はじめてのせんとう

 ガウスが魔物を探し始めて5分程たったとき。彼が勢いよく腕を地面に突っ込んだ。引き上げられた腕には耳の長いウサギが捉えられており、ジタバタと抵抗していた。

 それは確かにゆっくりとこちらに戻ってくるガウスの腕のそれを観察してみれば、確かに普通のウサギとは違う。口から見えるのは齧歯目特有の二本の前歯ではなく、肉食獣のような牙。なにより耳が四つもある。


「これが耳ウサギです、ファウダー様。すぐに見つけられて良かったです」

『そりゃね。私が気づかないようにそこに創ったんだから当然でしょう』


 どうやら、探すのに時間がかかりすぎないようにメリィが気を利かせてくれたらしい。

 どうも、耳ウサギは夜行性で、昼は見つかりにくい魔物とのこと。それなら他の魔物にすればいいのではとおもうが、スライムの次に弱くてこのあたりにいるのは、このウサギだけらしい。


「では、早速戦ってみましょう。危なくなれば即座に割って入りますからファウダー様は思うままにやってみてください。マーラも障壁の用意は問題ないな?」

「もちろんです」


 周りの準備は万端。なら、俺も覚悟を決めてやるべきだろう。安全が保証された戦闘なんてきっとほとんどないのだろうし、この機会は無駄にすべきじゃない。


「いけます」


 そう一言だけ告げて剣を抜く。魔法はダメージを与えられるようなものは覚えていないから、剣だけで倒す。それ以外は考えない。


「わかりました。では、いきますよっ!」

「…っ!」


 始まった。

 俺の準備を見て取ったガウスが耳ウサギを放り投げ、けしかける。

 耳ウサギは唸り、牙を向き、毛を逆立ててこちらを睨んできた。そこからはっきりと伝わる害意にほんの少し体が竦む。

 耳ウサギはその隙を逃さず両足に力を込めて突進の準備を始めた。


『右に避けなさいっ!』

「はっ……くぅっ」


 耳ウサギが飛び出す直前。ルミィの声が響く。そこで漸く俺の体は反応し、右へとびのいた。漫画なんかみたいにかっこいいステップなどではない。ゴロゴロと無様に地面を転がるようにだ。

 擦りむいたのか、体の至るところが痛い。だが、魔物は待ってくれるわけもなく次の突進の構えを取り始めていた。


『すぐ立つ!痛いのは夜の筋トレでなれてるでしょう!立ったら動きを見るの!相手はそんなに速くない。落ち着いてみれば簡単に避けられるはわよ!』


 ルミィの叱咤をうけて立ち上がる。その頃には耳ウサギは二度目の突進の直前だった。


『落ち着いて!よく見て!たとえ相手の攻撃の直前でも焦れば助かるものも助からないわ!』


 その言葉で俺はほんの少し、冷静さを取り戻す。


『軌道は直線。少し速いドッジボールの玉くらいスピードよ』


 ルミィの言うとおり、冷静に見ればそこまで早くない。既に跳び出した耳ウサギを見ながら思う。そこまで見えれば問題ない。それこそドッジボールと同じ。当たらな位置に体を横にずらす。

 勢いよく通り過ぎていくウサギの風圧に鳥肌が立つ。だか、問題ない。体は動く。


『そこまで見えたらあとは簡単よ。動きに合わせて剣を突き出すの』


 三度突進。アドバイスに従い。その動きを読み、軌道のいちに剣を突き出す。

 グジュリ。生々しい感触が剣を通して伝わってくる。


「アギッ………」


 ウサギは数度、足をばたつかせたのちその目と体から力を失った。

 そしてそれは、ずるりと剣から抜け落ち、べしゃりと地面に落ちた後、数秒もしないうちに、スライムと同様の紫色の煙となって消えていった。心なしかスライムよりはその煙は多いように感じた。


「…っ」


 これは、思ったよりキツイ。肉を刺し、命を奪う感触。感じたことのない感覚に腹の底から何かがこみ上げる。寸前でこらえるが、隠しきれるものではない。

 殺人程度じゃ折れない心なんじゃなかったのかよ…。いや、折れないだけでダメージがないわけじゃないってことか。


「お見事です。ファウダー様。初めてとは思えぬ戦いぶりでした。…ですが、今日の訓練はここまでにしましょう」

「おれは、まだ…」

「いえ、ここまでです」


 なぜ止めるのか。魔物狩りはが始まってまだ一時間も立っていない。確かに気分は悪いが、続けられないほどではないというのに。

 しかし、


『ここは素直に聞いときなさい』


 ルミィもガウスの言葉に同意し、周りの護衛たちもガウスの言葉に賛同するように頷いていた。


「魔物とはいえ、生物を殺すというのは想像以上に心に負担がかかりますから。現にファウダー様の手も」

「え…?」


 言われ、視線を落としてみればその手はひどく震えていた。剣もがたつき、気を抜けばすぐにでも落としてしまいそうなほどに。


「誰もが通る道です。ここはガウス殿の言うことを聞いておきましょう」

「…はい」


 護衛の一人にもそう言われ俺はおとなしくうなずいて帰りの馬車に乗り込んだ。こうして、俺の初めての戦闘は幕を閉じた。


――夜――


俺は思うように眠れずにいた。戦闘の興奮がまだ残っているせいか眠気が全く来ない。ルミィたちも気を使って今日は夜練も休みとなった。

困ったな。そう思った瞬間。突然不自然なくらい急に眠気が訪れ、俺はそれに引きずり込まれていった。


「こうして会うのは五年ぶりですねファウダー」


気が付くと俺は転生前にいたあの真っ白い空間の中にいた。目の前には当然ルミィ。金髪に勝気そうな蒼い光を宿したほんの少しの釣り目。まず人間ではお目にかかれないであろうほどにバランスの取れた美貌だ。


「今日は転生の間じゃないから、言葉にしてもらわないと伝わらないわよ」

「そうなのか?」

「ええ」


ルミィの言葉に返事をしながら彼女をジッと見つめる。あの時はいきなりでよく見る時間なんてなかったからな。

…会った時と変わったことといえば表情くらいだな。ニコニコ柔らかい笑顔から、自信に満ちた不敵な感じに。こっちの方があってる気がするよ。


「それで、俺はどうしてここに?」

「眠れないみたいだったから、せめて肉体だけでも休ませるためにあなたの精神を私たちの世界に喚んだのよ。下ではあなたの体は寝てるだけだから安心なさい」

「わかったよ」

「あとは…メリスとの顔合わせと、あなたの心を癒すことね」


彼女はそう笑顔で言った。それは、転生する前に見たものより、遥かに優しくやわらかな笑顔だった。


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