anotherEND.待ってやった
俺がここに来てからどれくらい経っただろう。月日が流れるのは早いなと青空を見上げてみた。
ここに来た当初は絶望しまくっていたただのガキで、毎日どう生きていけばいいのかわからなかった。そこをアリステアに救われて、そして親子となった。それから色々あったけれど、あのとんでもない嵐が去ってから約三年。俺は十九歳になっていた。
あいつ元気でやってるかな、と思うことはない。うざったいほど手紙が来るからだ。すべてに返信するのが面倒になって二年目辺りになると読むだけにしている。だというのに俺からの返信がなくても一方的に送られてくる手紙に、あいつ暇かよと思ったことも多々あった。
まぁ暇だなんてことはないんだろうけど。手紙にはちょくちょく何をやっているのか書かれていたし、字がグニャグニャになっていた時は「疲れてんなら寝ろよ」とツッコんだぐらいだ。
「しかしテオがここまで大きくなるたぁなぁ」
「それここんとこずっと聞いてるよ、おっちゃん」
「年寄は何回でも同じこと言うんだよ」
俺は今おっちゃんとこの畑の手伝いに来ていた。息子さんは今首都のほうに取引をしに行っているそうだ。人手があったほうが助かるっていうことだったからせっせと畑を耕していた。
「しかもどんどん男前になって……年々ライラックに似てきてるな」
「誰も父様に似てるって言わねぇのな」
「そりゃアリステア様は綺麗な顔だからな」
成長するにつれ周囲は父上に似てきたって言うもんだから、俺も俺でちょっと複雑な気持ちだった。別に嬉しくないってわけじゃないけど、父様要素が少なすぎて「ライラックに似ている」と言われる度に父様の顔がしょんぼりする。
「わ、私に似てるところだってあるでしょ……」
正直に言って、俺も父上よりも父様のほうが好きだからそう言われるととても居た堪れない気持ちになる。でもこればかりはどうすることもできないというか、俺と父様の共通点ってわりと少なくて似るのは難しいかもしれない。
しょんぼりする父様をなんとかフォローしようとしたけれど、そこでしれっとサッと父様の隣に現れたのは父上だ。本当に抜かりない。「そんなことはない、似ているところもあるよ」と口にしながらその腰を抱き寄せている手はなんだとジト目で眺める。
まぁ、俺が成長しても二人の仲は相変わらずだ。少しは落ち着くかと思ったけど相変わらず惚気ける。一応二人とも人前では多少控えているようだけれど、子の前だとマジで控えない。主に父上のほうが。子どもの頃こそ悔しく思ったそれも今となっては胸焼けだ。いち早く二人の前から去るに限る。
「ああそうだテオ。これが終わったらアマンダの婆さんの手伝いに行ってくれよ」
「そういや教会ではしゃいで腰やったんだって?」
「そうなんだよ。新婦二人のことずっと気にかけて面倒見てたから式挙げた時にテンションも上がっちまったみたいでね」
「元気だな、アマンダさんも」
この村の教会には相変わらず神官は派遣されていない。そこまで必要性も感じないし教会は今や挙式やただの憩いの場となっていて、挙式の際もさっき言っていたアマンダさんが張り切って神官の代わりをやっているから問題ない。最近じゃアマンダさんの代わりを受け持つ人だって出てきているぐらいだ。
畑仕事の手伝いを終えた俺はおっちゃんと別れてアマンダさんの家に向かった。孫娘が戻ってきたって喜んでいたけど、その孫娘は村の青年と結婚してそっちに住まいを移している。本当は腰をやったアマンダさんの手伝いをしたいらしいけれど、身重だから安静にしていたほうがいいと周りで説得して二人の新居でゆっくりしてもらっている。
「アマンダさん、腰大丈夫か?」
「ああテオ……私も歳かねぇ。まさかあの程度で腰をやるなんざ」
歳も何も俺がこの村に来た時はもうすっかりいい歳に……と口に出しそうになったところを直前で飲み込む。女性に正直に歳の話をしたら駄目だろうな。
父様が作った塗り薬をアマンダさんの腰に塗って、服に薬が付かないようペタリとガーゼを張る。あとは軽く肩を揉み解したり軽く家事の手伝いをする。
「ありがとうねぇテオ。そういうところアリちゃんとそっくりだよ」
「本当に? ここんとこずっと父上に似てるってばかり言われててさ、父様が落ち込んでいたんだよ」
「この村に来た時はあれだけ捻くれやんちゃ坊やだったっていうのに」
「……そこまで言う?」
腰が痛いから食事を作るのも大変だろうと思って軽食を作った俺は、アマンダさんの前に盛り付けた皿を置いた。ついでに「二人分だよ」と言われていたから自分の分も作って一緒に食事を摂る。
「ところでテオ。アンタは挙式の予定はないのかい?」
「あ~……今のところは」
「もったいないねぇ。最近村の子たちはアンタがいつ結婚するのか気が気じゃないっていうのに。告白だってたくさんされただろう?」
「まぁ……」
確かに成長するにつれ、そういうのが増えたといえば増えた。驚いたのが子どもの頃一緒に遊んでいた子から言われたことだ。いつの間にそういう対象になったのかと驚いたし、そうして変化していくのが普通なのかと思いもした。変化しなかった俺のほうがおかしかったのかもしれない。
ただありがたいことに色んな人からそういう好意を向けてもらったけど、どうにも、こう、面倒なのが頭の端にいて。なんだか記憶の中のそいつがギャンギャン言っているような気がして結局ここまで来ている。
「追々かな」
「式の時は呼んでおくれよ。あたしがちゃーんと祝詞言ってあげるから。アリちゃんとライくんの時だってあたしが言ったんだよ?」
「わかってるよ。ただその時まで腰治しておいてくれよ?」
ついでに俺の時にまで腰をやらないでくれと付け加えれば、胸を張ったアマンダさんが「任せな!」って言ってくれたけど。胸を張った時に腰も伸ばしたもんだから、バキッと嫌な音が聞こえた。
治るまで安静にしておくこと、とアマンダさんに念を押した俺は一先ず屋敷に戻ることにした。父様のように村の人たちの手伝いをするようになったものの、俺にはまだまだ学ぶことが多い。ディーンとフィンにもまだ剣術を教わりたいし、自分の跡を息子に任せた執事のグレイソンが休暇でこっちに来ている。ここにいる間に色々と教わりたいことがある。
村の景色を眺めながら歩いていると、ふと丘の上にある一本の樹が視界に入った。あの樹には小さい頃本当に世話になった。俺の逃げる場所であったし、アリステアが見つけてくれた場所だ。
あれから色んなことがあったなと小さく口角を上げた。あの時は自分がこうなるとは思いもしなかった。ただ生きる理由を見つけられなくて。死んだように生きていたかもしれない。
「――! ……ーっ!」
本当に、何度も何度も思っていることだが二人には感謝してもしきれない。二人がいるからこそ、俺も今こうしてここに立っていられる。
「おーい!」
あとでまたあの丘にある樹の下に行けば、また感慨深いものがあるかもしれない。
「おーい! おーいってばー!」
さっきから聞こえてんだよ敢えて気にしないようにしていたっていうのに。振り向くことなくそのまま屋敷に向かって歩き出そうとすれば、背後から聞こえてくる声が更に大きくなってしかも駆けている足音すら聞こえてきた。
「テーオー!」
「うるっせぇな!」
「やっと振り向いてくれた!」
振り返った瞬間、俺の負けは確定していた。わかっていたっていうのにあまりにもしつこかったものだから振り向いてしまった。頭の中で自分の顔を殴打しつつ、こっちに駆け寄ってくる姿を見つめる。
「ごめんね遅くなっちゃって! 久しぶりね! ……わぁ、三年の間に、またたくましくなっちゃって……美味しそうな肉体」
「うるせぇ聞こえてんぞ。っていうかお前、服どうしたんだ?」
三年の間手紙は送っていたものの、一切姿を見せなかった奴との久しぶりの再会だった。ただその再会が俺が予想していたものと少しだけ違っていて小さく首を傾げた。
長い髪は相変わらずだが綺麗に整えているというよりも、後ろの高い位置でひと括りにされている。着ている服だって、更にすごいものになっていると思っていたのに。
「ああ、お母様が『家を出るならすべて置いていけ』って言うものだから。泣く泣く置いてきたのよ。我が家はケチ……ではなくて。倹約家だから」
「うちだってそうだ」
「多分私が揃えていたドレスはまた次の子に渡すか、資金源にするつもりかのどちらかね」
「だからその質素な格好か」
「質素でも私の美しさは霞むことはないわ」
「自分で言うか」
「だって自覚があるもの」
三年経っても奴は相変わらずだった。まぁそんな簡単に変わることはないか、と一度息を吐きだして再び屋敷に向かって歩き出す。然も当たり前のように隣に並び立った奴は一緒に歩き出した。
「ねぇテオ。ちゃんと待っていてくれた?」
隣から顔を覗き込んだ奴に対してピタリと足を止め、横目で視線を向ける。これで「待っていない」って言ったらきっとこいつ暴れるんだろうなと思いつつ。
「俺に感謝しろよ」
「……テオ! ならこれ!」
「なんだ?」
持っていたトランクから何かを取り出した奴は、ぴらっとこっちにそれを向けてきた。
「婚約の書類。二人分の署名は私がちゃんと書いておいたから、あとはテオが判を押すだけ」
「用意周到かよ」
よくよく見てみるとその書類はちゃんとしたものだし、一番下にはクレヴァー家の姓がなくなっている奴の名前と俺の名前が書かれていた。ちなみに奴の名前の隣にはしっかりと判が押されている。
「この紙燃やしていいか?」
「いいわよ? 予備はたくさんあるから」
「クッ……!」
「うっふふ! 今更逃すわけないじゃない!」
俺をからかうような、ムカつく笑顔は変わっていない。息を短く吐き出した俺は目の前の無駄に綺麗な顔を睨みつけた。
「しっかり持ってろ」
「え?」
取りあえずその紙は奴に持たせることにして、持っていたナイフで親指を軽く切る。ピリッとした痛みが走ったが大したものでもないため気にすることなく、じわりと血が滲んできた指を例の紙の上に押し付ける。
「ほらよ」
血判でも受理されるはずだとナイフをしまって親指に布を巻いた。
「……テオ」
「なんだよ」
「君の笑顔は、私が必ず守るから」
思わず目を丸くして何度か瞬きを繰り返す。そして真面目な顔をしているセーレを見てプッと思わず吹き出してしまった。何を今更。
「お前の綺麗な顔は俺が守ってやるよ」
「あははっ、なにそれ。最高」
再び歩き出せばセーレが俺の腕に抱きついてきた。少し邪魔だったもんだから思わず投げ飛ばせば「今日からバトル再開?」とセーレは笑い、俺もそれにつられて笑ってしまった。
アマンダさんに祝辞をお願いする時は、案外すぐに来そうだ。
婚約破棄を望みます みけねこ @calico22
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