after6.いくつになっても変わらない

 今の俺には父親が二人いる。一人は腹が立つけれど顔はよくって意外にもなんでもできる父上だ。実家から勘当された身のくせに貴族としての知識、所作、どれをとっても完璧で尚且顔も完璧とか本当に腹が立つなとしか思えない。ただ、一応尊敬もしている。それができるまで一体どれほどの努力をしてきたのか今の俺にはわからない。

 もう一人は社交の場が大の苦手の父様だ。こちらも所作が綺麗、というか美しくてそもそも顔も綺麗だ。優しくて怒るところをあまり見ない。いつもにこにこしていてとても包容力がある。ただ昔、俺がまだ二人の子どもになる前に盗賊相手に一人で立ち向かった勇敢さも持ち合わせている。

 俺の実の父親と母親は事故で亡くした。二人とも俺を愛してくれていて、それをわかっていたから当時のショックは凄まじいものだった。周りがすべて敵に見えたし、俺はこの世で一人ぼっちなのだと思い込んで誰とも親しくなろうとはしなかった。その殻を破ってくれたのが父様だ。優しく俺の手を引っ張って、あの暗闇から助けてくれた。そして父上も、俺が二人の子になってからものすごく手を貸してくれた。主に貴族にとって必要な知識を詰め込む時は特に。とてもわかりやすく教えてくれて、それが意外で驚いたのを今でも覚えている。

 そんな父親二人は、あれから数年経った今でも仲睦まじい。それはもう見ているこっちがむず痒くなるほど。俺もそこそこいいお年頃になったものだから、二人のイチャつきがどれほどすごいものなのか今、身に染みてわかっている最中だ。まぁ、そんな二人のおかげ? なのかどうかは知らないが近年同性婚は増えているらしいけど。

 でも小さい頃の俺に出会えるのならば忠告したい。たまにはいいだろうとふらっと二人の寝室に行こうとするのはやめろと。子どもの頃、一度だけやってしまった愚行だ。ふとなぜか寂しくなって、二人と一緒に寝ようと二人の寝室のドアを少し開けた時だった。

 なんかこう、言葉にしていいのかどうか。取りあえずあれだ、艶めかしい声が聞こえてきてまず俺は一時停止した。そして咄嗟に「これ以上踏み入れたら駄目だ」と頭の中でストップがかかった。

「ライラックっ……」

「……アリステア」

 扉をそっと閉じた俺はそれ以降二人に黙って寝室に向かうことはなかった。どうしても寂しい時は飯のあとに部屋に行っていいかの了承を得てからということにした。当時はびっくりして頭が真っ白になったまま、魂が抜けた状態で自室に戻ったけど今となってはとんでもない現場に遭遇してしまったものだ。

 実はあの時、横になっている父様が一瞬だけ俺のほうを見たとか。父様が目を閉じた瞬間父上が横目でちらりと俺のほうを見たとか。あの一瞬で双方から牽制された身にもなってほしい。別に、その中に嬉々として飛び込むほど愚かじゃない。

 ただ翌日から徐々にもやもやに襲われ始めたというか、なんとも言えない、悔しい気持ちにはなった。

 正直に言って子どもながら、俺は父様のことが好きだった。どういう感情だったかというと、父上を目の敵みたいに思っていたぐらい。あんな綺麗で優しい人にそういう感情を抱くなというほうが無理な話だ。ただ父様はそんな俺の気持ちに気付くことはなかったし、逆に父上が気付いてよく俺に牽制をしていたけれど。子ども相手に大人気ないとは思うが、今思えば父上はちゃんと俺のことを一人の男として扱っていてくれていた証拠だろう。

「テオ様、少し休憩なさったさらどうでしょう」

「俺に『様』はつけなくていいって言ってるのに」

「そういうわけにはいきません。貴方様はアリステア様のご子息ですから」

 机に向かっているとメイドのノラからそう言われて軽く息を吐きだす。今では二人の父につきっきりで教わることはなく、一人で自主的に机に向かう時間も多くなった。つい根を詰めてしまう俺に対してここの使用人たちはよくストップをかけてくれる。いつかは忘れたが、ふと顔を上げて窓の外に視線を向けたら朝日が登っていて驚いた。

 俺は元は平民で貴族ではなかったから、未だに使用人たちに「様」をつけられることに抵抗がある。前に父様に相談してみたがこのことに関しては慣れだと言われてしまった。

 でもノラや他の人たちは俺がここに来る前からずっとクレヴァー家に仕えていて、気後れするなというのは少し難しい。俺よりもずっと立派な人たちにそう言われてあまり居心地のいいものじゃない。でもこれにも慣れていかなければいけない。

「今日のお茶美味しいな」

「アリステア様のお手製ですよ」

「どうりで」

「相変わらずアリステア様のことお好きですね」

「そりゃな。尊敬してるから」

「それはようございました」

 一体なんの確認だよと内心苦笑する。別にもう、まったくないわけじゃないけれど子どもの頃に抱えていた気持ちはだいぶん落ち着いてきた。今では尊敬しているし、父親として好いている。

 それに、未だにそういう気持ちを抱えていたらもう一人の父が面倒臭い。本当、父様が関わるとちょっとおかしくなるあの父をなんとかしてほしい。なんとかできるのは父様しかいないけど。

「……あ」

 淹れてもらったお茶を飲みつつふと窓の外に視線を向けてみると、さっきまで考えていた二人が丁度屋敷に戻ってきているところだった。

 昔はなんとも思わなかったけれど、貴族の人間が村人の手伝いをするなんてことは相当めずらしいことらしい。騎士の二人に言わせると、貴族というものは大体ソファに座ってふんぞり返っているとのこと。もちろんクレヴァー家の人間はそういうことはないが、社交パーティーなんかに行けばそれがよくわかるらしい。

 ただ俺は子どもの頃から父様がよく村人の手伝いをしていたのを目にしていたため、それが普通だと思っていた。俺の中のその常識を正すのを父上はさぞ苦労しただろう。父上にそのことを教えてもらう時、まるで父様のやっていることを否定されているような気がして素直に耳を傾けることができなかったから。

 今では村人の数も増え、道は綺麗に舗装され建物は増えた。自然は相変わらず多いけれど以前よりは少し便利になっている。この村に来た当初マジで田舎でなんもねぇ、と思ったけれど今ではこの清々しい空気のほうが好みだ。

 人が増えたことによって、父様の村人へのお手伝いってやつも徐々に数を減らしていて当人はそれを嘆いていた。俺に初めて声をかけた時もきっとやることがなかったからに違いない、と苦笑を浮かべる。取りあえず、あの人は人のために何かしていないと落ち着かない性分らしい。

 父上は父様に比べてより一層貴族らしいが、そんな父様にずっとつきっきりだ。村のおっさんに聞いた話によると、最初畑仕事の手伝いの時はやや顔が引き攣っていたんだと。泥まみれになりたくなかったそうだ。それが今ではせっせと手伝いをしているものだから、父上の父様に対する愛の力ってやつが偉大なのか、父様の献身的な働きが見事だと言うべきか。

「あーあ、またイチャイチャしてる。ひと目気にしろっての」

「ライラック様はもう無理でしょうね。我々が再三注意したにも関わらず全然直りませんでしたから」

「マジで父上の父様に対する愛が重すぎるわ」

 窓の外で父様の頬についている汚れを父上が丁寧に拭ってやっている。それこそ、見ているこっちが胸焼けしそうになるほどドロドロにとろけている瞳で見つめながら。父様も父様で父上の顔が好きなものだから、照れに照れまくりながらもそれを感受している。ノロケだノロケ。

 次に腰を抱き寄せて耳元で何か囁いている。今そこには二人しかいないんだから別に内緒話する必要ないだろっていう感じだ。父様は頬を少し赤く染めつつはにかんで、父上はそんな父様の表情に満足気に微笑んだ。

「そういや二人の経緯ってちゃんと聞いたことなかった」

「お教えしましょうか?」

「教えてくれるのか? 前に二人に聞こうとしたんだけどさ、父様を父上が全力で止めていたんだ。ありゃ余程聞かれたくないことがあったと踏んだね」

「お察しがいいですね。二人の経緯に関してはそれはもうライラック様は穴に入りたくなるほどのものばかりなので、彼は知られたくはないのでしょうね。まぁ、私たちは知ったことではありませんが?」

「ハハッ、なにそれ。面白そう」

 取りあえず面白い長話になりそうだ。っていうことで、取りあえず今は目の前のやるべきことをやって。それが片付いてから落ち着いて二人の経緯という名のノロケ話を聞かせてもらおうかな、と持っていたティーカップをソーサーに置いた。

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