after5.家族になろう
「アリステア!」
テオと出会ってからひと月、私と目が合うとあの子はこうして駆け寄ってくるようになってきた。思いきり飛び込んでくる小さな身体を抱きとめて、「こんにちは、テオ」と挨拶をする。
「……今日もそいつ一緒なんだ」
「そいつじゃなくて、ライね。今日は私がついてきてってお願いしたんだ」
「え……? そうなんだ……」
どうもテオの中での認識は「ライは無遠慮に私についてくる」というものらしい。苦笑をもらしつつ、落ち着いて話をしたかったため初めて会った樹の下へ一緒に移動する。ちなみに、右手は私の左手と繋がっている。もう片方の手をライと、と思ったけれど二人は無言になるだけで手が繋がることはなかった。
「今日もいい風が吹いてるね」
「うん」
「初めて会った時のことを思い出すよ。あの時から口が悪かったなぁ」
「悪かったな口が汚くて! 思い出すなよそんなことっ!」
「今も口が悪いな」
「お前は黙ってろよ!」
二人とも口を開くとこのやり取りをするから、たまには穏やかに喋ろうという気にはならないのかなと笑みを浮かべつつ思考を明後日の方向に飛ばす。これが彼らの仲良くなるやり方というのならば口出しはしないけれど。
「それでねテオ、今日は君に聞きたいことがあって」
「な、なに……?」
急に怯えたような目の色に、そんな必要はないよと身体を抱きしめて頭を撫でる。
「ねぇ、テオ……君さえよければ、私たちの子にならない?」
「……え?」
「私とライはパートナーだけど、見ての通りお互い男だ」
「俺はアリステアの子を産んであげることはできない」
「私もライの子を産んであげられない。私たちがお互い愛し合っているのには変わりはないんだけどね」
お互いに子が欲しいと望んだことはなかった。相手がいればそれでよかったけれど、テオと接していくうちに段々とそういう欲が芽生え始めていた。
別に、私たちの欲でテオに強要しようとしているわけじゃない。彼を預かっている夫婦は私たちと同じようにこの子のことを愛している。でもその夫婦から相談をされた――未だに、テオが打ち解けているような気がしないと。愛しているけれど、私たちの愛があの子に伝わっているかどうかわからないと。
別にどちらが悪いという話ではない。ただどうしようもない気まずさが夫婦とこの子の間にはあって、それで最近テオの家の帰りが遅くなっているのではということも聞いた。
「もちろんテオが今のままでいたいっていうなら、私たちはその思いを尊重するよ。それでも私たちが君を愛することに変わりはない」
「っ……!」
「いつもはああだが、俺もアリステアと同じようにお前のこと想ってるよ」
どうだろうか、とライと一緒に首を傾げる。
突然のことでテオは口をぽかんと開くばかりで、多分いまいち脳にまで伝わっていない。けれど急かすことなく彼が理解するのを待っていると、開いていた口が徐々に閉じていく。視線も少しさまよって、そして不安げな瞳で見上げてきた。私もライも何かを言うことなく、笑顔を浮かべるだけ。
「あっ……そ、の」
「うん?」
「僕……アリステアと、家族になれるってこと……?」
「そうだよ」
テオの表情がどんどん明るくなる。テオ、と言葉を発する前に小さな身体が私に抱きつくほうが早かった。
「なる! 僕、アリステアの子になる!」
「本当っ?」
「……いや、俺の子にもなるんだけどな?」
「いいの?! アリステア!」
「もちろんだよ、テオ」
「やった!」
まさかこんなにも喜んでくれるとは思っておらず、テオを抱きしめながらも私もつい一緒に喜んでしまった。ちなみに手持ち無沙汰になっているライは嬉しそうなんだけれど、なんとも微妙な表情をしている。
「ありがとう、テオ」
「ううん。だってアリステアは僕の傍にずっといてくれた。だから、もっと一緒にいられたらって思ってたんだ」
私の想いがテオに伝わっていたことを知って、思わず目頭が熱くなる。腕の中にある存在がより一層愛しくなって思わずギュッと力を込めると、「苦しい」と小言を漏らされた。けれど、声色は決して嫌がってはいない。
気付けばライも私ごとテオのことを抱きしめていて、その喜びを三人で実感していた。
戸籍の変更やその他諸々は私たちでやるとして、まずはテオの面倒をここまで見てくれていた夫婦に報告とお礼を伝えに行く。前もってテオには今日話すことを伝えていて、色の良い返事をもらえたら挨拶に行くことは伝えていた。
「アリステア様、テオのことよろしくお願いします」
「うん、心配しないで」
「おじさん、おばさん……今までありがとう」
「テオ、たまには遊びにおいで」
「そうよ。私たちもあなたのこと愛しているから」
「っ……あ、ありがとう……」
きっとテオは今まで彼らの愛情は伝わっていたはずだけれど、それ以上に気まずさが勝ってしまったのだろう。素直に伝えたれた言葉に戸惑いながらも返す姿を、その場にいる全員で微笑ましく見守った。
彼らにはまた後日私たちからお礼の品を持って伺うとして、自然と私と手を握ってきたテオはどこまでも嬉しそうだ。自然とこちらの顔も綻んで笑顔が浮かぶ。空いているもう片方の手をチラッとライのほうを見て促してみると、渋々といった様子で握ったテオにまた笑みがこぼれた。
大丈夫、貴方たちが思っている以上に似た者同士だから。不服そうに繋がれた手だって本当は嫌がっていないことを私はちゃんとわかっている。
「今日からアリステアと一緒に暮らせる?」
「そうだよ。必要な物は一通り揃えているから。でも足りないものがあったら言ってね?」
「うん!」
「アリステアには素直だな」
「文句あんのかおっさん」
「おっさんじゃない、お前の父親になるんだ俺は」
「……ケッ」
「仲良しだなぁ」
また何か言い争いを始めそうだったから、先手を打ってそう口にすると二人ともピタリと口を噤んだ。この手は今度から使えそうだとにっこりと笑みを浮かべる。
「でもテオ、これからきっと忙しくなるよ?」
「え?」
「そうだな。アリステアは貴族で、そしてお前はその息子になるのだからやることは盛りだくさんだな」
「え?」
「まずは基礎的なものはやっぱり学んでもらわなければならないし」
「所作に言葉遣い、必要最低限のマナー。その他諸々」
「やることがたくさんだね! もちろん私たちだってサポートするから」
私とライと交互に喋るものだからテオの顔が言ったり来たりだ。手を繋いでご機嫌に歩いていたはずのテオの顔が徐々に歪んでいく。
「頑張ろうね、テオ!」
「……やだー!」
「頑張ろうな。俺たちもやってきたことだから」
「嫌だー!」
うん、これだけ元気いっぱいに返事ができるということはいいことだ。もちろん私とライだってそこまでテオに強要する必要はない。ただやっぱり私には貴族という立場があるものだから、先程言っていた通り必要最低限に覚えてもらえればそれでいい。
私も別に社交の場がそこまで好きというわけではないし、顔を出す頻度もほとんどないからそこの心配はあまりないだろうけれど。でもテオが今後どうしたいか、選択肢を広げるためにそれは悪いことではないと思う。
「取りあえずそれは追々として、今日は屋敷に戻って中を案内するよ」
「寝るとこは一緒?」
「残念。俺とアリステアは一緒だがお前にはちゃんと自室がある」
「はぁ?! なんだそれ!」
「俺たちはパートナーだからな」
「さっきから思ったんだけれど、ライは何を張り合っているの?」
子ども相手に、と首を傾げているとまた二人の間で火花を散らしていた目がこちらに向く。
「牽制だ、牽制」
「……そうなんだ?」
「アリステア! 僕こいつよりもずっといい男になるから!」
「こいつじゃなくて、ライね。もしくは『父上』になるのかな?」
だって私たち親子になるし。そう思うとなんだかむず痒いというか、今になって照れてしまうというか。その感情を抑えることなくそのまま顔に出せばテオは目を丸くし、ライは手で顔を覆って天を仰いだ。
「そういうことだ。わかったな? テオ」
「くそー!」
「貴方たち、たまに私だけ置いてけぼりにするね」
隙きあらば二人だけでわかりあっているのなんだろう、と思うけれどそれで二人が仲良くしているのならばいいかと笑顔を浮かべた。
屋敷に帰ればみんなが出迎えてくれた。初めて見るメイドに執事、そして護衛するための騎士たちの姿にテオの目がキラキラと光る。最初に出会った樹の下でうずくまっている子どもと同じ姿とは到底思えない。
自室は一応テオの好みそうなもの揃えて見たけれど、いざ目にしてみるとテオのテンションは最高潮に達した。自分の好みを揃えられたことは何より、自分のために準備をしてもらえたことが何よりも嬉しかったそうだ。
これからいくらでも一緒に食事を取ることもできるし、一緒にいることもできる。何か困ったことがあればすぐに言ってねという言葉に素直に頷く姿は未だ興奮している。やっぱり子どものはしゃぐ姿は可愛らしい。
「ねぇアリステア。今日は一緒に寝たら駄目……?」
「……ねぇ、ライ。駄目かな?」
「……そんな顔でお願いしてくるなんて卑怯だぞ、アリステア」
それはもう貴方がとても好みそうな顔をしてお願いしている自覚はあるもの。少し困った顔をして見上げる顔って貴方好きだよね、と小さくほくそ笑む。
そうしてテオと一緒にお願いしてみれば、やれしばらくして短い息を吐き出したライは折れた。今日だけは、という言葉を強調して。
「三人並んで寝れるね」
「やった!」
「……アリステア」
少し不服そうなライに苦笑をもらす。テオが他に意識が向かっているのを確認して、小さくその頬に口付けを落とした。
「あとでちゃんと、この穴埋めはするから」
「……それは、俺の好き勝手にしていいということか?」
「ふふっ、それは貴方に任せるよ」
「言質は取ったからな」
肩を抱き寄せて私に耳元に唇を寄せようとしていたライだったけれど、突如私たちの間に割り込んできたテオに邪魔をされて隠すこともなく思いきり顔を歪めていた。そうして何度目かわからない二人の火花に止めることなく見守ることが、私の役割になるのだろうなぁと微笑ましく見守った。
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