another3.反撃した

「うーん、セーレ。仲良くしたいのはいいけどちゃんと相手の同意も得ようね?」

「無理矢理はよくないぞ」

「はい、ごめんなさい……アリステア様、ライラック様」

「まずは俺に謝れよ!」

 深夜だというのにバカでかい音がしたものだからどうやら屋敷にいた人間は全員起きてしまったらしい。俺の部屋からだとわかった父様と父上はいち早く駆けつけてくれて、そんで目の前に広がる光景に二人とも一瞬だけピタリと止まった。

「助けてぇー!」

 必死に助けを求める俺に、まだ俺の上に覆いかぶさる奴に、そいつを必死にどかそうとしてくれてるノラ。もうカオスだ。ただ二人には俺の必死さが伝わったようで一先ずあいつを俺からベリッと剥がしてくれた。

 取りあえず深夜だし、俺の部屋には踏み入れないことを約束させて話し合いが翌日ということになった。いやあいついつまた部屋に侵入してくるかわかんねぇし。冷や汗流しながら心臓バクバク言わせている俺が可哀想に思えてきたのか、見張りとしてノラを置いといてくれた。おかげで睡眠を取れたといえば取れたんだけど。

 んで、翌日朝食で早速昨日の話し合いだ。父二人はやりすぎたあいつに小言をこぼし、あいつの肩はシュンと落ち込んでいる。そこだけ見たらちゃんと反省しているように見えるけど、こいつ未だに俺に何一つ謝罪してねぇからな。

「おい、俺に謝れよ」

 食事も終えて仕事がある父二人はすぐに部屋を出ていったけど、残ったそいつにそう声をかけてみたらだ。さっきまでしょんぼりしていたくせにキョトンとした顔を向けてきやがった。

「なんで?」

「本気で言ってんのか?! 俺に襲いかかってきたこと謝れ!」

「だって悪いと思ってないもの」

「……はぁっ?!」

 正気かこいつと声を更に荒らげようとしたら、急に襟元を引っ張られて前のめりになる。ふと気付くとあいつの顔がすぐ目の前にあった。

「油断するほうが悪いの」

 耳元に息がかかってゾワッと鳥肌が立つ。こいつは俺の鳥肌を立たせる天才か。耳を手で押さえつつ急いで身体を起こせば、にんまりと笑う顔がこっちを向く。

「かぁわいい」

 うっとりにんまりする顔に、もうこいつ言葉通じない人間なんだなと俺の中で確定した。こんな人間と出会うのは初めてだし対処法もわからん。取りあえず逃げたほうがいいとだけはわかったから、俺は急いで気付けば二人きりの空間になっているこの場から脱走した。

 それからまた隙きあらば襲いかかってくるかと身構えていたものの、意外にも奴は襲いかかってこなかった。なんだか肩透かしだ、いつ来るかわからなくてビクビクしていたのが無駄のように感じて一気に身体の力が抜けた。鍛錬や勉強の邪魔をしないのであればそれでいいか、とすら思うようになっていた。

 だが、俺の考えはどうも甘かったようで。本番は日が暮れてからだった。

「だーかーらー! 人の部屋に忍び込むな!」

「だってテオが隙だらけだからぁ」

「鍵かけてただろ?!」

「鍵なんて開ければいいだけの話でしょ?」

 スッと持ち出された針金を急いで奪い取ってみたものの、こいつのことだから予備の針金ぐらい持っているはずだ。というか針金の補充なんて普通にできる。くそ、鍵すら役に立たないとはどういうことだ。

 とかなんとか思っていたら間近で気配を感じ、向こうが何かをする前に思わずネグリジェを掴んでしまった。

「やめろーッ!」

「うわぁっ?!」

 危ないもう少しでキスされるところだった。いきなり放り投げたものだから向こうも目を丸くしてる。ってか思いきり投げ飛ばしたけどネグリジェが破れなくてよかった。弁償ものだったら父二人に土下座しなきゃいけないところだった。

「……投げ飛ばされるなんて、初めて」

「ちゃんとベッドの上だぞ」

「……もう、そういうとこ」

「はぁ?」

 俺がベッドに投げ飛ばしたけど、だからって人のベッドの上で堂々と大の字になるのはどうか。しかも退く素振りも見せず、声もかけてみたけど寝転がったままだ。短い息を吐き出して俺も空いているところに仰向けに倒れ込む。

「なんで俺なんだよ。社交界のことはよくわかんねぇけど、顔がいい奴なんてたくさんいるだろ?」

 それこそ父様のように綺麗な顔もいれば、父上みたいに……まぁ口にするのは悔しいけど、格好良い奴だっている。それにこいつの母親であり父様の姉でもある人も、性格は一先ず置いといて、見目麗しい人だ。一方俺は庶民出身ということもあって平々凡々。

 肩肘を立ててごろんと奴のほうを向いてみると、同じように向こうもこっちにごろんと身体の向きを変えてきた。

「ってかさ、元から同性が好きなのか?」

「別に私は性別は気にしないわ」

「すげーな。お前全人類を愛せる可能性秘めてんのかよ」

「流石に好みの年齢があるからそこは狭まるけど?」

 奴曰く、同年代ぐらいのお歳が好みなんだと。赤ちゃんからじいちゃんばあちゃんまでとなったら流石に守備範囲が広すぎるかと変に納得した。

「確かに社交界に出る人間は結構顔は整っているわよ。でもね、正直に言って令嬢より私のほうが綺麗なのよ」

「自分で言うか」

「もちろん。私だって毎日美に磨きをかけているんだから。でも令嬢より顔が美しいせいで彼女たちから向けられる感情は好意よりも妬みのほうが大きくって……それだと発展しないわよねぇ」

「なるほど……?」

 そういうもんなのか? と首を傾げつつ、そっち方面は父様が苦手な分俺も積極的に関わろうとはしていないため、社交界によく顔を出しているこいつの言い分は恐らく正しいんだろうと納得する。

「一方男性からはよく声をかけられるわ。それもそうよね、私綺麗だから」

「さっきも言ったけど、自分で言うか」

「さっきも言ったけれど、もちろん。でもね、男って愚かよねって思うのよ」

「俺もお前も男だけどな」

「語弊があったわね。ああいう場で声をかけてくる鼻につく男は愚かなのよ。私のこと散々美しいだと綺麗だの褒めていたくせに、いざ二人きりになって素肌をさらけ出したらどんな反応をしたと思う? 顔を引き攣らせるのよ」

 いやこいつ実は相当経験豊富だな? と思ったものの口を出さずに黙って耳を傾けることにした。

「ああいう奴らが見ているのは所詮外見だけ。私を見てくれようとはしてくれない――でも、テオは違った」

「……俺?」

「そう。初めて会った時から、私のこと否定しないで受け止めてくれてる」

 そうだったかと首を傾げる。別に当人が何を好んでどうなりたいかなんて、そんなの好き勝手にやればいい。あ、人に迷惑をかけない程度で。でも別にそれは優しさから来るもんじゃなくて、多分ただ単に俺が他人に興味がないからだ。

 なんだかいい感じ風に言ってくれてるけど、こいつが描いている俺って一体どんな人間になってんだと少しだけ眉間に皺を寄せてしまった。

「いやだからって、押し倒すのは違ぇだろ。駄目だろ」

「だって……テオの困ってる顔とか焦ってる顔見てると、キュンと来るの」

「やめろよな。てかさぁ、そんなんだと別に普通の友達でよくね? 友達にならなるよ」

「えー、嫌よ。さっきも言ったでしょ? 普段とは違う表情を見たらキュンキュンするんだって。わかる? ときめくの」

「……わかんねぇ」

「もう~。テオは誰かに恋したことないの? 村でも同じ年頃の女の子いるでしょ?」

 言われてちょっと思い返そうと天井を見つめる。とはいってもこの村に来た当初の俺はボロボロだったしそんなこと考える余裕もなかった。その後父様のおかげもあって村の同年代の子たちと遊ぶようになったけど、確かに女の子はいたけどときめいたりすることはなかった。

 ってか誰かを好きだと思ったのは……父様以外でいつぶりだろうかと記憶を遡ってみたら、この村に来る前だった。

「うーん……好きになったのは、まだこの村に来る前で……近所の綺麗なお姉さんだったな」

「もうやだ~! 想像できる! 小さい子が綺麗なお姉さんに憧れを抱く的なことね?! テオっぽい! やだかわいい~!」

「うっせぇ! 可愛い言うな!」

 ベッドの上のシーツを思いっきり引っ張ってやれば向こうの身体がズルッと滑ってベッドから落ちそうになる。っていうのにすっげぇキャッキャしてて何をそんなにテンション上げてんだと思わず引いてしまった。

 一通り足をバタバタしたかと思うと、もう一度ベッドに飛び込んだそいつはどこまでも楽しそうだ。

「村の子たちは魅力的じゃなかった?」

「っていうか、なんだろうな……一緒に遊んでて、そういうのよりも寧ろ『仲間』って感じが強いかな」

 そもそもそんなことを考える余裕がなかったと小さくこぼせば、無駄に綺麗な目がじっとこっちを向く。

「俺がこうしていられんのも二人のおかげだし、足引っ張らねぇようにって必死だったからな。まぁ、それは今もだけど」

「……」

「……その顔やめろ」

「キュンときた」

「お前のキュンポイントがわかんねぇわ」

 溜め息を吐いて一度目をつぶる。こいつがここに来て騒いでいる毎日で、なんだかいつもより疲れた。もう一度、ふぅ、と息を吐き出してカッと目を開けて急いで手を動かす。

「隙きあらば襲ってくるな!」

「あら残念。でも隙きを見せるほうが悪いって私何度も言ってるよね? なんでそう隙だらけなの? 心配になっちゃうよ」

「なんで自室なのに常に警戒しなきゃなんねぇんだよ」

「え~?」

 いつの間にか俺の上にのっそりと乗り上がってるそいつはそのまま体重を乗せて動きを封じてきた。これは流石に俺は馬鹿かと自分でも思った。油断しすぎだ。左手で俺の腕を拘束し、残った右手は怪しい動きをしている。相変わらず綺麗な面をしているくせに、こういう時はギラギラと男の目になるんだなとどこか冷静な頭で思いつつ。

「ぅおぉらッ!」

「いたーッ?!」

 身体を弾き飛ばした俺はそのままその腕を取って足を交差して、そのままギリギリと締め上げる。

「いたたたたっ! こんな綺麗な顔に関節技なんて決める?!」

「ハッ、何度も男を組み敷くお前に言われたかねぇわ」

 まだ華奢な身体なら俺だってそれなりに手加減をするけど、こいつ見た目に反してわりと力強いから。だから俺だって手加減をする理由がないってことで。

 何度も何度もお前のせいで悲鳴あげてたまるかと、今までの恨みを晴らすかのようにこいつの悲鳴を上げさせてやった。

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