禁じ手

 黒ずくめが二人へ襲い掛かる。ガウスがその攻撃を盾ではじき、受け流し、剣で受け止め防ぎ続ける。その後ろで、マーラが魔法でバランスを崩したそれらを撃ちぬかんと魔法を放つ。

 ガウスが守り、マーラが攻撃する。素晴らしい連携だった。普通であればこれでほとんどの相手を倒すことができるのだろう。だが、いかんせん相手が多すぎる。ざっと見ただけでも十人以上いる。何とか隙をついて攻撃しても数の多さを利用して気完璧にカバーされてしまう。いや、多いだけじゃない。黒づくめ個人でもかなり強い。それが息の合った連携をとってくるのだ。弱いわけがない。

 このままでは二人がやられるのは時間の問題だろう。

 クソッ。これじゃただの見殺しと一緒じゃねえか。何か手はないのか…。


『ルミィ、メリィ、これじゃ俺一人入ったところで足手まといになるだけだぞ。何かいい案はないか?』

『……ない。クソ蟲の暗部共が想像以上に多いせいぜい四、五人だったらファウダーが一人足止めすれば勝てたのに。これじゃファウダーが何をしても勝てないわ』

『悔しいけど私も同じ意見よ。無理に突っ込んでも余計状況が悪くなるだけ。正直これ以上ないくらい最悪の状況ね』

『このままいっても二人は確実に死ぬ。それだけなら正直どうでもいい。問題はそうなったら次の矛先はファウダー。そうなったらよくて人形。最悪玩具かモルモット。…ちッ。状況が状況。こんな早く切らされることになるとは思わなかったわ』

『ルミィ?』


 小声でつぶやくような言葉が頭に響く。その声音はいつもの明るいものではなく無機質な冷たい声だった。その異様な雰囲気と吐き出される内容に自然と背筋が粟立つ。


『禁じ手使うわ』

『やるのね。じゃあ、ファウダーの魂は私に任せなさい』

『は?魂?何を言って―――』

『悪いけど、そうそう以上に教会が強いせいで時間ないからすぐやるわ。説明は後。あなたは身を任せておいて』


 そうルミィが言った瞬間、俺の体の自由がなくなった。動かそうと思ってもピクリとも自分の遺志では動かせない。いったい何が?


「っとこんな感じね」


 混乱する俺の遺志を無視して、体が勝手に動き出し俺の口からルミィの声が発せられる。…ルミィはまさか、


『ファウダーの予想通りよ。ルミィが今あなたの身体を動かしてるわ。あんまり抵抗しようとするとあなたの魂の保護に亀裂が入るかもしれないから身を任せておいて。さすがにまだ神と魂を同じ場所にしたら呑まれちゃうから』


 やっぱりか。まさか体の自由が完全に効かなくなるとは思わなかったから驚いたよ。ルミィの事だから悪いようにはしないとは思うけど。


「さて、いきますか」


 っとルミィが動き出したようだ。俺の体を使ったルミィはためらうことなく廃屋の扉へと向かう。そして、扉の前に来ると思い切りそれをけ破った。


「邪魔するわよ」

「な、ファウダー様!?」

「くッ…ここは危険です。早くお逃げをそして父君に知らせてください」

「おお、ファウダー殿。これはちょうどよいところに、今あなたを騙していた魔物どもを討伐していたところなのです。どうです?止めくらいはご自分でされますか?」


 中身がルミィなどとは思ってもいない彼らは、三者三葉の反応を示す。ルミィはその全てを無視してぬるりと歩みを進め、気づいた時には黒ずくめの内の三人の首を刎ね飛ばしていた。


「は?」

「え…?」

「女神ルミナスの名のもとに、このあたりの次元を封鎖します。愚かな教会の人間よ。あなた方はここで死んでください」

「何を…!?」


 無機質かつ冷徹な死の宣告。その言葉は異様なプレッシャーをもって教会の人間たちに襲い掛かる。そのあまりの圧力に大半の者は、よろめき後ろに数歩下がる。その力を持った言葉にその場にいた人間は否応なく理解させられる。

 目の前にいるのは、正しく女神なのだと。


「…す、すばらしい!やはりファウダー様女神の加護をお持ちだった!し、しかし、なぜ女神様が私たちに刃を向けるのです!?あなたを信仰す―――「黙れ」――ッッ!!?」


 神父の戯言は女神の一言でつぶされる。何をどうしても口が開かなくなり、混乱したような表情で自分の口をこじ開けようともがいていた。


「この世にある種族は私が創ったものです。それを劣等といって狩るのが信仰だと?冗談もほどほどしてください。ほかにも、停滞してきた世界ん刺激を与えるために加護を与えた物を私利私欲のために使いつぶしておいて、よく守られると思っていましたね。神父ドーラー」

「…ッ」

「名を知っているのが不思議ですか?まあ、教会には神父は名を明かしてはならないなどという不思議なルールがあるから仕方ないのかもしれませんが、降りてこれた以上あなたの名前を知るくらいは簡単ですよ?…っとここまで話していてなんですが、時間もあまりかけたくありませんので、早く終わらせてしまいましょうか」


 声音の変わらない無機質な声でそう言ってルミィは再び足を動かし始めた。近づいてくるその姿は子供であるゆえに小さい。にもかかわらず、その場にいる人間には自分の何倍もあるように見えた。

 自然と腰が引け、体が後ろに下がる。そのうちの誰かの足が細い木の板を踏んだのかパキと音がなる。それを合図に、女神は姿を消した。


「…ッ。どこ―――」


 黒ずくめの一人が反応し、叫ぼうとしたその瞬間。その場にいた神父とガウス、マーラを除くすべての人間の首がとんだ。

 チンッと小気味いい音が聞こえると同時に目がもは元居た場所に現れ黒ずくめは一様に首から紅い噴水を噴き出しながら崩れ落ちていった。


「さて…最後は貴方ですね、神父。あなたのせいで私は大変不愉快な気持ちになりました。ですから、貴方は特別に罪を償ってもらいましょう」


 ガコン。女神の宣告と共に神父の背後に白い扉が現れる。


「その先は無の領域。何もなく、動くことができず、何も感じられない世界。もちろん魔力も使えません。そこであなたは罪の重さの分だけ過ごしてもらいましょう。もちろん睡眠は不要な体にしてあげますし、発狂もしない身体にしておきます。安心して罪を償ってください」


 と、神父にだけ聞こえる声で言うとトンっとその肩を押して、その無の領域に押し込こむ。声を封じられた神父は、わずかの抵抗どころか、叫びもあげることができずその領域に追放されていった。


「これで、終わりです。そこのお二人。あなたたちにお願いがあります。まず、今日の事は他言無用で。そして、さすがに神を降ろすと体の負担が大きいので、私が上に帰ったら即座に治癒の魔法をかけてください。そうすれば、何とか言い訳できるくらいには快復するでしょう」


 女神のお願いにマーラとガウスは頷くしかできない。断るなんてできるはずがなかった。

 そんな二人の内心など知ってか知らずか、女神は頷くの確認するとほんの一瞬だけ白い光を放って降臨を終えた。


「ッ…ぐうう!?」

「ファ、ファウダー様!?」


 急に体のコントロールが戻ってくる。だが、次の瞬間から全身に襲い掛かってくる壮絶な痛みに叫びにならない叫びをあげて崩れ落ちる。

 圧力が消え、俺が戻ってきたと察したマーラが慌てて俺に治癒をかける。そのおかげで何とか痛みは耐えられるくらいに落ち着いてゆく。


 今回、俺は何もできなかった。いや、今までもか。悔しいもんだね。何もできないってのは。ただ、見てるしかできないってのは。

 弱いってのはこんなつらいんだな。


『なあ、ルミナス、メリス。俺、もっと強くなりたい。こんな思いはもうしたくねえよ』


 初めて心の底から強さを願った。


『任せなさい。私が、私たちが全力でトレーニングのサポートするわ。時間は稼げたし、少なくともまたバレるまでには大抵の敵には勝てるようにしてあげる』

『ええ、教会くらいなら片手間で潰せるようにしてあげるわ』

『ああ』


 涙と痛みで視界をにじませながら、頼もしい女神たちの言葉を聞いて俺は意識を失った。

 その次の日から、ガウスたちにも頭を下げ、護衛の騎士たちも交えてよりハードな訓練を受けるようになった。ルミィのブートキャンプやメリィの魔法教室もより高度な内容に。二度とこんな思いはするものかと、前世を含めてこれ以上ないくらいに俺は必死で訓練に取り組んだ。


 ―――そうこうしているうちに、いつの間にか六年の月日が過ぎていた。

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