決闘騒ぎから早三日。クラスの雰囲気自体は明るくなってきている。といっても俺がみんなと仲良くしているわけではない。


『あいつが伯爵家の子供の首を容赦なく刎ねたって言う…』

『恐ろしい。機嫌を損ねれば闘技場外でも殺されるかもしれんぞ』


 とこんなふうに俺を恐れた生徒たちは逆にまとまり俺を避けるようになった。逆に決闘に負けたラベルクには同情するような空気が流れている。


『何よ、決闘に勝ったんだからここはちやほやされる流れでしょ。なんで誰も寄ってこないのよッ』

『想定と違うわ。賞賛されて親友キャラが出てくる私のプランがッ…』


 ルミィたちはこの状況はお気に召さないらしい。クラスから弾かれるような空気にずっとこの調子で愚痴を言っているが、クラスメイトの気持ちも分からないでもない。彼らからすれば、闘技場内だったとはいえ人をためらいなく殺せるうえ、自分たちでは抵抗できないやつがすぐそこにいるのだ。俺だった怖くて仕方がない。触らぬ神になんとやらで、関わろうとは思わないだろう。ここにいるクラスメイトのように。


「となり、よろしいでしょうか」

「お好きに」


 ただ、一人を除いて。まあ、例によってあの姫さんだ。何を考えているのかは知らないが、決闘の日から毎日横に来る。当然、初日から姫さんの後ろについていたラベルクも一緒だ。相変わらずすごくにらんできているが、貴族らしくと咎めるようなことはない。ただひたすらひどく睨みつけるだけだ。すごくやりにくい。

 姫さんは隣に座っても何かを言うわけではない。ただちらちらとこちらを見てくるだけだ。


「あの…」

「なんだ?」


 だだ、今日はその姫さんが話しかけてきた。その表情はどこか思いつめたような様子だ。王族の悩んでますって顔なんて厄介ごとの匂いしかしないんだけど。


「あなたはどうやってそこまで強くなったのですか?」

「毎日倒れる寸前まで訓練した。それだけだ」

「倒れるまで…ですか?」

「その寸前な。あとは師が良かったくらいだろ」


『師がいいだなんて、いいこと言うじゃない』

『ちょっと照れ臭いわね。ふふふ』


 最初から強かったわけじゃない。女神という他にはないアドバンテージはあった。けどここに至るまでに死にそうな目にあいながらも努力して得たものだ。目標のためにな。


「そ、その訓練に私も参加してもよろしいでしょうか!!」

「え、やだ」

「へ」


 即答されると思わなかったのかぽかんと間抜けな表情で固まる姫さん。だが、参加されても困るのだ。姫さんを見る限り、クラスメイトよりは強いように感じるが、俺よりはかなり弱く見える。そんな人が訓練を一緒にと言われても邪魔にしかならない。それに、女神の用意する魔物訓練など人に見せられないものもいくつかある。


「な、なぜでしょうか?」

「え、邪魔だから。あと、同じのやっても体壊すだけだぞ」


 理由を聞く姫さんに俺はあっさりと邪魔だと宣言する。アレは俺の限界ぎりぎりまで責める訓練だ。今の姫さんがやっても体を壊すだけ。そう説明しても彼女はあきらめる気は無いようだ。


「合わせてもらうつもりもありません。横で見させてもらうだけでも…どうしても強くなりたいんです!!ですからどうかお願いします」

「ひ、姫様!?」


 頭を下げた姫さんに教室中から悲鳴のような声が上がった。王族が頭を下げるってのはやっぱりかなりの事らしい。だが、頭を下げられても俺の考えは―――


『いいわよ』

『ルミィ?』

『別に参加するだけなら。真剣に強くなりたいみたいだし。ただ、この子に合わせる気は全くないから。一人で来ることと、壊しても責任を問わないことを呑めるなら』

『けど、ゴーレム系の魔物訓練とかはどうすんだ?』

『あなたが魔法で創ったように見せればいいわ。メリィならそれくらいできるわよね』

『ええ、問題ないわ』

『そういう事だから、さっさと了承しちゃいなさい。このままだと延々付きまとわれるわよ。さっさと振り落とした方が早いわ』


 どうやらルミィたちは激しい訓練でついてこれないようにすればいいと考えたらしい。特殊な訓練もごまかしがきくようだ。


「…一人で来ること。それと、怪我をしても、体が壊れても責任を問わないなら」

「ありがとうございます!!」


 ルミィの出した条件を伝えると、姫さんはぱっと表情を明るくしてお礼を言ってきた。悩むそぶりもなかったな。王族がこんな必至なんて嫌な予感しかしないんだが。

 内心で大きなため息を吐きながら前を向きなおすと、ちょうど担任の先生が入ってくるところだった。


 それからは、特に何かがあるわけでもなく放課後になった。俺はいつものように訓練をするためメリイナビに従い、訓練ができる程度に開けていて人気のない場所へ向かう。いつもと違うのは後ろに姫さんがいることだ。どうやら本当に一人で来たらしい。いつもは感じていた彼女の護衛らしき人間の気配が感じられない。


『ここならいいでしょう。誰も来なさそうだし距離も離れてる。大きめの音が出ても問題ないわよ』

『なら早速やりましょう!!まずは基本のランニングから』


ルミィの号令と共に俺の四肢に魔法陣が現れる。瞬間、俺の身体に壮絶な負荷がかかった。


「ぐッう…」

「あ、あの、これは」

「重力魔法だ。これで体に負荷をかけてランニング。まあ最初の肩慣らしだ」

「宮廷魔導師でも厳しい重力魔法をこうも軽々と…しかもこれで肩慣らし…」

「やめとくか?」


出来れば帰ってくれ。そう願いを込めていうが、彼女は首をふってそれを拒絶する。


「いえ、やります。同じ魔法を私に」

『だ、そうだ』

『いんじゃない?魔法制御の訓練にもなるし。ファウダーの五倍負荷だとつぶれるだろうから二倍くらいで』

『あいよ』


メリイの指示に従い掌を姫さんに向け、重力魔法をかける。すぐに彼女の四肢にも魔法陣が現れた。その、魔法によってかかる負荷に一気に膝が折れる。


「くう…これで走るのですね」

「ああ、この場所の外周をな。もちろん身体強化は無し。距離は―――」

『ざっと十周ね』

「―――十周だ」

「わかり…ました」


外周はざっと見て五百メートル程。その距離に顔を引き攣らせつつも何とか立ち上がった姫さんは俺が走り出したのに合わせて、どたどたと走り出した。

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