魔導書

 次の日。俺は寝不足と筋肉痛でふらふらしながら魔法の勉強のためにマーラのもとへ向かった。

 寝不足はともかく、筋肉痛がヤバい。何をしても全身に痛みが走る。昨日の筋トレと夢中になった素振りのせいだろう。

 家族にもこの状態を見られたが、庭を走り回ってる俺でもなるのかと意外そうにしてはいたものの、誰もが通る道だと笑って流していた。


「おはようございます、ファウダー様。…どうも顔色が悪いようですがどうかなさいましたか?」

「あはは…きんにくつうが」

「ああ、そういう事でしたか。でしたら仕方ありませんね。今日の授業はあまり動かずにできるものにしましょう」


 納得した表情のマーラはそう言って一冊の本を取り出した。水色に幾何学模様がいくつも描かれた装丁をしている。魔法の授業で本か。これはもしや…


「これは魔導書と呼ばれるものです。この水色ですので中には水に関する魔法についていくつも書かれています。今日はそれを見ながら、その中の簡単な魔法に挑戦してみましょう」

「おおっ!」


 やっぱり魔導書だった!それっぽい雰囲気もあるしすごく楽しみだ。

 憧れた魔法に関する本と、それに対して挑戦できることに興奮する。早速本を開いて中身を確認する。


 ……なんだこれ?


「読めない…」


 文字らしきものは書いてあるんだがさっぱり理解できない。一応、この世界に来てからルミィにひと通りこの世界の文字は教えてもらったんだが、これは見たことがない。


「ふふふ。焦らなくとも大丈夫ですよ。それは魔法文字。読めないのが普通です。翻訳用の本も渡しますから一緒に読んでいきましょう」

『ま、そうなるわよね。魔法を始めるならそれが一番いいでしょうし、今晩にでも本格的に教えてあげるから、今のところはゆっくり読んでみるといいわ』

「わかりました」


 メリス先生のお墨付きももらったので、いつの間にか用意されていたテーブルセットの椅子に座り、マーラと共に読み進める。

 知らない文字一つ一つをマーラの助言を聞きながら調べ、内容を解読すること二時間。それだけやってようやく見開き一ページ分を解読できた。

 書いてあった魔法は二つ。〈水生成〉と〈水操作〉だ。水を造り、水を扱う。どちらも水の魔法を扱うにあたって基礎となるものらしい。


「読むのはここまでにしておきましょう。詠唱の部分も読み解けましたし、実際に挑戦してみましょう」

「はい!!」


 筋肉痛も忘れ、さっと立ち上がって庭の広い部分へ移動する。ついに俺が魔法を使う時がやってきたのだ。


「では、〈水生成〉からやっていきましょう。魔法文字書いてあった通りに詠唱してくださいね」

「はい」


 詠唱。本によれば本来魔法に詠唱は必要ないそうだ。ただ、いきなりそれをするのは難しい。だからこそ生み出されたのが詠唱。魔法に必要な術式を規格化し既定の魔力で一定の結果をもたらすものだ。もちろん魔導書が魔法文字で書かれているように、詠唱にも特殊な言語、魔導言語と呼ばれるものが必要になる。それを正確に唱えることで魔法が発動する…らしい。

 何はともあれ、まずは実践だ。


「いきます。〈水よ、魔力を糧に、湧き〉出せ…あれ?」

「最後の発音が惜しいですね。もう一度行ってみましょう。〈水よ、魔力を糧に、湧き出せ〉ですよ」


 失敗した。どうやら俺の発音がおかしかったらしい。マーラがお手本の発音を聞いて、もう一度挑戦する。


「〈水よ、〉魔〈力を糧〉に、〈湧きだせ〉・・・っ」

「今度は真ん中の節が、ちょっと遅いですね」


 なかなか難しいなコレ。コツとかないんだろうか?そう思ってメリィに聞いてみたが、


『それは慣れよ。ファウダーが頑張るしかないわね』


 とのこと。昨日のような助言はできないようなので、ただひたすら同じ言葉を繰り返す。何度もお手本の発音を聞かせてもらいながら、それを必死に真似すること一時間。


「〈水よ、魔力を糧に、湧き出せ〉」


 ジワリと魔力が動く感触。直後、掌から水が湧き出した。


「……っ~~!!でたっ!!でたよっ!!みずがでたっ!!」


 ちょろちょろと細い水道程度の量。それもすぐに止まってしまった。だが、それでも水は出た。俺が魔法を使って水を生み出したのだ。


「フフッ。初めての魔法の成功。おめでとうございます。気分はどうですか?」

「さいこう!」

『おめでとうファウダー』

『これであなたもちゃんと魔法士の一人よ。やったわね』


 歓喜する俺にほほえまし気に近づいてきたマーラにそう答える。女神たちも、祝福してくれていた。何となく彼女たちもマーラと同じような表情をしているような気がした。


「では、今日は今の感覚を忘れないうちに、何度も繰り返しましょう。今の魔法であれば、魔力切れになることはほとんどありませんから」

「はいっ!」


 それから、俺は時間の許す限りその〈水生成〉を練習した。授業の終わるころには、水生成の詠唱はほとんど失敗しないくらいには上達することができた。


「この魔導書と翻訳書は差し上げます。時間のある時にでも読んでみてください」

「ありがとうございます!!」


 最後にマーラは魔導書を俺にくれた。それだけで俺のテンションは爆上がりだ。心の底からの感謝を口にすれば、マーラは笑顔で頷いていた。

 こうしてこの日の魔法の授業は終わりを迎えた。ちなみに、午後の剣術はマーラが折れの状態をガウスに伝えてくれたらしく休みとなった。

 屋敷にやってきた際、


「無理をしても体を壊すだけですからな。特にファウダー様ほどの才能を失うのは世界の損失です。今日はゆっくりとお休みください。明日、また訓練をいたしましょう」


 と笑顔で言って帰っていった。ガウスは指導としてはルミィには及ばないのかもしれないが、根性論ではなくしっかりと体調を見て訓練を決める人のようでそこは信頼できる。と、ルミィが評価していた。

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