その紅い宝玉は
朝、朝食を終えいつものごとく庭へ出る。そんなときだった。
「うおお!?」
突如目の前に魔法陣が現れた。。玄関から扉を開けた瞬間だったので、いつものマーラ不意打ちかと思って咄嗟に魔力の障壁を張るが、障壁に何かが当たるような感覚はない。代わりに綺麗な丸い紅の宝玉が目の前で浮遊していた。
「これは…なんだ?」
しばらく様子を見ていたが、どうも害はないようなので少し観察する。
傷一つない真球で、透き通った紅い球の中には炎のような揺らめきが見える。俺が動くとそれは俺の後を追うようについてきた。
マーラにも見せようと思って、外に出るが誰もいない。
『ルミィ、これ何か分かるか?』
『………一応ね』
『ほんとか!?』
『でも、あんまりいい内容じゃないから、聞くなら覚悟して聞きなさい』
『え…?』
とても深刻な声音で言うルミィに驚きを隠せない。まさか、何も感じないだけで呪いだったりするのだろうか?
『魔力を感知する授業を受けたとき覚えてるかしら』
『え?ああ、まあな。憧れの魔法への第一歩だったから、よく覚えてるよ』
『その時にマーラが誓約をしたでしょう?』
『ああ、なんか魔法陣が吸い込まれたやつだよな?』
『それ、破られる寸前よ』
『は?』
告げられた事実にしばし呆然とする。教会に目を付けられないよう他言しないと自ら誓った誓約を破る?マーラが?
『落ち着きなさい。ルミィも簡単に言いすぎよ』
混乱する俺を落ち着かせるようにメリィが話す。どうやら、今のルミィの言葉がすべてでは無いようだ。
『そもそも誓約は破られた瞬間に代償として設定したものが砕けるわ。そもそも目の前にそれが現れることなんて基本的にはないの』
『じゃあ、どういうことだよ?』
『本人が、自分の意思で代償を払いたいと念じている場合はその限りじゃない。設定された代償が相手の前に現れて、代償を受け取るか受け取らないかを選択できるようになる。あの子の場合は魂のようね。それを砕けって言われたでしょ?こういう場合は大体誓約した人間が、制約を破らされそうになっていることが多いわ』
『ってことは…』
メリィの説明から察するに、目の前に浮かんでいるのはマーラの魂のようだ。いやな想像が浮かぶ。この世界のことなどまだほとんど知らないが、それでも地球に比べて人の命は軽いことぐらいは分かっている。そんな世界で、とらわれたものがされることを想像するのは簡単だ。
『どこかしらで教会に情報が入ったんでしょうね。それで狙われていると』
『助けられないのか?』
これまで、いろんないろんな教えを受けたり、魔導書をもらったりとかかわってきた人だ。知識は女神に及ばずとも、魔法を実践して見せられたのは彼女だけ。俺の恩師の一人ともいうべきその人を見捨てるというのはあまりにも後味が悪い。何より、恩も返さず見捨てるなんてことをした日には、自分自身が許せないだろう。
『あるにはあるわ』
『ならっ』
『その代わり、状況次第ではあなたにとんでもない負担がかかるし、何より必ず人間との殺し合いになるわよ』
『っ……!!』
『それでもいく?』
世界を管理する女神ルミィの覚悟を問う言葉はとても重かった。そのプレッシャーに思わず息をのむ。
きっと、彼女は見捨てても俺を責めることはしないのだろう。そして、人殺しは、怖い。想像するだけで震えが起き、挫けそうになる。でもマーラを見捨ててしまえば、きっと俺は後悔を生涯背負い続けるだろう。そんなものを背負ったまま異世界生活など楽しめるわけない。それに何よりも、俺が見捨てたくない。
「行く」
『ふ、ふふふふっ!それでこそ私のファウダーよ!』
『私たちのでしょ?その魂があれば私が観測できるから案内は任せなさい』
『ああ、ありがとう』
決意を込めてつぶやけば、女神たちは嬉しそうに応えてくれる。どうやら、場所もすぐにわかるようだ。そうと決まれば、俺は魔法授業用の道具ではなく、魔物狩り用の装備に着替える。
『それと、今回ばかりは禁じ手も含めて全力でサポートするから。ファウダーは前見て突っ走っていればいいわ』
『禁じ手?』
『最高神に、どーしようもなくなった時に一回だけ使っていいって言われてるやつがあるの。ファウダーにも馬鹿にならない負担がかかるからできれば使いたくないわね。だから必要そうな状況になるまで言わないでおくわ』
『そうか、分かった』
とても気にはなるが、時間も惜しいし、今まで世話になってきたルミィが嫌がっているのに無理に聞き出したくはないので、俺は素直にうなずいておく。
そうこうしているうちに準備もでき、いよいよ出発となった。
すぐにメリィのナビゲーションが始まる。
『ばれないように窓から脱出。庭の裏手、小屋の隙間に隠し通路があるわ。そこを通って敷地外へ行くわよ』
『了解!』
メリィの指示を受け、その通りに走り出す。マーラとメリィに教わった身体強化術のおかげでマラソン選手もびっくりな速度だ。
『外へ出たら左の路地裏に。その次は…―――』
『おう』
その後もメリィのナビに従ってひたすら走る。人目につかないことを意識しているのか俺の通る道にはただの一人の影も見えなかった。
やがて、たどり着いたのは街の奥の方にあるそれなりに大きな廃屋。世間ではスラム街と呼ばれる場所の端だった。
『気づかれないように中をのぞきましょう。横の割れた窓がいいわ』
『わかった』
言われた通りに廃屋の横にある割れた窓から、出来るだけ気配を決してのぞき込む。その中にはいくつかの人影が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます