教会の様

覗き込んだその先に見えたのはいくつかの人影。

マーラにガウス、そしていつかの神父とその取り巻きのような騎士たちだ。


「なぜ逃げるんだマーラ?俺はただ話し合おうって言ってるだけだろう?」

「貴方は馬鹿なんですか?今の教会を絡ませるなんてあり得ないですよ!」

「おやおや、そんなことを言われてしまっては悲しいですな。私達はただ、あなたの教え子であるファウダー様の教育を教会が全面的に支援したいと申しているだけではないですか」

「ほらな?前も教会に気をつけろって言っていたが…、話してみた感じそんな悪い人たちじゃなかったぞ?」

「外面だけはね…。クソッこんなことならガウスにも誓約をかければ…剣術だけなら目をつけられないと思った私が甘かったッ……!」


どうやら、教会が俺に目をつけマーラ達からの切り崩しをしようとしたのだろう。だが、それだけならここまで、追い込むようなことは必要ないはずだ。一体なぜこんなことを?


『チッ、腐れ神父共が…。私のファウダーを自分好みに洗脳する気ね。しかもここであの二人を殺すつもりよあのハゲは。ガウスにもかなり強めの思考誘導も入ってるし…あの腐れゴミクズ共の常套手段ね』


怖っ。神父共もそうだけど、ルミィが一番怖えよ。声に憎悪が詰まってるよ。


『多分ファウダーの訓練はだいぶ前から監視されてたんでしょうね。だいぶ実ってきたからそろそろ収穫みたいな気分なんでしょう。あのゴミは』


メリィも怖い。口調は変わってないけど重さが違う。恐ろしいほどの怒りを感じる。

というかルミィの言う通りなら切り崩しどころじゃねえじゃん。


『でも、殺したら意味なくね?危険だから外に出さないって父さんたちは言いそうだけど』

『二人の遺志を継ぐって名目で回収しに来るわよ。しかも断ろうとしたら異端審問の拷問もセットになるわね。世界を回すためにつけた加護もちの人間なんて、それのせいで憎悪に沈んで、逆に世界が荒れるし、思い通りにならなければ生贄の名目で処分。思い出すだけでも反吐が出るわ』


今まで視てきたことを思い出したのか吐き捨てるように言うルミィ。

何だよそれ。マジで人を何だと思ってるんだそいつら。


「ほっほっほっほ。全くひどいですな。私たちは己の本分を全うしに来ているだけだというのに」

「何が本分だ!血みどろの外道共がッ」

「お、落ち着け、マーラ。神父殿も申し訳ありません」

「いえいえ、かまいませんよ」

「あ、ありがとうございます」

「礼には及びません。どうせあなたたちはここで死ぬんですから」

「は?ッ…グッ!」


神父の言葉に合わせて後ろから、暗闇に溶け込むような服を着た人間が短剣をもって飛び掛かる。それを寸前で気づいたガウスが、腰につけていた小盾でとっさに受け止める。


「これは、どういうことですか!?」

「どうもこうもありませんよ。あなたたちにはここで死んでいただく。あの少年がちょうどよい頃合いになりましたのでね。ここからは私たちが大切に大切に教会のためになるように育ててあげますよ」

「くそっ!!これだから教会は嫌なんだ!」

「奇遇ですな。私もあなたが嫌いですよ。アニマ・オラツィベート。醜い醜い吸血鬼のあなたが」

「…クソ共が」


呼ばれると同時に、マーラの周りに煙が立ち上る。それは一瞬だけ彼女を覆い隠しすぐに晴れる。そこには今までとは全く人相の違う女が立っていた。怜悧な紅い瞳にほんの少しだけ尖った耳。薄めの紅い唇からは鋭くとがった犬歯がのぞいている。


『嘘だろ?てか、吸血鬼って魔物だったんじゃ』


本で見たときは確かにそう書いてあったはずだ。


『半分ね。どうしてそうなったのかわからないけど、なぜか魔物と人が合体しちゃった種族がいるのよ。その一つが吸血鬼ね。まあ、血を吸ってれば年をとらないのと、変身が得意なくらいでほとんど人間と変わらないんだけどね』


そうメリイが解説してくれる。ってそんなこと考えている場合じゃなかった。いきなり判明した事実に驚いてしまったけど、今は目の前の二人を助け出さないと。なにか、いい方法はないだろうか。


『焦らないで。あの二人ならそう簡単にはやられないわよ。だから私たちは様子を見ながら全力で一網打尽にする方法を考えましょう』

『…わかった』


ルミィに諭され、はやる身体を必死に抑える。前に出たところであの二人より弱い俺に何ができるのかと、今更ながらに思う。だが、何もせずただ呆然とことを見ているのは辛い。そんな俺の心境などお構いなしに状況は進んでゆく。


「ああ、そうだ。ガウス殿は素直にファウダー君について教えてくれましたからね。一緒にその魔物を討伐していただけるなら今回は見逃しましょう」

「………」

「そう、ですか」


その言葉にマーラは苦虫をかみつぶしたような表情になる。対して、ガウスは無表情でただ一言返事をした。

まさか、ガウスも敵になってしまうのだろうか。もしそうなったら、いつもの俺じゃ勝ち目はないぞ。

俺が不安を感じる中、ガウスは黙って剣を抜く。


「どういう、おつもりですかな?」

「………ただ、私には無理なだけです。彼女に刃を向けることを、私はできない。それが、たとえどんな結果をもたらそうと」


その言葉の通り、ガウスはマーラにくるりと背を向け、小盾と片手剣を神父たちに向かって構える。どうやら、裏切りの心配は無いようだ。


「残念です。では、仕方ありません死んでください」


だが、だからと言って状況がよくなったわけではない。

さほど残念そうな様子を見せることもなく神父は告げた瞬間、どこに潜んでいたのかと思うほどに大量の黒ずくめが二人に襲い掛かったのだから。

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