第2話 到着!ムッシュムラ村!

 ゼンマイ式バイクを飛ばして10分ほど行くと、ヨモギとダン吾はムッシュムラ村へと到着した。ムッシュムラは人口約800人、総面積20平方キロメートル程度の村だ。背後には大きな森があり、そこから流れる川が西方の湖に流入している。ヨモギとダン吾が辿ってきた川は、その湖から流出したものだ。この支川は近隣の街から流れる川と合流し、さらにいくつもの川と合流しながら都市部へと流れていく。つまりヨモギとダン吾は都市から川をさかのぼってきているわけだった。


 ムッシュムラ村へバイクに乗ったまま入ろうとすると、ヨモギたちは見張り台の上から怒鳴りつけられた。

「だれだ!人が来るなんて聞いてない!行商人か!?」


 ヨモギは急ブレーキをかけた。後ろに乗っていたダン吾は勢いあまって飛び落ち、ゴロゴロ転がって見張り台の柱にぶつかって止まった。見張り台がグラグラ揺れた。

「おいふざけるなこのガキ!貴様ら何の用だ」と、見張りが台の枠にしがみついて叫んでいた。


 ヨモギはゴーグル越しに彼を見た。魂が縮こまり、とげとげしていた。ゴーグルを外して、満面の笑顔を作り、鼻にかかった声で見張りに呼びかけた。

「私たち、旅をしているの。お兄さん、旅館かなにか、案内してくれません?」

見張りはしがみついていた枠を離して姿勢を正し、

「そんなものはこの村にない!出て行くんだ!!」と声を張り上げた。

「そんなこと言わないでぇ。お願いしますよぉ」とヨモギは声を間延びさせた。

「うるさい!!出てけ!」


 それを聞いていたダン吾が泥を払いながら立ち上がり、

「おい!変な喋り方するなよ」とヨモギに言って、

「こんなやつ、あいてするだけ無駄だ!」と見張り台の柱を思い切り蹴とばした。


 見張り台はぎしぎしと音を立てて左右に揺れた。見張りは腰が抜けて台にすがりつき、目をつむって叫んだ。

「お、おめえら!どうなっても知らんど!ゆ、ゆるさない、ゆるさないど、ぞ!」

ダン吾はそれを見て笑いヨモギに目配せした。ヨモギは腰に手を当てて口を結んでいた。


 台の揺れが収まってくると、見張りは影から何かをガチャリと取り出した。ダン吾はとっさに身構えたが、それは電話だった。

「覚悟しろよ、おめえら。治安維持兵は俺が呼べば街から飛んで来るんだからな!寝床を探してるんならちょうどいいだろ、おめえら二人とも、逮捕されちまえ」

「ちょっと!落ち着いて!私たちただ泊まりたいだけなの」とヨモギは口に手を当てて見張りに呼びかけ、ダン吾には小声で、

「ほら、謝って。兵隊呼ばれたら面倒でしょ」と言った。


 ダン吾は舌打ちをした。

「おーい、ごめんって。電話するのやめろよ」

「いいや!もう呼ぶ!おめえらは信じられない!!」

「頼むよ。俺たちが悪かったからさ。やめてくれたらお土産あげるよ」

「もう決めたんだ」

そう言って見張りは電話のゼンマイを巻き始めた。ダン吾はもう一度舌打ちをして、見張り台の柱を抱いて大きく揺さぶった。見張りの金切声が聞こえるとともに、上からぐるぐるのコードにつながった受話器が落ちて来た。ダン吾は柱を揺するのをやめて、見張り台の梯子に足をかけた。


 近くの建物の扉が開いて中から女が顔を出した。彼女は困り眉で、口を半分閉じられずに辺りをそわそわと見回した。見知らぬバイクの脇に、見知らぬ女の子。村の見張り台に上っていく、見知らぬ男の子。彼が一段上がるごとに見張り台が揺れ、上にいる見張りが喚いた。男の子はおかまいなしにずんずん上っていった。何かよくないことが起きている、と女は感じた。


「見張りの人―!兵隊は呼ばないって約束してくれれば、その人に殴らないように言うから、約束して」と、ヨモギが言った。鼻にかかった声でも間延びした喋り方でもなかった。


 ついに上り切ったダン吾は、まだ台の木枠にしがみついて泣き喚いている見張りの後ろに仁王立ちした。

「約束してくれよ。兵隊、呼ぶなよ」


 見張りは荒くれものに背後をとられてすっかりパニックになっていた。約束に応じるどころではなかった。見張りの振り回した腕がダン吾の頭に当たった。すぐさま伸ばされたダン吾の手に、見張りは耳をわしづかみにされてそのまま台から身を乗り出すように押さえつけられた。地面がぐるぐる回るようだった。バイクと女の姿がいくつにも重なって見えた。その後ろにもう一人いることに、見張りは何とか気づくことができた。

「リーナさん!助けてください!こいつらに、殺されてしまう!」


 下で唖然としていたリーナは見張りに呼びかけられてやっと口を全部閉じることができた。つばを飲み込んでからキンキンとした声で

「やめてください!見張りの人を離してください!」


 ダン吾はちらっとリーナの方を見たが、何も言わず、指一本動かさなかった。見張りも動けば落ちて死んでしまうと思ったのか、じっとしていた。見張り台の揺れは徐々に小さくなっていた。


 ヨモギは振り返ってリーナに

「あの見張りの人に、兵隊を呼ばないって約束させてくれない?」

リーナは震えながらも頷いた。

「見張りさん、街の周辺治安維持部に電話しないで。それであなたも村も助かるの」


 見張りは数秒の間、荒く鼻息をしてから搾りだすように

「わかった」


 ダン吾は見張りを開放して梯子から飛び降りた。それを見て見張りは気を失った。


 ヨモギはリーナにお礼を言った。ダン吾も遅れてお礼を言って、リーナに握手を求めた。

「助かった。よろしく。旅をしてるんだ。今日はここに泊まらなくちゃいけない。宿かなにかないか?」

リーナはダン吾に差し出された手を握らなかった。それからちらちら見張りの上を見ていた。ダン吾は手を引っ込めながら

「言っとくけど、あいつには宿がないかって聞いただけだぞ。そしたらあいつが兵隊呼ぶってわめきだしたから、やめてくれって頼んだ。押さえつけたのだって、あいつが俺を殴ったからだ。見てただろ?」


 リーナはヨモギに向かって口を開いた。

「ですけど、この村には本当に宿なんてありません。まだ昼前ですし、お帰りになったほうがいいかと……」

ヨモギはダン吾の方を見て眉を上げた。ダン吾はリーナの顔を覗き込み、地面を指さした。

「ならここにテントを張らせてもらう。食べ物だけ買わせてくれよ。まさか、食料品店までないなんて、言わないよな」


 リーナは後ずさって

「本当に、本当にないんです」

「は!ならここの奴らは霞でも食ってんのか??いい加減にしろ」

リーナは視線をうろうろさせた。

「いえ、いえ、ないんです。そういうことではなくて、宿がないんです」

「宿はもういいって言ってんだろ!」

とダン吾が怒鳴りつけるとリーナはすとんと地面にへたり込んでしまった。ダン吾は語勢を弱めてもう一度食べ物を売る店はないかと尋ねた。数秒の沈黙のあと、リーナは口を開いた。

「あります。でも、もう何も売っていません」

ダン吾は深いため息をついた。


 ヨモギは目を細めて顔をひねった。

「もう何も売ってないっていうのは、どうして?」

「売りきれたからです」

「どうして?」

「そんなの!魚も鹿も獲れないからに決まってるじゃないですか!」

とリーナは涙ぐんだ。


 ヨモギはここに来るまでの川に一匹も魚がいなかったことを思い出した。

「それでも、野菜か保存食が、あるでしょ?」

「それが先週売り切れたと言ってるんです」

リーナの眼からぼろぼろと涙がこぼれだし、一層声が震えた。

「どんどん食べるものがなくなって、村から人が減っていくんです。街に行ってしまう。死んでしまう。森に行ったきり、湖に行ったきり。街からの行商人ももう、私たちにお金がなくなって来なくなりました。みんな街へ行ってしまう」

リーナは爪に入り込むくらい強く土を握りこんで

「ここが私たちの土地だというのに!!!!」


 ダン吾はバイクの裏に回って空を眺め出した。ヨモギもそうしたかったが、その場に立ってリーナを見ていた。おいおい泣くリーナの声は村の森側の出口にまで聞こえたはずだ。


 リーナが出てきた建物から今度はおばあさんが現れた。おばあさんはリーナに歩み寄って肩を抱いた。

「リーナ、リーナ。大丈夫だよ。また神様が私たちのために鹿と魚を野に放してくださる。それまでの辛抱だ」


 リーナは鼻をすすりながらおばあさんに寄りかかりながら立ち上がった。おばあさんはリーナによりかかられても全くよろけなかった。リーナをすっかり立たせると、おばあさんは腕を組んでヨモギとダン吾を交互に見た。

「話はね、全部聞こえてた。あんだけ騒いでたんだ、当たり前だがね。うちに泊まるといい。そこの建物だ」

と言って、自分が出てきた建物を顎でしゃくった。窓から子供たちが顔を覗かせていた。おばあさんがまた口を開く。

「学校だがね、孤児院でもある。ベッドがいくつも空いてる。食いもんだって、子どもと同じ物ならね、食わせてやるさ。リーナ、二人のベッド整えてやり。何泊か知らんが、一緒に暮らすんだ、3人で仲直りしな」


 ヨモギはお礼を言ったが、ダン吾がしなかった。

「ちょっとダン吾、お礼くらい言って」

ダン吾はリーナを一瞥して

「ありがとうばあさん。だけど俺は他に泊まるよ。あのでかい家がいいな。でかけりゃ部屋の一つも余ってるだろ」

と見張り台と家々の屋根の上に顔を出している館を指さした。おばあさんは

「ああ、あの家なら泊めてくれるさ。リーナ、案内してやり」

リーナはいかにもしぶしぶといった感じで承諾した。


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