after3.一緒に遊ぼう
少し小高いところにある樹の元へ行ってみると、探していた姿がうずくまって座っていた。思わず小さく笑みをこぼして緩やかな坂を登っていく。足音に気付いたのか、顔を俯けていた小さな頭が動いてこっちを向いた。
「……なんでいるんだよ」
「君のいる場所はいつも決まっているからね」
「……ちっ」
「そういえば私は君に失礼なことをしていたことに気付いたよ」
「はぁ? 今更……」
思いきり表情を歪めた子どもににこりと笑みを向ける。
「君の名前を聞いてなかった。私はアリステア。君の名前はなんて言うんだい?」
「っ……! ……テオ」
「テオ、素敵な名前だね」
「……普通だろ」
「そっちに行っていいかい? テオ」
「……勝手にすれば」
ぶっきらぼうだけれど傍に言っていいと了承を得たため、私は初めて会った時と同じように少しだけ距離を開けてテオの隣に腰を下ろす。
「……謝らねぇから」
「いいよ。酷い怪我だったわけじゃないから」
「……ふん」
「それに、テオのほうがつらそうな顔してた」
息を呑むような音が聞こえて、少しだけ上がっていた顔が再び下がってしまった。少しすると鼻を啜るような音も聞こえてきて、私は開いていた距離を縮めてその小さな肩を抱き寄せる。
「こう見えても私は丈夫だから、大丈夫だよ」
「でも、怪我した……」
「あのくらい、ここの子たちと一緒に遊んでいてよくするよ。テオが気にするほどじゃない」
ズズッと鼻の鳴る音を耳にしつつ、頭を撫でてポンポンと軽く叩く。小さい声で「うざい」とか「髪がぐしゃぐしゃ」とか文句を言っていたけれど、文句を言える元気はあるようでホッとした。
「……他の子どもとも、遊んでんの?」
「うん。みんな元気いっぱいでね、私もいい体力づくりになってるよ。テオも一緒にどう?」
「ぼ、僕は、別に……」
「こんなに細い身体、私心配だなぁ。大丈夫? 走ったらすぐ息切れしちゃう?」
「うっ、うるせーっ! そこまでヒョロヒョロじゃねぇよ!」
あんだけ落ち込んでいたのに、顔をガバッと上げたテオはプンプン腹を立てながら怒鳴ってきた。なんだか、可愛らしいなぁとつい顔がにこにこしてしまう。そんな私の顔を真正面から見てしまったテオはまた顔を真っ赤にして、更にプンプン怒っている。
「ヘラヘラしてんじゃねー!」
「あははっ、可愛いねぇ、テオ」
「可愛いって言われても嬉しくねー!」
「さてテオ。今日は何して遊ぶ? また私と追いかけっこでもする?」
「僕は逃げてただけだ! そっちが勝手に追いかけて来てるんだろ?!」
「よーし、今日も追いかけようかな!」
「勝手に決めんなっ!」
急いで立ち上がって走り去ろうとしているテオの後ろを「待て待てー」と笑顔で追いかける。いやこれってもしかしたら追いかけられるほうは怖いのだろうか? でもテオは必死で逃げながらもこまめに後ろを振り返ってくる。まるで私がちゃんとついてきているのか確認するかのように。まるで、自分が一人じゃないことを確認するかのように。
私は誰かを失ったことがないから、あの子の悲しみを本当に理解してあげることができない。でもライが言っていたように、理解してあげることはできなくても寄り添ってあげたい。寂しい思いをしているのなら寂しくないよと言ってあげたい。誰かと一緒にいたいのならば、私が一緒にいてあげる。
目の前を元気に走るテオはよく後ろを振り返るものだから、小石に躓いて転んでしまった。顔面から行くことはなかったけれど擦りむいた膝が痛そうだ。急いで駆け寄って常備していた水を塗り薬を取り出して手当てをする。
「なに入ってんの、そのポケット……」
「ふふっ、色々とさ。手を突っ込んでみる?」
「やだよ、ヘンなもの触りそう」
「まぁまぁそんなこと言わないずにさ」
「やめろって!」
お喋りしている最中に手早く手当てをすませて、ワーワーはしゃぐテオを見てみるとどうやら痛みもそこまでないようで心の中でそっと息をついた。
そんなやりとりをここ数日繰り返していて、どうやら村の子どもたちもテオのことが気になり始めたようだ。ある日女の子からテオのことを聞かれ、次の日は男の子からも聞かれた。彼らも彼らで大人たちからテオの事情を聞いていたらしく、でも一緒に遊ぼうにも声をかけづらかったのだと教えてくれた。
だからある日、いつものように一緒に遊んでいたテオをしれっと誘導してみた。いつもはあの樹の麓で遊んでいたけれど、テオを追いかけに追いかけて徐々に広場のほうへ向かわせる。
「あっ!」
「アリステア様!」
「その子と一緒に遊んでるの?」
そこには広場で遊んでいた子どもたちがいて、その視線が一斉にテオのほうへと向かう。一気に人に見られたものだからたじろいて引き返そうとした小さな身体を、後ろで通せんぼうをする。
「そうだよ。この子はテオ。そうだ、みんなも一緒に遊ぼうか?」
「うん遊ぶ遊ぶ!」
「なにするの?」
「追いかけっことかどうだろう? テオは足が速いんだよ」
「ちょっ……!」
「そうなんだ! 一緒に遊ぼ!」
たじろいで、戸惑って、不安げに私のほうを見上げてくる。こんなにも子どもがいるなんて思わなかったのだろう。こんなにも元気に気さくに声をかけてきてくれるとは思わなかったのだろう。首都とはまたちょっと違う元気いっぱいの子どもたちに戸惑うテオの背中を、そっと押した。
「大丈夫だよ。私もいるから」
「で、でも……」
「よーし! 私がみんなを追いかけちゃおうかな!」
「きゃー!」
「ほら逃げよう! アリステア様は足が速いんだよ!」
子どもの一人がテオの手を引いた。突然のことで振り払ったらどうしようと心配したけれど、それは杞憂だった。ただ驚いた顔のまま手を引かれて、テオも子どもたちと一緒に走り出す。
「最初に捕まった子にはコチョコチョでもしちゃおうかな~」
「やだー!」
「アリステア様しつこいんだもん!」
「そ、そんなに嫌がる……?」
まさかの真実に私はショックだよ。ただ涙いっぱい溜めて笑い転げているところ、もっととコチョコチョするけれど。笑いすぎて子どもがお腹抱えてずっとヒーヒー言ってはいたけれど。
でもまぁ、本気で嫌がっていれば私だってすぐに止める。そこの塩梅を間違えることはないよと子どもたちを追いかけ始めた。
子どもたちの笑い声が響いていて、元気いっぱいなのはいいことだと笑顔になる。あれから、テオは樹の下で一人うずくまっていることはなくなった。毎日村の子どもたちと一緒に遊んで、ある日は泥まみれになりながら、ある日は擦り傷を作りながら。そしてまたある日には、喧嘩しながら。
子どものよくある喧嘩だった。きっかけは些細なものでお互いどんどんエスカレートしてしまって、そして軽く肩を叩いてしまった。どっちからか、とかもうあやふやらしい。いつもどおり様子を見に行ってみれば見事な乱闘になっていて、私はテオを抑えて喧嘩相手はその子の親が盛大に叱りつけた。ただ、お互いやりすぎたと、悪いということは自覚していてその場で二人とも謝ってそこで喧嘩は終わった。
「もう、本っ当男の子ってやんちゃなんだから!」
「元気があっていいじゃないか。私はなんだか羨ましくなっちゃった」
あの頃の歳は私はすでに女の子の格好をしていて、同じ年頃とああやって喧嘩をするなんてことはなかったしできなかった。だからちょっと羨ましいなと思ってしまって小さく苦笑を浮かべる。
「でも、あの子も随分と元気になりましたね。あたしたちもホッとしてるんですよ」
「うん、村の子たちのおかげだよ。いつも誰かがテオに声をかけてくれるんだ」
「自慢の子たちですよね。親にとっても、村にとっても」
「そのとおりだよ」
喧嘩をした子の母親とそんな会話をしている視線の先で、先程まで大乱闘していたというのに今ではもう仲良く一緒に走り回っている。これが大人だったらもう縁が切れていてもおかしくない。
「アリステア様のおかげでもありますよ」
「そして見守ってくれた村のみんなのおかげ、だね」
あの子が危険な場所へ行かないようにちゃんと見ていてくれた。何かあったらすぐに私に教えてくれた。私は普段ここではなく屋敷のほうに住んでいるから、ずっとあの子の傍にいれるわけじゃない。だからどうしてもできてしまうその空白の時間を村の人たちが教えてくれるのはとてもありがたかった。
「でも、嫉妬してるんじゃないんですか?」
「え? 誰が?」
「誰がって……ライラック様ですよ。ここのところずっとあの子につきっきりでしょう? そろそろ不貞腐れますよ」
「あははっ、まさかライがそんなこと」
私があの子のことを気にかけているのはライも知っているから、まさかねとその母親の言葉に笑みを浮かべた。
まぁ、そのまさかだったのだけどね。
「アリステア。そろそろ俺に構わないと部屋に閉じ込めるぞ」
その日の夜、自室でゆっくりしている時に放たれた言葉がそれだった。思わず目を丸くして座っている私を見下ろしてくるライの顔をジッと見る。
「……本気で言ってるの?」
「この目が嘘を言っていると思うか?」
そう言って真っ直ぐにこちらを見つめてくるライの目に、嘘偽りはまったくない。というよりも、寧ろ……危険な香り? がする。
「えっ……と……もうちょっと、待っててくれる?」
「散々待ったあとだがな?」
「あ、そ、そうなんだ……ところで、私、明日も朝早くて……」
「大丈夫、疲れが残るようなことはしない」
「……えぇ?」
大丈夫な気配がまったくないな、と思っている間にベッドの上に身体を放り投げられた。私もそれなりに身体を鍛えているというのに、やっぱり筋力に関してはライのほうが勝っている。ということで、余裕でこうして放り投げられたりもするということで。
「俺にも構ってくれ、ハニー」
そうして上に乗り上げてくるライに、少し顔が引き攣ってしまった。貴方ってたまに強引なところあるよね。
「ほ、程々にね、ダーリン」
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