意地

「ゼハッ、ゼハッ、ゼハッ」

『驚いたわね、あなたのペースについてくるなんて』

『しかも、身体強化の魔法も使ってなかったわ』


 青ざめた表情で転がる姫さん。何と彼女は十週しっかりとついてきたのだ。その事に女神たちも驚いている。かく言う俺も途中でぶっ倒れるもんだとばかり思っていた。


「つ、ぎ、は…ゼハッ…なに…を」

「まだやるのか」

「と、う…ぜん、です…んぐ…はぁ…はぁ…」


 ふらふらではあるが続行の意思を見せ立ち上がる。重力魔法もまだ解けていないのにも関わらずだ。体力なんてもう残ってないだろうに、気力だけで立ちあがるのか。


『へえ、根性あるじゃない。好きよそう言うの。近頃の天使はすーぐあれができないこれができないって言ってあきらめるのに』

『そうよねえ。最近は業務もシステム化されて少なくなったってのに怠ける子が増えて逆に業務に余裕がなくなってるものねぇ』


 その姿はどうやら女神たちも高評価のようだ。というか、そんな近代社会みたいになってんのか神の世界ってのは。どこも世知辛いな。


「素振りだ。ほらよ」

「ぐッ、おもッ」


 地面から創り出した石剣を渡すと、その重さにさらにふらつく。まあ当然だ。地面の石や砂を圧縮して作ってるからな。おかげで、広場の高さが数センチほどへこんでしまっている。まあ、後で戻すけど。


「なんかい、ですか?」

『いつも通りよ』

「千だな」

「せ、ん!?いえ、わかり、ました」


 目を見開いて驚きをあらわにしたが、すぐに何かを否定するように頭を振ると彼女は頷いた。それを横目に俺はいつものように素振りを始める。もちろん重力魔法は継続だ。

 一振り一振りに全力で。少しでも前に進めるように。薄皮一枚でもいい。少しでも前に進めるならそれには意味がある。最初は型をなぞるように、後半からは敵を想定していかに斬るかを考えながら。

 その横で姫さんは歯を食いしばり、涙と鼻水で顔を汚しながら剣を振っている。だが、型もクソもない。もはや意地だけだ振っている。

 それから一時間。姫さんはこれもやり遂げた。腕は痙攣し、膝も笑っている。だが、彼女はひと時も休まずに剣を振り続けた。正直意味が分からない。常人ならすぐ逃げだすようなモノだってのに。何が姫さんを動かしてんだか。


『ふーん』

『やるじゃん』


 ここにきてルミィたちの彼女を見る目が変わった。なんだかんだ言ってどうでもよさそうだった二柱が興味を持ち始めた。


「おわり…まし、た!!」

「ああ、そうだな」

「つぎは、なにを?」

「ゴーレムを使った戦闘訓練。最後に魔力基礎訓練だ」

「ごーれむ?」

「ああ、これだ」


 そう言って俺が指さした方向には試験の時に俺が負けた試験官の姿をした、ゴーレムが現れていた。メリイ特性の、コピーゴーレムだ。ここ最近はこれを相手にひたすら戦闘の訓練を行っている。魔法陣を配置して魔法のように見せかけているが、魔物である。


「あ、アレは…きしだんちょうの…!!」

「ああ、見た限りの性能を詰め込んでコピーしてある。一日一戦。全力で戦う。…一応あんたの分もあるぞ?」


 コピーゴーレムの横に新たな同じものが現れる。どうやらメリイがもう一つ用意したようだ。


「わか、りまし、た」

「やるのか」

「はい」

「そうか。一応アレは一時間く。攻撃を始めると動き出して、こっちが倒れてる間は動かない。そんなとこだ」

「は、い」


 返事すらままならないかすれた声。それでも彼女は剣を構えゴーレムと対峙する。ふらつく足、重い腕。そんな状態でソレ相手に同行できるわけもなく、剣を持ち上げる。その半ばの動作の内に、ゴーレムの剣の横腹に叩きつけられる。


「ゴフッ―――」


 血を吐き何度も跳ねながら吹き飛び、外周に植わっている木に叩きつけられる。ズルリと地面に落ちるが、剣を杖代わりに無理やり立ちあがった。ただ、ゴーレムが攻撃しないのは倒れている間だけ。立てば当然追撃が―――


『「ここまでだな」ね』


 瞬間、俺は彼女を抱きかかえつつゴーレムを弾き飛ばす。同時に重力魔法を解除し軽くなったからだでその場を離脱。離れた場所に彼女を寝かせた。


『核は頭よ』

『了解』


 メリイの短い指示に軽くうなずきながら、疾走。同時に背後に大量の魔弾を発生させる。これは無属性の魔法だ。威力が高く発生も早い。殺しに特化した魔法だ。現代では失われているとメリイが言っていた。

 その脅威を感じたゴーレムは咄嗟にそれを防ごうと後ろに意識を割いたその隙をつき頭の核を破壊する。

 サラサラと崩れていくゴーレムを確認してから、俺は彼女のもとに戻っていった。


「なぜ、とめたの?」

「死ぬぞ?あれ以上は」

「だけど、わたしはもっと…」


『どうするかはファウダーに任せるわ。事情を聞いて関わるもよし。無理だと突き放すもよしよ。なんだかんだ言ってもこれは貴方の人生。重要なところはあなたが決めないとね』

『そうか』

『ええ、そうよ。どんな決断をしても私は貴方を肯定するし。サポートするわ』


ルミィの言葉に俺は上を仰いで少し考える。このまま無視をしていいのか。後悔しないのか。

再び視線を落として彼女を見る。血みどろで血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔。だが、思いつめ強さを求める目は死んでいない。


「弱いのは嫌か」

「何も、出来ませんから」


この目を見ていると教会に狙われたときのことを思い出す。嫌な記憶だ。弱さゆえに何もできず。ルミィがいなければ、俺は大切なものを失い、未来も暗かった。


「明日も来い。事情は…別にいいか」

「いい、の、ですか?」

「ああ。それと、最低限は回復しといてやる。ただ、それ以上は治すなよ。回復魔法は便利だが、成長を阻害する」

「ありがとう、ございます」


俺は王女の礼に頷きながら最低限の回復魔法をかけると、彼女を抱き上げる。


「な、何を!?」

「立てねえだろうが。送ってくよ」

「へ、あ、うあ…は、い」


どういうわけか少し顔を赤くした姫…ロズミスティを抱えて俺は彼女の暮らす寮に向かっていった。



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