かったので、どうした

 のかと考えていたのですが…」

と話を振ってきたので、

「あぁ、口入れ屋組合との話合が長引きましてね。

 乗り合い馬車の出発に間に合わなかったんですよ。

 まぁ、そもそもあの手の馬車は馬に負担をかけない様にのんびり余裕をもって運行するものですし、急いで追いかければ、途中で追いつけるかも、などと考えていたのですが、甘かった様で…」

と返せば、

「では、チャーター便で?」

と警戒する様に返して来た。チャーター便は金が高いからな、後で高額請求が来ないか警戒したんだろう。

「いえ、それだと手持ちの金に準備金を全額はたいても間に合いませんので…

 幸い、金属鉱脈を探しに山の中に入るなんて事もちょくちょくあってで、野営には慣れていましたので…

 今回は徒歩で参りました。」

と返すと、合点が行ったのか、

「あぁ、それはお疲れ様でした。

 町について直ぐ此処に来ていただいたと聞いております。

 これから宿を探すのは、大変でしょう。

 どうでしょう、今晩はこちらにお泊りいただく、という事で?」

と水を向けてきたので、俺もさすがにこれから宿を探すのは面倒なので、

「喜んで♪」

と快諾する事にした。

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専修学校:平民階級の職業訓練を主目的とした公設学校。概ね成人前の2~3年ほどの間(12~15才位の間)ここに通い、成人後就業を希望する職業に必要とされる技能、知識の学習、資格の取得を目指す。ただし、有償なので通えない者も多い。

鍛冶士の資格:国家認定の鍛冶士になるには、国家資格(専修学校の卒業認定時点で受験資格を得る)取得後、5級(見習い)認定を受けて、国家公認の工房で修業を行う必要がある。これをインターンと呼ぶが、要は知識だけは身に付けたが腕が心もとない見習いの為の徒弟型実地学習制度で、期間は特に決まっていないが、国家認定工房によって腕前=等級の認定が行われる。4級:初心者、3級:下級者、2級:中級者、1級:上級者に5級(見習い)の5段階があり、3級以上の認定で一人前とみなされる。また、この認定を受けて独立する事を一般に卒業と呼びぶ。

なお、国家資格の認定は、卒業後も可能であり、市井で経験を積み熟練した腕について改めて確認する為に受験する事も可能である。

鍛冶師:師(師級)とは、国家公認の工房で弟子を公式に指導できる資格で、実務経験が3年以上あり、認定鍛冶師の元で指徒弟の導経験を積み公認を受けた人物だけが名乗る事が出来る資格である。

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