第4話 お泊りは大変
ダン吾が村一番の大きな家、アグー邸へと案内されて行ったあと、ヨモギは孤児院兼学校の子供たちと過ごした。学校の時間が終わると、家のある子どもたちはみんな家へ帰り、3人の子どもたちが残った。ヨモギは子どもと一緒にヌイチ先生に指示されながら夕飯の支度を手伝った。
丁度雑草の鍋が炊けたころ、ダン吾を案内しに行っていたリーナさんが帰ってきた。
「ただいま。あら、急いで夕飯の支度しないとと思っていたのに」
「おかえり、リーナ。ヨモギちゃんが子供たちとやってくれたんだよ。座りな」
ヨモギは立ち上がり、リーナさんへお辞儀をした。
「泊めていただくので、少しはお手伝いをしようと思いました」
リーナさんはテーブルの上をじろじろ見ながら自分の席へ歩いた。雑草鍋の中には色々な球根のでんぷんを練ったすいとんが4個浮かんでいた。リーナさんはお椀にそれを取り分けだした。すいとんは3人の子どもたちへまず配られ、残りの1つが入ったお椀はヌイチ先生に差し出された。ヌイチ先生はそれを受け取らなかった。
「ヨモギちゃんにあげな。子供の面倒をよく見てくれた」
「私は泊めてもらうだけで十分です。ヌイチ先生が食べてください」
二人のやりとりを、リーナはお椀を持ったまま聞いていた。しばらく同じようなラリーが続き、喋っている方へと交互に顔を動かした。ヌイチ先生が
「リーナ、早くヨモギちゃんにあげな」
と言ったので、お椀をヨモギの座っているあたりに置いた。ヨモギはそれを引き寄せながら、礼を言った。
食べ始めてからしばらくすると3人の子どもの内一番背が低い女の子がヨモギに向かって
「ねえ、お姉ちゃんは何をしにここへ来たの?」
ヨモギは少し悩んだが、本当のことを話すことにした。
「来る途中で、大きな狼に襲われたの。不思議な狼だったから、追いかけてきたら、この村に着いた」
ここまで言って、ヨモギはヌイチ先生とリーナさんの方に向き直った。
「その狼のこと、なにか知りませんか?なんでも教えていただけると助かります」
リーナさんは何も答えず、ヌイチ先生に顔を向けた。ヌイチ先生は汁を飲みながら
「狼ならね、森にいるよ」
「えっ」
予想していたよりすんなりと情報がもらえたので、ヨモギは驚きの声を漏らしてしまった。
「いるけどね、誰も見たことはないんだ。毎晩遠吠えだけ聞こえる」
リーナさんがヌイチ先生とヨモギの間に顔をいれるように前のめりになって、
「ええ、ですから、ヨモギさんのおっしゃる狼ではないかもしれません。さっき、大きな狼と言っていましたけど、どれくらいの大きさですか?」
「とにかく大きかったです。10メートル以上、高さは3メートルはありそうでした」
「そんなに大きな狼、森で見かけないはずありません。ね、ヌイチ先生」
「そうだね、今まで一度も、そんな狼の話は聞いたことがない。もっとも、遠吠えは毎晩、聞こえてくるわけだがね」
ヨモギはちょっと考えて、
「あの森は普段人が出入りするんですか?」
「昔はね」
とヌイチ先生がお椀を胸のあたりにおろして答えた。リーナさんも
「昔は、狩りの為によく村の若い男が弓や罠を携えて入っていました。もう、何もとれませんから、入ることはありませんが……。ともかく、村の男たちからそんな狼の話は聞いたことがありません。そんなに大きな狼なら、噂にならないはずがありません」
「そうですか……。ありがとうございます」
背の低い女の子が箸の先を噛みながら、
「お姉ちゃん、出てっちゃうの?」
「うん。あの狼がいなくちゃ仕方ないもの」
と、ヨモギが答えた。リーナは雑草鍋の汁をゆっくりと啜り、口の中で味わった。
背丈が真ん中の男の子がいち早くお椀を空にして、まだ口の中ですいとんを噛みながらヨモギの膝へ座った。一番背の高い女の子に男の子は箸を向けられた。
「あんた!やめなさい、お姉さんがこまるでしょ。行儀も悪い!」
「そうよ、降りなさい」
と、リーナも同調したが、男の子は降りなかった。当のヨモギが笑っていたからだ。
「俺、俺、まだ壊れてるおもちゃたくさんあるんだ」
「食べ終わったら直してあげるから持ってきて」
とヨモギが答えると、男の子は嬉しそうに笑った。ヨモギにすれば、子どものおもちゃくらいのゼンマイ仕掛けを直すのなんて朝飯前のお茶の子さいさいだった。すると、背の高い女の子が箸をバンと机に置いた。
「だめ!あんたさっき直してもらったでしょ!今度は私の番!」
背の低い女の子は汁の残りをかきこんだ。ほっぺたに菜っ葉のかけらを付けていた。
「私食べ終わった。ご飯のあと私と遊ぶってお姉ちゃん約束したよね?ね?」
ヨモギは3人の子供の顔を順番に見ながら
「え、ああ、うん」
リーナさんが立ち上がり、テーブルの上の空のお椀を重ねて手に持った。背が高い女の子のお椀も重ねた。女の子は「まだ残ってる」と手を伸ばした。リーナさんはそのお椀を口元に当てて残りをするっと飲んでしまった。
「ヨモギさんと遊んでいなさい。私はお布団の準備をしておきますから。ヌイチ先生、私今日は本堂で寝ます。使っていないベッドを掃除するのは大変ですから、ヨモギさんには私のベッドで寝てもらうといいです」
ヌイチ先生はうなづいた。男の子がヨモギの膝から降りて
「本堂って、あのクマの部屋!?」
リーナさんはもう歩きだしていたが立ち止まり振り返って、
「そうよ」
と言ってまた歩きだした。男の子は口をいーっとさせた。
背の高い女の子は
「あんた、怖いんでしょう!あんたがクマの部屋で寝るんじゃないのよ。いつもみたいにリーナと一緒に寝たいっていうなら別だけど。私たちは怖くないからリーナと寝れるけどね」
と言って背の低い女の子に目配せをした。二人は「ね」と合わせた。リーナさんはクスクスと笑って肩を揺すりながら裏へと引っ込んでいった。
ヨモギは男の子に
「クマって、なに?」
「でっけえクマが置いてあるんだよ。牙がこんななげえの」
と男の子は口元から指を30センチも下げて見せた。
「それは、こわいね……。あなたたちは怖くないの?」
ヨモギは女の子たちに聞いた。
「怖くないよ?だっていつもそこで踊ってるのもの、リーナと3人で。ヌイチ先生の方が怖いよ?」
「そうなんだ。ヌイチ先生が?どうして?」
「足運び間違えると、怒るの。目をこーんな風にして」
と背の高い女の子は目をぐわぁっと手で開いた。ヌイチ先生は体をぐらぐらさせてふっふっふっと笑いながら
「いいすぎだよ、あんたたち。あんたたちもはやく、リーナみたいにうまく踊りな。リーナはもうすぐ完璧になっちまうよ。そしたらあんたたちは永遠に置いてけぼりさ」と言った。
一方そのころ、村一番の大屋敷であるアグー邸の大広間では、3人がけのソファにダン吾が手足を投げ出していびきをかいていた。館の主人であるアグーがソファの前にひざまずき、ダン吾の体を揺すった。
「ダン吾さん、ダン吾さん、お食事の用意ができましたよ」
ダン吾は返事の代わりにひとつ大きないびきをかいた。こんなに気持ちよく眠るのは久しぶりだった。ソファは革張りでふかふかだった。
アグーがまた同じように起こすと、ダン吾は今度は目を覚まし、伸びと大あくびをしながら起き上がった。テーブルには、干し肉や干物、漬物、団子とすいとんの浮かんだ汁物、それに酒が並んでいた。
「お、うまそうだな。いただきます」
と、ダン吾はがっついた。こんなにうまい食事も久しぶりだった。
そこへ、玄関の扉をたたく音が聞こえた。主人のアグーが出て行こうとしなかったのでダン吾は、
「出て行かなくていいのか?」と聞いた。
「ええ。ええ。いいんです、これは」
と、アグーが答えている途中からまた扉を叩かれた。
「ふうん」
と、ダン吾が食事を再開しようとすると、扉が叩かれた。ダン吾は口に運びかけた赤身の干し肉を皿に戻して立ち上がった。
「お前がなあ、出ないなら俺が出るよ。落ち着かねえ」
「あ、いや、その……」
扉を開けるとそこには背筋の曲がり切った老婆がいた。アグーがダン吾の後ろから覗きながら
「あ、開けちゃった……」とつぶやいた。
「用があるなら、俺からここの主人に――」
「私の家はここではないでしょうか?」
「は?」
「私がなにものか、わかりますか?」
老婆の眼はぎょろぎょろしていて、黒目ばかりだった。
「お前、誰だよ」
「違います、ダレダヨではありません」
老婆がニタニタした。歯が一本もなかった。
「ふざけてんじゃねえぞ、このババア」
ダン吾はババアを睨みつけて懐に手を入れたが、そこにワタリガラスのキグルミ、ベイビーはいなかった。傷がまだ癒えていないため、ヨモギに預けっぱなしだった。きまり悪く懐に手をいれたまま睨み続けるダン吾の後ろから、アグーが干し肉をつまんで老婆に差し出した。
「ほら、これやるから、あっちいってくれ。しっしっ」
「あ、俺の肉を……」
ダン吾は口惜しそうに肉を見つめた。老婆は、アグーにつままれたままの干し肉に吸い付いた。アグーは悲鳴とともに肉から手を離して飛び上がった。干し肉は老婆の口の中へと吸い込まれていった。アグーはダン吾を家の内側へ引っ張り入れ、扉をバタンと閉めた。ダン吾はあっけにとられて、アグーに聞いた。
「なんなんだ?あいつは?」
アグーは脂汗をかいていた。
「わかりません」
隣の家の扉が叩かれる音がした。扉が開く音はしなかった。
「そうか」
ダン吾は相槌をうった。
村の裏の森から狼の遠吠えが響き渡った。ダン吾はもう一度「そうか」とつぶやいた。
明日には狼狩りに行きます。 いいもち夢気分 @e-mochi
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