レベルを上げるために

 あれから一週間。昼はマーラと詠唱の練習にガウスと素振りと軽い組手。夜はメリィと魔導書の解読とルミィ監修地獄のブートキャンプを繰り返してきた。

 そんな生活にも慣れが見え始め、今日も今日とて訓練だと桶に溜まった水で顔を洗う。そこには、すでに見慣れた自分の顔があった。父親譲りの茶髪に、それなりに整った顔。…そういえばこの世界に来てから鏡を見たことがないな。いつも水に映る自分の顔しか見たことないや。

庭に出ると、いつもはマーラ一人がすでにそこで待っているのだが、今日はガウスも一緒にいた。そして、いつもは庭の端のほうにいるエリーもすぐ近くに控えていた。


「きょうは二人、なんですか?」

「ええ、ファウダー様の適性もだいぶわかってきましたし、そろそろレベルを上げるために魔物を倒そうと思いまして」


 とガウスは笑顔で言うが、隣のマーラは少し不機嫌そうだった。


「やはり、まだ早いのでは?まだ、ファウダー様も実戦レベルの魔法や武術が使えるわけではないのですから。危険すぎます」

「なに、俺が適当な魔物を見繕って弱ったやつを倒してもらうだけだ。もともと依頼は最終的な目的がレベル上げだったのだし、より深い訓練をするなら肉体的な面で強くなった方いいだろう?何よりあの才能を腐らせるのは惜しい」

「そうかもしれませんが!そうかもしれませんがっ!」


 なるほど…、要はマーラが慎重にすべきといっているけどガウスが依頼を理由にレベル上げを提案したせいで強く反対できないってところだろうか?


『ふーん。ガウスの言ってることは分かるけど、寄生じゃあんまり技術が身につかないんだけどね。何より技量が伸びないわ』

『いや、メリィに魔物用意してもらおうとか言ってた人が何言ってんだよ』

『何よ。そんなの強さを調整できるんだから弱いやつから実際に戦ってもらうにきまってるじゃない。寄生はダメよ。絶対。やっても2,3レベルくらいね』


 抜け出すにしても一応考えはあったのか。疑ってすまんかった。そう伝えれば、別にいいわよ。と軽く返された。

 それはさておき、問題は目の前の二人だ。確かにレベルを上げたいとは言ったが、ルミィの言う通り寄生は嫌だ。特に技量が伸びないのは問題だ。ステータスというか、自分の力を十全に扱うにはそれがなくては始まらない。


「…なら、こうしよう。倒してもらうのは最初の二、三匹だけ。その後はファウダー様の様子を見ながら考えるというのは?」

「だとしても、あまりそういうことをしては今後の実力に影響が出ます」

「それは分かってるさ。だから様子を見る。それで問題ないと判断すれば、俺たちが全力で守りながら弱い魔物と実際に戦ってもらえばいい。それとも、その辺の魔物ですら守りながら戦えないのか?」

「…………戦いに絶対はないんですよ?」

「その時は俺たちで時間を稼ぐ。その間にそこのメイドにファウダー様を担いで逃げてもらえばいい」

「……なら、せめてファウダー様父君の許可をとってください」


 苦虫をかみつぶしたような表情でマーラがそう言うとガウスは笑顔で頷き屋敷へ向かっていった。しばらくして、ガウスと共に父が庭にやってきた。ガウスの表情はとても満足そうにしているのでおそらく要望が通ったのだろう。


「ヘウンデウン子爵子爵様…」

「ああ、マーラ殿。レベル上げの件だが、護衛の兵を連れていくならば問題ない」

「…わかりました。お心遣い感謝します」


 父の言葉にマーラはただ頷く。許可が出た以上はもう何も言えないからだろう。寄生ではないならば、俺もレベリングの事実があることで勝手に上がってるレベルに対する言い訳ができる分、都合がいいところもあるので黙って成り行きを見守る。ルミィたちもそれで問題ないようだ。

 護衛として鎧を着た騎士たちが五名つくようで、万が一もほぼないだろうとのこと。そういうわけで俺たちは馬車に乗って森へと向かうことになった。


 尻の痛くなる馬車に乗ること約一時間。俺たちは森の見える草原までやってきていた。…それにしても本当に尻が痛い。クッションを敷いてもこれだ。いつか腕のいい加工屋に揺れない馬車を造ってもらおう。

 そう決意しながら馬車を降りる。窓から見ていた時も思ったが、本当に何もない。遠くに見える街の壁と、すぐそばの森以外は見渡す限りの草原だ。地平線なんて初めて見たよ俺。


「それでは私が魔物…そうですね原種のスライムを探してまいりますので皆さんはここで」


ガウスがそう言うと護衛の人たち俺を守れる立ち位置で待機し始め、ガウスは少し離れた位置で足元を探り始めた。しばらくして、ガウスが戻ってくる。その手には青い半透明のゲルみたいなものが二つ持たれていた。アレがスライムなのだろう。


「まずはこれを倒してもらいます。まあ、魔物の中では最弱ですし、弱点も真ん中の核とわかりやすいうえ、攻撃も転がって体当たりする程度。それも殆ど威力がありませんから安心して倒してください。まずはこれで魔物を倒すという感覚を覚えましょう」


そう言って足元に置かれたスライム。それはふるふる震えていて中に丸い核のようなものが見える。俺はそれに向かって手に持っていた剣を振り下ろした。もちろん。今回は実戦なので木剣ではなく本物の剣だ。

それはすんなりとスライムの体に入り込み中心にあった核を二つに割った。途端ふわりと紫色の霧のようなものが現れ、スライムは溶けるように消えていった。あとには、斬り裂いたはずの核が綺麗な球の形で残っていた。


「ほ、ほんとに消えた…」

「はっはっはっ、魔物とはそういうものです。いつの間にか現れ、人を襲う世界の害悪ともいうべき存在。倒すと体の一部を残して消えてしまう。いまだ、存在する理由の分からないものです。さ、もう一匹もやりましょう」

「は、はい」


促され、俺はもう一度スライムに剣を突き刺す。やはり、剣はほとんど抵抗もなくスライムの核に到達しあっさりと斃されていった。確かに弱い。弱いしはじめてにはちょうどいいんだろうが、


『何というか弱い者いじめみたいで罪悪感がすごいな』

『ま、それは最弱の魔物だしね。一応、何でも食べるから街でも利用されるくらいには弱くて安全よ。その代わり進化したらものすごく強い個体になることもあるけど。まあ、街にあるものじゃ進化はできないわね。そうなるように創ったし』

『魔物って利用できるのかよ…』

『弱いやつならだれでもね。何ならてゲームみたいにテイマーなんても職業もあるわよ。ファウダーなら頑張ればできるでしょうし、挑戦してみたら?』

『機会があったらな』


そんな、メリスの解説を受けながら倒したスライムの消えていくのを眺めているとガウスが近づいてきた。


「ふむ…見たところ、精神的に問題なさそうですな。でしたら、今度は一つ上。四つ耳ウサギを相手にしてみましょう。こちらも、致命的な攻撃は持っていませんし、体当たりも少し痛い程度ですから、問題ないでしょう」

「わかりました」


少なくともスライムではない事に安堵しながら頷く。ちょっとスライムは弱すぎて罪悪感がすごかったからな、よく見たらちょっとかわいいし。護衛やエリー達も問題なさそうだったので、ガウスは再び少し離れて魔物を探しに行った。


『今度のウサギはちゃんと攻撃してくるから注意しなさいよ』


ガウスを待つ間ルミィがそう呼びかける。

なるほど、次は本格的な戦闘になってくるわけか。楽しみではあるが、同時に怖くもある。うまく動けるといいが。


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