女神は待てない

 次の日朝食を終えた頃にマーラたちがやってきた。聞くところによると午前に魔法を、午後に剣術の授業を行うらしい。

 準備自体は既に終わっているということで早速庭へ。


「それでは早速始めていきましょう」

「はい!」


 ウキウキ気分で返事をする。夢にまで見た魔法。それを使えるときが来るなんて思わなかったよ。


「魔法を使うにはまず魔力を知覚しなければなりません。今日はその知覚からやっていきますね」

「ちかく?」


 どうやら魔法の名前を言えばドカーンと効果が発揮されるわけではないらしい。


『そりゃそうでしょ。ゲームじゃないんだから。流石に私もそこまで魔法を簡略化できないわよ。できてもしないけど』


 首をかしげているとメリィから呆れたように言われてしまった。どうも、あんまり簡略化すれば戦争が増えて処理がめんどくさくなるそうだ。まあ。せっかく作った世界がめちゃくちゃになったらいやだもんな。仕方ない。


「はい。知覚です。魔力がどこにあるか、どんなふうに動いているかを感覚で分かるようにします。私がファウダー様に魔力を流し込みますから、自分の中で何かが動いている感触を探してください」

「わかりました」


 マーラはそう言うと俺に手を差し出した。多分握れってことなんだろう。とにかく魔法を使って視たい俺は迷うことなくその手をつかんだ。

 その行動にマーラは一瞬だけ目を見開いたが、魔力を知覚することに必死になっていた俺は大して気にすることもなく、次の行動を待った。


「で、では始めますね。わかりやすくするために私が魔力を流している間は袖についている玉が光るようになっていますから、そちらを見ながら魔力を探してください」

「はい」


 頷きながら袖のほうに視線を向ければ確かに透明な玉が三つほどついていた。これが光るらしい。


「準備はいいですか?」

「うん!」

「では…行きます」


 マーラの合図から間もなく袖の玉が青白く光始める。が、腕に何かが動く感触どころか違和感すら感じられない。…本当に魔力ってやつが流れてるんだろうか


『…何というか、修行パートって読む分には面白いですけど、見てるとひどくつまらないわ』

『そう、ね。こういうところは巻きで行くべきよ、巻きで』


 おい。俺だって必死にやってんだからそんなこと言うんじゃない。魔力を感じられずに困惑している俺を見て言う女神たちに心の中でそう突っ込む。…それにしてもほんとに何にも感じられん。


「最初は何も感じられないのが普通ですから安心してくださいね。根気よくやっていれば必ずわかるようになりますから。私もわかるようになるまで、一か月はかかりましたよ」


 何も感じ取れずない俺の不安を読み取ったのかそう安心させるようにマーラが言う。その気遣いはうれしいけど、一か月もかかるのかよ。ただスタートラインに立つだけなのに。そんなに我慢できるか?女神が。というか俺もキツイ。せっかく異世界で魔法なんてものがあるのに目の前にぶら下げられたまま最低でも一か月お預けとか、禿げる自信がある。修行というか努力が大事なのはわかるんだがな…なんかヒントくらいは欲しい。


『はぁ!?一か月ですって!?待てるわけないじゃない!待ちくたびれてカビが生えちゃうわよ!』

『そうね。そもそもこの人間も教え方が雑すぎるし、埒が明かないわ。コツを教えてあげるからちゃっちゃと習得しちゃって。具体的には五分以内に』

『短すぎません!?』

『つべこべ言わずにやるの!というかできないと困るわ。せっかく厳選した意味がないじゃない。出来たらそのまま操作もできるようにするからね』

『無茶だろ!?』


 メリィの理不尽な命令に抗議するが、全く聞き入れてもらえない。コツを教えてくれるのは素直にありがたいんだけどな…。


『いい?まず魔力は基本体の中で流れ続けてるの。そしてその魔力が体内で一番多く含まれているのは血よ』

『血?ってことは』

『そ、腕全体とか血管とかまどろっこしいことなんてせず心臓を意識なさい。目を瞑って、体より冷たいのに焼けるような妙な感触があるはずよ。どういうわけか、この世界の人間たちは気づいてないけどね』


 確かにメリィの言うやつのほうがイメージがしやすい。それに魔力の感触もわかったのもかなりありがたい。こういう時はやっぱり女神なんだなって感じるな。

 言われた通り目を瞑って、腕ではなく自分の心臓に意識を向ける。その中にあるはずの別の感触を求めて、深く集中した。


『体の中で一番心臓に魔力がある。少し意識すればすぐにわかるはずよ。鼓動に合わせて流れ出している魔力が』


 メリィのアドバイスを聞きながらそれを探す。しばらくそれを続けていたところで、それを見つけた。


『…っ!これか?』

『おめでとう。それが魔力よ』


ドクンドクンと脈打つ心臓に合わせて氷のようで熱いなんとも形容しがたい感触が同じ場所からあふれ出している。これが魔力か。


『時間は四分半ね。ぎりぎりね』

『カウントしてたのかよ…。でもまあありがとな。おかげですぐ見つかったよ』

『どういたしまして。じゃあ次は操作ね』

『おうっ』


 もうこれ魔法に関しちゃ家庭教師なんていらないんじゃね。とりあえず受けるポーズはしておいて夜にでももっと詳しく教えてもらおう。せっかく来てくれたマーラさんには悪いけど。魔法の魅力には勝てん。


『むううううううううっ』

『おわっ。な、なんだよルミィ』


 魔力を知覚しさあ次へといったところでルミィの唸り声が頭に響く。物凄く不機嫌そうだ。


『ずるいわ!メリィばっかり教えて。私も教えたいのに!』

『はぁ?あんたが魔力関連を教えたところで誰も理解できるわけ無いでしょ。神界でも有名よ?』

『そんなことないわよ!ちゃんとわかりやすくできるわ!』

『……そう。なら聞いておくわ。次の魔力操作ルミィはどう説明するつもりなの?』

『なんでそんな簡単なこと聞くのよ』

『いいから言ってみなさい』


 なんだか不穏な言葉が聞こえたが教えてくれるならありがたい。ただ、教えるならできるだけ早く頼む。このままじゃ俺は目を瞑って女の人の手を握り続けるただの変態だ。


『なんか気に喰わないけど、まあいいわ。いい?ファウダーよく聞くのよ』

『おう』


 なんだかんだ言ったって一緒に何年も過ごしてきたんだ。多少分かりにくくても何とかなるはずさ。


『魔力を扱うにはね』

『扱うには?』

『体をぐっとして、ぎゅるんぎゅるんってするのよ!どう、わかりやすいでしょ?早速やってみて!』


 …時が止まった。

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