第2話 さあ、転生だ

設定が終わり、神様(転生担当)にお伺いを立てると、既に他の転生者の殆どは設定を終えて転生を始めているのとの事。

38名中、転生を希望しなかったのは1名だけで、転生を希望しない理由は信仰上の理由なのだとか。

確かに、ドゥーム世界に行ってしまえば、少なくとも地球の神様とは次元を隔てて遠ざかる事になる。

まぁ、その神様のせいで当人はリソースに戻される羽目になった訳なのだが…

それを言うのは野暮と言うもので、きっと信仰と言うものはそういうものなのだろう。


そんなことをつらつらと考えていると、俺の転生の準備が終わった様で、間もなく転生が始まると知らせがあった。

転生の際に先ほど選んだスキルやら、ステータスやら、情報やらが魄に付与されて、ついでに、神様からのサービスで居場所まで用意してもらえて、新しい暮らしを始める事ができるらしい。

転生できるってだけでも、既に十分なものを提供してもらっている気もするのだが、転生先である程度慣れるまでの間、サポートをつけてもらえるらしい。

正直、始まりの町の前でヒノキの棒やら粗末な服やら何日か安宿に泊まれば無くなるような支度金を与えられただけで放り出されたとしても文句を言える様な立場じゃない事を承知している身としては、サービス満点過ぎて申し訳ない。

何か自分がえらいのだと勘違いしてしまいそうだ。


俺たちは、この世界に新しい文化的発展をもたらすためのカンフル剤の様なものだ。

ただし、俺はその中の1/37でしかない。

それぞれの持つ技能等にそれなりの違いがあるだろうから、単純に1/37しか役に立たないと言う訳ではないのだろうが、その辺を思い違いすると大きく道を踏み外しかねない。

重々心に留めて置こう。


つらつらと物思いにふけっているうちに、新しい魄の調整や知識スキルの付与も終わったようだ。

ちらっと、この先必要になりそうなことを考えてみると、それだけで必要な情報が頭の中に浮かんでくる。


うん、問題ないな。


後は、1歩前に踏み出せば、新しい生活が始まる。

待っているのは、中世ヨーロッパ、ルネッサンス期初期のイタリア・フィレンツェあたりの科学的水準と魔法の融合した魔法文明に基づく社会だ。


思い切って1歩踏み出すと、それまで靄がかかった様に不鮮明だった周囲が、一気に色を持ち始めた。

やがて、俺がこれから鍛冶士のクァージュとして暮らすことになる場所の町並がやや遠くに見えてきた。


ん?

何で町中じゃなくて外に居るんだ?

等と考えていると、サポートを担当するナビゲーター?が頭の中から語りかけてきた。


《あなたが今いるのは、サィファデール・カノラ、通称、中央大陸の東部域にある町、トレファチャムから2kmほど離れ、街道からもやや草原側に離れた地点です。

あなたには、これから比較的弱い魔物と戦っていただいたり、野営を経験していただき、知識としては持っていものの、実感を伴っていない部分の補完をしていただきます。》


《まずは、ご自分の身なりをご確認ください。

今あなたが身に着けているのが、この地域で一般的に平民身分の者が旅をする時に身に付ける事が多い旅装束です。

現在、中央大陸は光の季の上月(初夏)にあって、気温はやや暖かく、旅をするには最も好ましい時期です。

あなたは、この地より南方にあるダナス・タルディアで研鑽を積み、先日親方から独り立ちを認められたばかりの鍛治士で、口入れ屋組合の斡旋で、不幸にも鍛治士が亡くなって不在となってしまったこの町にやってきました。

旅程は、乗合馬車を乗り継いで通常8日間ほど。タイミングが悪く乗合馬車に乗り損ねたあなたは、徒歩で旅をしてきたためやや薄汚れて草臥れた身なりとなっています。》


《普通は次の乗合馬車を待つか同じ方向へ行く他の旅人を募って旅団を組み旅をするのですが、この時期北方方面へ旅をする人はあまりおらず、それ故次の乗合馬車を待つとそれだけで10日程度待つ事になってしまう事がわかりました。

同じ理由で早々に旅団を募る事も困難な事、亡くなった鍛治士は急死ではなく老衰で亡くなっており、臨終直前では町の鍛冶士としての仕事も碌にできていなかったらしく、町がかなり切羽詰まった状態にあるらしい事を組合から聞いていた事、更にクァージュは鍛冶に使う材料を掘りに町の外に出る事も多く屋外生活にそれなりに慣れており、野宿がさほど苦にならない事、チャーター馬車なら兎も角乗合馬車なら徒歩とさして必要とされる日程が変わらないので赴任先のトレファチャムへの出発が10日も遅れると懐具合もかなり厳しい事になる事、等々の理由も相まってやや無謀とも言える徒歩による一人旅をすることとなりました。》


《結論から言えば、この移動であなたは約8日の間1人で旅をして過ごしてきた訳で、大物なら兎も角街道沿いに度々現れる様な小型の魔物を始末した事が無いはずがありません。

また、当然の事としてそれなりに野営慣れしていなければおかしいはずです。

という訳で、これからその辺をナビゲートいたしますので経験してください。

また、街道沿いに現れる事の多い小型の魔物退治を経験して、童貞を捨てて(魔物を殺すの意)ください。》


《まず、背中に背負っている旅鞄(バックパック)の中身を確認してください。一般的に旅に出る時に必需品とされる様な道具類一式と着替え数着、飲食料品等の消費財、保温性が高く、シーツやブランケット代わりに使える革製の旅用マント等野営具がまとめられて収納されており、半弓や旅の途中で倒した小型の魔物の皮なども括り付けられています。

あなたの金銭的な意味での財産は、巾着に収めた上で上着の内ポケットの中に入っています。と言っても、独立を認められたばかりの殻かぶりが、そんなたいそうな財貨を持ち合わせるはずもありませんが、一応3年程見習い扱いとは言え工房に務めていたので、独立にあたって多少の餞別をもらった事と赴任にあたって口入屋からもらった準備金の残りを合わせれば、それなりの額を持っている状態です。

まぁ、実際には、いざと言う時用の隠し場所に、神から支給された銀貨が何枚か忍ばせてありますが、それは今考えない事にしてください。

腰にはベルトに差す形で大型のナイフ(所謂、マチェットとか、ククリナイフの類)があり、また杖代わりの長目の棒を抱えていますが、これには特に細工をしたものでは無く軽く枝を払っただけの本当の木の棒なので、武器代わりに使えばすぐ折れてしまうでしょう。》


《現在、あなたのまわり周囲100m程には、小型のものを含め魔物はいません。

最寄りの小型の魔物は、あなたから見てやや右側約15度位の方向、約300m位先に居ますが、間に結構な草や灌木などが茂っており、見通しが良く無いので見る事ができません。

あなたの持つ半弓は、射程は約40mほどの携行用のものですので、ここから狙い射つのも、まず無理です。

習得済みの魔法も、ほとんどがLv1でしかなく、この距離では使いようがありません。

高い適性を持つ火属性魔法ならば、射程を拡張する事で狙撃可能ですが、こんな所(草が生えている草原で、枯葉なども落ちている)で使っても、炎の余波で自分ごと焼き殺す羽目になりかねませんので、あきらめてください。》


《まずは腰のマチェットを使って、射線を遮る草を払いつつ魔物に近づいていきましょう。》


そう言われて、草を払いつつ進むことしばし。

魔物に向けて進んでいくと、草を払い近づいてくる物音に気付かれて、魔物に逃げてられてしまった。

おいおいどういう事なんだ、とナビゲーターに文句を言うと、《これも大切な経験です。》とのお答え。

なるほど、確かにガサゴソ大きな音を立てて近づく何者かが居れば、弱い生き物は警戒して逃げ出すわな…


それなら、わざわざこんな経験させんでも~!

等としばらくぶつぶつ文句を言いながら考え込んでいると、今度は野犬の群れが近づいてくるとの警告が飛んできた。


犬ってやつは社会性が高く、集団で行動したがる本能を持っていて、それは野犬になっても変わらないらしい。

一匹狼なんて言葉があるが、あれは実際には、年老いて群について行く事ができなくなってしまった個体が群れから切り離されたり、リーダー闘争に敗れて群れに居れなくなったりした個体である事がほとんどで、普通ならありえない事らしい。

今回もしっかり30匹近いグループで近づいてくるのだと。


犬ってやつは、猫とは違って骨格の構造一定以上の高さの木登りは出来ないらしい。

だからと言って樹上に避難しようにも、周囲にある木は灌木って言葉がふさわしい感じの低木ばかりで、そもそも高さが2~3m位しかない。太い枝も無いのでちょっと登っただけでもペキペキと折れてしまう事請け合いだ。

せめて来るのがチワワとかなら、とか半ば逃避ぎみにそちらを伺うと、どう小さくて見積もっても紀州犬クラス、大きいのになると子牛程もありそうなのが居る。

ドイルのバスカヴィル家の犬ってやつが実在するなら、こんな感じのやつかもしれない…

もっとも、どう見ても牙むき出しでよだれをだらだら垂らしており、俺を呪いで嚙み殺すと言うより喰う気満々と言う風情である。

穴を掘って避けようにも犬は穴掘り得意だし、今の俺が出来る土魔法で穴を掘っても、出来てせいぜい墓穴程度だろう。

走って逃げようにも足は断然あっちの方が早いだろうし、逃げ切れるほどの間スタミナが保つとも思えない。


あわあわしながら、半ばあきらめ気味に半ば逃避気味に対応策を検討していると、

《仕方ないですね今回だけですよ。》

とため息?交じりに対応策をナビゲーターが献じて下さった。

どうやらこの野犬のグループは、ナビゲーター(神様方)にとっても想定外だった様だ。


俺が現在使える魔法は、生活魔法、無属性魔法、基本属性魔法に上級属性魔法の4種類、いずれも低レベルでだ。

しかもこれらの魔法の内、使い方を十分に承知し的確に使いこなせるものはない。

って言うか、魔法自体全く使った事が無い。

当たり前だ。ほんの少し前まで魔法と無縁の暮らしをしてきたんだから。

一瞬、無属性魔法の身体強化魔法で身体能力を強化してトンズラするって事も考えたが、あれは強化を持続している間中集中する必要があり、不慣れな場合は長時間集中を維持する事難しいらしい。


なぁ、ちょっとばかしハードモード過ぎやしませんかねぇ、ナビゲーターさんや?

等と思いながらも思考を集中させ、風魔法で俺の匂いを周囲に拡散させる。

合わせて生活魔法の浄化を使い、全身をくまなくクリーンな状態にした。

これで俺の体からはほとんど匂いがしなくなったはずだ。


一説によると、犬は視力があまり良くなく、人に換算して0.3程度しかないらしい。

ついでに遠視気味で近くのものも良く見えないらしい。

周囲の状態の認識には、主に匂いと音、それと味覚(舌)や触覚(ひげ)も重要らしい。


生活魔法の浄化で体臭+諸々の匂いを消し、

風魔法でそれまで放っていた匂いを周囲に拡散させる。

これで、新しく汗でもかかない限り匂いで俺を追う事は出来ないはずだ。

近くにある灌木、茨の茂みに木魔法を使って頼み込み、俺が潜りこむ隙間を作ってもらう。

隙間が出来たら毛布代わりのマントで体を包みこんで、茨の隙間に潜り込む。

この時、茨の刺で怪我をして血でも流したら匂いで作戦が台無しになるので注意が必要だ。

うまく潜り込んだら、茨に隙間を閉じてもらい、浄化で時折匂いを消しつつ犬どもが立ち去るのを待つ。


《この様に出来る事を冷静に積み上げていく事で、たいていのリスクには対応できるのです。》

等と自慢げにナビゲーターは語ってくださいますが…

そもそも、上位属性魔法のスキルがLv1しかない俺には、木魔法を使って茨の茂みを動かすなんて事は普段できませんよ?

木精霊と相性の良いエルフじゃあるまいし。


まぁ、ナビゲーターのおかげで助かった事自体は事実な訳だから、追及はするまい。


その後、犬どもがあきらめて立ち去った後、仕切り直しを行い、諸々の童貞ぶった切りツアー(野営体験を含む諸々の初体験)を断行した結果、おおよそ3日ほどで予定していたスケジュールを終了する事が出来たらしい。

それと、そのうち薄れてくるとは思うが、大概の事は対応できると思える程度には度胸がついた。


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口入れ屋組合について:所謂、ヒロイックファンタジーなどにある冒険者ギルドの様なものです。小は町から大は都まで、ある程度以上人の住む所には大抵あります。やることは、ドブ浚いや家の掃除などの人足の代わりから魔物の退治・商隊の護衛などの傭兵的なものまで、頼まれれば何でも受け付けますし、それを組合加盟者に斡旋します。またその際に斡旋手数料をもらい組合の運営費に充てています。組合加盟者も、果てはごろつきや荒事担当の所謂冒険者的な者から、主人公の様に見習いを卒業したてで伝手の無い若手が職を求めて加入する事もあります。

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