第四章
出立(しゅったつ)
三時間眠って目が覚め、朝食も取らずに家を出た。
都内の大学から近い病院に運び込まれたために、梶山の入院先は自宅からの移動で一時間ほどかかる。到着したころには面会時間がはじまっていた。
面会人用の名簿に名前を記入しているところに、ねえ、とアカネに声をかけられる。
「病室に入る前に、グレが先に中のようすを見るって」
答えずに、ちらりと左側を見上げる。
「なんかカラクリがあると思うのよね」
アカネがこちらを見下ろしている。疑問が表情に出たのか、子どもを諭すような口調をされている。
「出会い頭に変なものとやり合うことになったら困るでしょ。ただでさえ病院だもん、いろいろあるもの。ほら、」
あれ、とアカネが左肩の上から指差した先に目をやると、やや前屈みに腰を曲げて立つ老人がいた。
一見、修哉の目にはふつうに映る。中庭に面した、ガラス窓の外を放心した表情で眺めている。病院から支給されていると思わしき、白い着衣を身にまとう。
肌が薄く、頬骨が浮き出て、頭骨の形がわかるようだった。深く刻まれた
ああ、と修哉は思った。まだなにかの心残りがあるのか。だが、特に悪いものには感じない。
もしかしたら、今しがたに命が尽きてしまったのか。
影が差した廊下。老人の足元に、窓から差すまぶしい夏の太陽光が落ちている。
明るい外界を見ている。突然、背を張り、老人の腰がしゃんと伸びた。そのまましっかりとした足取りで歩みを進める。
眼前の障害物を無視し、ガラスを難なく通り抜けると、年老いた男は光の中へと出て行った。
目線を落としてから、そっと逸らす。
アカネはなにも言わなかった。老人が立っていた中庭に面した日当たりの良いほうではなく、日の差さない側の通路を歩いて通り過ぎる。横目で中庭を眺める。
生い茂る木々の木陰が、地面に濃い影を落としている。水まきがされたばかりなのか地面は湿気っている。植えられた草花が色とりどりに咲き乱れる。
そこには誰の姿もなかった。
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