「これで、終わりッ!!……ふぐっ」


 今日の訓練も終わった。ちょうどロズミスティも終わったようでつぶれたカエルのような格好で地面に突っ伏している。何というか最初のころを思い出すな。

 いつものセットにルミィ監修筋トレとゴーレム戦。今でこそ普通に立っていられるが、最初はひどかった。


「おーい、生きてるかー」

「ひゅぐッ!?何するんですか!!ぐッ…いたい」


 つぶれたカエルにその辺に落ちていた木の枝でつついてやればビクンと跳ねて抗議してくる。結構楽しいなコレ。また機会があったらやろ。


「動けそうか?」

「無理です」


 即答かよ。まあ、話してる今もうつぶせのまんまピクリとも動いてねえからな。何となくそんな気はしてたよ。今日も運ぶか。


「そうか。なら、また運ぶか。ってかメイドいないんだよな。飯どうすんだ?」

「明日食べます」

『ダメよ!!体は食事からなのに、食べないとか私のメニューに対する冒涜よ、ぼ う と く!!』


 うおっ、急に叫ぶなよ。気持ちは分からんでもないけど、動けねえなら仕方ないだろ。


『何とかして意地でも食べさせないと…。そうだファウダー、私たちの部屋に連れていくわよ!それでこの子の分も作るのこれで解決よ!!』

『いやいくら何でもそれはは不味いだろッ、こいつ女だぞ!?傍から見たらほとんど連れ込みじゃねえか!』

『別にいいでしょう。他からどう見えるかなんて。せっかく鍛えてるんだから無駄になる方が問題だわ』

『はぁ、わかったよ』


 これは言っても変わらないやつだ。今までの経験からそう悟った俺はため息を吐きつつ、彼女を抱える。


「飯は食わないとな」

「それはどういう?」

「俺の部屋に連れていく。飯は俺が用意してやるから、そこで食え。流石に女子寮に入るわけにはいかないだろ?」

「そんなっ、さすがに申し訳がっ。それにお、おとこのひとの、その何というか」

「これは決定事項だ。恨むなら動けない自分を恨め」


 あと女神。まあ、俺も無駄にするのは気分がいいわけじゃないからな。噂が広まるのは甘んじて受け入れよう。…今更か。

 さて、今晩の献立は何になるのかね。


『肉よ肉!体を作るなら肉。もちろん適度な糖質もね。身体づくりの始まりなんだから、ここは慎重に栄養バランスを考えたメニューにしないと。疲労回復のためには野菜もいるわね』

『あ、私照り焼きがいいわ』

『ダメよ!!味が濃すぎるわ!!後々ならともかく今の段階ではダメ。出来上がった後ならいくらでも消費できるけどね』

『えぇ~仕方ないわねぇ。じゃあ豚しゃぶで』

『それなら問題ないわね。食べやすいし、余計なものもないし。それで行きましょう』

『あいよ』


 女神たちの話し合いの結果、今日の献立は豚しゃぶに決まった。毎回作るやつを指定されるがこれに関しては意外と助かっている。確かに手間のかかるやつもあるが、毎日献立を考えるのは想像以上に大変なのだ。

 今晩のメニューも決まり寮に向かって歩いていると、何やら変な気配を感じ取った。何というか敵意も好意も感じない。ただ観察するような視線と、妙に何もない気配。それが複数。


『なんだこれ』

『この感じは』


 五感を共有しているルミィも同じように感じ取った気配に警戒をあらわにした。


『ファウダー。その子を降ろしなさい。戦闘態勢よ。これはおそらく暗殺者』

『わかった』


 低いルミィの声に俺も即座に意識を切り替え、その場にロズミスティを横たえると腰に吊るしていた剣を抜く。


「ファウダーさん?」

「暗殺者だ。できるだけ体を丸めて小さくなってくれ守りにくい」

「ッ!!わかりました」


 俺の指示にロズミスティは即座に従って体を丸める。痛そうにうめいているが今回ばかりは仕方がない。我慢してくれ。

 向こうも俺に気づかれたことを悟ったのか、黒ずくめの男たちがぞろぞろと姿を現した…え?


『これは…いいのか?』

『ちょーっとこれは私も予想外ね。いくら気が付かれてても、見えてないってのはアドバンテージでしょうに。まさか自分から出てくるなんて。しかも陽動とかなしに全員』

『馬鹿なのかしら』

『いや、まあこっちが有利になったからいいんだけどさ。いやでもまだ、俺が気がつけてないヤバいやつも―――』


「驚いたな。我々に気が付くとは」

「……」

「だんまりか。それとも必死に考えてるのか。まあどうでもいい。そこの女は貰っていく」

「ッ…!」

「余計なことをしなければこちらからお前に危害を加えることはない。無論このことは他言無用だがな」


 うわぁ、めっちゃ喋ってる。目的言っちゃってる。え、大丈夫なの?人の口に戸は立てられないのよ?誰が見てるかわからんよこれが…暗殺者?マジで?ルミィたちも呆れて無言だよ。


『え、これ、どうするよ?』

『はっ。私としたことがあまりの間抜けさに意識を飛ばしてたわ。えっと、とりあえず先頭のリーダーぽいやつ残して他は全員刎ねましょ』

『おっけ―』


 とりあえず、意識を取り戻したルミィの指示に了承の意を伝えつつ戦闘開始。一番近い男。つまりリーダ格と思しき男の前に急接近。


「なっ!?コッ――」


 驚き身をすくませたその硬直に合わせ顎を叩く。先頭が意識を失い、微かな動揺が全体に広がると後ろからついて来ていた黒ずくめの勢いが少し鈍る。ここまでくればあとは簡単だ。端から順番に首を刎ねるだけだ。


「こんなもんか」

『他は…いなさそうだな。マジで何だったんだコレ』

『さあ、三流より下って事しかわからなかったわ。大体の事情というか首謀者はソレに聞けばいいでしょ』

『ま、そうだな』


 血を噴き出しながら斃れる胴体を無視して、俺は気絶した男の身体を岩で埋めるように拘束する。


「それとロズミスティ。終わったぞ、ほら」

「あ、ありがとうございます」

「気にするな、雑魚なうえに阿保だったし。今から尋問すっけど大丈夫か?」

「問題ありませんよ。嫌がらせでそういう場所で寝泊まりさせられたこともありますから。それに、私を狙ってきたんです。私自身も聞きたいですから、誰が狙ったのか」

「えぐいな!?いや、あー、まあ問題ないならいいんだ」


 嫌がらせのレベルがおかしい。王族の精神に戦慄しながらも俺は水を顔面にかけて男を起こすと、ロズミスティを抱えて座り尋問を始める。


「おはよう。間抜けな暗殺者さん。首謀者はだれかな?」

「誰が―――」

「あー素直に答えたほうがいいぜ?その方がお前がお前のまま死ねるからさ」

「フン、これでも拷問に耐える訓練は受けている。好きにすればいい」

「あっそ。じゃ、さよなら」

「うごッ、あ、ガ、ギィィゲ…ゴフ」


 俺は否定の意思を聞くや否や、そいつの頭に手をかざして魔法をかける。しばらく何かに耐えるようにもがいていたが、やがてガクンと体から力が抜け目の焦点が合わなくなった。


「これは?」

「人格消去」

「へ?」

「コストはデカいし、効果が出るまでこっちは無防備なうえに、魔力か精神力が高いやつには効かない。そのうえ効果時間は十分。こういう時にしか使えん魔法だな」


 まあ、逆に言えばそのための魔法なんだが。いちいち拷問とかやってらんねえよ。グロいし、時間もかかるし、嬲るのは好きじゃないからな。


「そ、それでもかなり破格の効果では?」

「まあこういう時はな。じゃ、時間もないし聞いていきますか」

「雇い主は?」

「第二、王子」

「…あの男ッ」

「落ち着け。それで、依頼の内容とその目的は?」


 歯ぎしりと共に殺気だつロズミスティをなだめつつ、次の質問を投げかける。


「内容はロズミスティ第二王女の捕獲。人体と悪魔の融合実験の被検体すること」

「なっ!?」

「おいおい、そりゃほかの王族が認めねえんじゃねえのか?」

「王家は近いうち侵略戦争をかけるつもりだ。その兵器として、奴隷や身寄りもないそれなりに強い個体を攫って実験している」


 真っ黒じゃねえか。てかそんな大掛かりなことやってんのにそれにかかわる暗殺者がこんなお粗末なのかよ。いや、狂ってるから優秀な暗殺者は逃げたのかもな。


『この国意外と終わってるわね』

『卒業したらさっさと逃げましょ』

『だな。ただ、その前に家族と、マーラたちにも連絡しとかないとなぁ』

『それは確かに。恩はしっかり返さないといけないわね』


「んで無能の姫なら攫っても誰も騒がないからちょうどいいってわけか」

「ああ、それにほかの被検体に比べて頑丈だろうということも加味されている」

「終わってんな。他に知ってることは?」

「ない」

「そか」


 知れる情報は全て得た。ならこれは用済みだ。首を落としてしっかりと息の根を止めると魔法で大きく穴を掘り死体を埋めてしまう。ついで、自分含め周囲に浄化と消臭の魔法をかけ血とその匂いを消す。間抜けでも暗殺者は暗殺者だったようで、戦ってる間誰もこちらを見ている気配はなかったため、これで戦いの痕跡は完全に消えた。


「とりあえず。俺の部屋に行くぞ」

「…はい」


暗い表情のロズミスティに声をかけつつ、俺は量の部屋に戻った。

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