after4.仲良くしてね

 テオが徐々に子どもたちだけじゃなく、村の大人たちとも会話ができるようになってきた時だった。広げようとしている人の輪の邪魔をするわけにはいかないと、私も頃合いを見計らいながらテオに会いに行くようにしていた。

 ところがだ、今日はなんだか気まずい。それもそうだ、今日は私一人じゃない。

「……」

「……」

「……えーっと、まずはお互い、自己紹介してみたらどうだろう?」

 なんと、今日はライが私についてきた。ライもテオの存在は知ってはいたけれど、こうして顔を合わせるのはこれが初めてだ。大人一人、子ども一人、お互い視線を外すことなくなぜか無言のまま見つめ合っている。しかも二人ともどことなく眉間に皺を寄せている。

 このなんとも言えない空気を少しでも変えようと私は提案してみたのだけれど、相変わらず沈黙が続いて尚更気まずさに拍車がかかった。

「……ライラックだ」

「……テオ」

 お、やっと二人とも会話をしたと心の中で拍手をする。

「ちなみに、俺とアリステアは結婚している」

「……はッ?!」

「パートナーだ。流石に意味はわかるよな?」

「ッ……!」

「突然どうしたの、ライ」

 社交界ならまだしも、なぜ子ども相手にそんな先手を打つみたいな物言いをしているのか。ごめんねテオ、と苦笑を浮かべながらテオに謝ろうと視線を向ければ、こっちはこっちで目をまん丸くしてプルプル身体を震わせていた。

「男同士……?!」

「ああ、テオの周りにはいなかったのかな? 未だに数は多くないからなぁ」

「でも認められている」

「そうだね。ということで私とライが結婚しているのは間違いないよ」

 子どもにもわかりやすいようにと説明してみたけれど、相変わらずテオは小動物のようにプルプルしている。一体どうしたのだろう。顔を俯けてしまって、テオにとってはショックなことだったのかなと心配になってライのほうに視線を向けてみた。彼は彼で私の視線に気付くと軽く肩を上げるだけで終えてしまったけれど。

「テオ、もしかして……嫌だった……?」

 人々の中にはそういうものを受け入れられない人もいるということは知っている。もしかしてテオもそうだったのかなと少し寂しかった。

「ッ、アリステアは嫌じゃない!」

「えっ、あ、そうなの? よかった」

 嫌われていなかったようでホッとしたけれど、ただアリステア『は』という言い方が少し気になった。

 するとテオは上げた顔を勢いよくライのほうへ向けて、そしてついでと言わんばかりに人差し指も向けた。人に指を向けてはいけませんとそっとその手を下ろさせる。

「でもコイツは嫌だ!」

「え、えぇ? ライのどこが嫌なの?」

「顔ッ!」

「顔?! 私、ライの顔すごく好きだけど……」

 寧ろこんなに格好良い顔を見て嫌がる人なんているのだろうか、と思うほど整っている顔だけどなとついついライの顔を見つめてしまう。ちなみに当人は、テオに嫌だと言われても表情を変えなかったけれど、私が好きだと言ったら無表情ながらもとても嬉しそうなオーラを出した。可愛い。

「アリステアはこの顔がすごく、好き、なんだと」

「クッ……!!」

「えぇっと……」

 どういう状況なのか未だに把握できない。ただ、二人を見ているとなんとなくわかるのは……もしかして二人は張り合っている?

「……取りあえず、仲良くしてる……っていう認識でいいのかな?」

「さぁ? それはこの子ども次第だな」

「うるせー! 大人だって偉ぶりやがって!」

「……仲良し……だよね?」

 なんだかライのこの反応が社交パーティーで令嬢たちをあしらっているみたいだし、テオの今の反応がまるで私と初めて会った時のようでつい当時を思い出して微笑ましくなってしまう。

「僕はお前を認めねーからな!」

「お前が認めなくてもアリステアのパートナーは俺であることに変わりはないけどな」

「くそーっ!」

 取りあえず、二人とも仲良くなったという認識でいいだろう。という半ば現実逃避をした私は笑顔を浮かべるだけだった。


 それからというものの、私がテオに会いに行く時はライもついてくるようになった。私は別に構わないし、ライが一緒にいたほうがいつも以上にテオもはしゃいでいるような気がしたから。

「ベタベタくっついてんじゃねーよ!」

「俺たちにとっては普通の距離感だがな?」

「はぁっ?!」

 ただ、顔を合わせる度に毎回こんな感じのやり取りをしているけれど。二人で何やら初めてしまうため蚊帳の外になってしまう私は、ただ笑顔で二人のやり取りを見守る。

「アリステア! 顔は確かに……僕よりも、かっこいい……かも、しれないけど……でもコイツのどこがいいんだ?!」

「えっ? 突然なんだい?」

「アリステア、俺の好きなところを教えてくれとさ」

「そうじゃねぇよ口出ししてくんなっ!」

「うーん、そうだねぇ」

 ライのいいところか、と色々と思い浮かべてみる。顔がいいことはテオも知っているからそれ以外で、ということになるけれど。頭の中に出てきたのは腰を抜かしたライに、いつも隣で笑顔でいてくれたこと、そして……いやいや、これはお子様には刺激が強いと小さく頭を左右に振る。

「そうだね、私のことを一途に想っていてくれているところかな」

「っ……!」

「アリステア……」

「ちなみにライは私の好きたところはどこなんだい?」

「可愛い」

「それいつも言ってるよね」

 まぁこれについて詳細を聞くととーっても話が長くなるから、だからいつも「可愛い」の一言で収められるようにはしてくれているのだろうけれど。

 テオの納得のできる答えになったかなと視線を向けてみると、テオは少し顔を赤くして怒った顔でプルプルと震えていた。どうやら納得のできる答えではなかったらしい。

「く、くそ……! 早く生まれたからって……!」

「悔しかったら早く成長するんだな」

「うるせー! 言われるまでもねぇ!」

「……? 取りあえず、本当に仲良くなったねぇ。君たち」

 相変わらず二人にしかわからないやり取りをしているけれど、でもそれも仲良くなった証拠だとにこにこと笑みを浮かべる。すると二人は私の顔を見て同じ顔を浮かべると同時に息を吐き出した。すごい、これこそ「息がピッタリ」というやつなのだろう。

「まぁ、この鈍さも可愛いんだけどな」

「なっ……ぼ、僕だって、そう思ってるさっ……!」

「よくわからないけれど、褒められたわけではないっていうことならわかるかな」

 寧ろ失礼なことを思っているのでは? と二人に顔を向けてみるとライもテオも左右に頭を振って「そんなことはない」とまた同時に言葉を吐いた。本当に息ピッタリだなこの二人。

 まぁそんな会話をしつつ、しばらくの間ライとテオと三人の時間を過ごした私たちは他の子どもたちと遊びに行くと言ったテオを見送った。どうやら村の子たちと一緒に遊ぶのは彼の中でも普通になってきたようだ。

「あの子どももだいぶ馴染んできたな」

「そうだね。この村に来たてのライみたい」

「ということは、こういう心情で俺のことを見守ってくれていたんだな。アリステア」

「ふふっ、それはどうだろう?」

 今のライはすごく微笑ましく見守っている感覚なのかな、と笑みを浮かべる。そういえばこの村に来たばかりのライは土いじりをしようとしている私に引いたような顔をしていたっけ。それを思い出して口にすると、ライは少し頭を抱えて「忘れてくれ」ととっても小声で呟いた。

「あの子の傷も、少しは癒えたかな」

「恐らくな。この村は穏やかだから、心を安らかにさせてくれる」

「……そっか」

 ライがそう言ってくれると自然にそうなのだと思えてくるのだから不思議だ。二年経ってもライは変わらず私を想って、そして寄り添ってくれる。だからそれとなく距離を縮め、彼の肩に少しだけ凭れかける。

「ねぇ、ライ。私考えていることがあるんだけど」

「おおよそ予想はついているよ、アリステア」

「本当? 流石はライだ」

 腰に腕を回され引き寄せられる。更に距離が縮まりピタッと密着している部分が多くなったけれど、周囲に人がいないためひと目を気にすることもない。

「でも、最後はあの子次第だ」

「きっとあの子は頷くよ」

「どうしてそう思うの?」

「なんとなく俺と似ているから」

 確かに仲良くなったなとは思ったけれど、それは二人が似ているからなのかと首を傾げた。そんな私にライは笑顔を浮かべるだけでちゃんとした説明をしてくれない。ただ、私にはわからなくてライにはわかることがあるらしい。

「アリステアの願いが実現したら、より一層賑やかになるな」

 ライの言葉に、そうなるといいなと私も笑みを浮かべてテオが走り去っていった方向を見つめた。

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