after

after1.穏やかな時間

 私たちが結婚して二年が経った。私たちの村の教会での挙式はどうやら首都のほうでも噂になったらしく、この村出身だった若い子たちが徐々に戻ってきている。戻ってきた彼らが言うには、ここの教会で式を挙げると二人は決して離れることはないという祝福を受ける。というのを聞いたからだそうだ。

 尾ひれがついて根も葉もない噂が広がっちゃったんだなぁと苦笑をもらしたけれど、でも村が活発になるのならばそれでいいかと噂の訂正はしていない。私たち以降実際式を挙げてくれる人たちは増えたし、その度に年長者であるアマンダさんの祝辞が盛り上がりを見せている。

 いつも畑仕事の手伝いをしているおじさんのところにも、首都から息子さんが戻ってきたそうだ。パートナーは連れてきてくれなかったと肩を落としていたけれど、畑仕事を手伝ってくれて捗るようになったと嬉しげに報告してくれた。おじさんのところだけじゃなく、他のところもそのようだ。

 ただしこうなって私には困ることが起きた。そう、人が増えたのはいいことだし村が活気づいていいのだろうけれど。

 徐々に、手伝いという名の私の仕事が減りつつある。

 おじさんのところでもそうだ。息子さんが戻ってくる前までは手伝っていたけれど、「息子が頑張ってくれてるんで!」となかなか私を手伝わせようとはしなくなった。他でもそう。ちょっと……どころか、わりと寂しい。

 村の人たち曰く、「アリステア様はにこにこしていればいいんです」とのことだったけれど。

「ちょっと寂しいよ~、ライ……」

「そう言いながら鍬を振り下ろすことはやめないんだな」

「時間が有り余っちゃって、品種改良するしかないんだよ!」

 えい! と振り下ろせばふかふかになりつつある土にサクッと鍬が刺さる。そしたらデスクワークを増やしたらどうだというアドバイスにはそそっと目をそらした。

「いいことだとは思うけどな」

「そうなんだけどね」

「寧ろ一般的な貴族は管理などは下の者に任せて自分は優雅にティータイムだろ」

「それのどこが楽しいの……?」

 お喋りをしつつも手を動かすことはやめない。だいぶ備蓄関係の問題は改善されてきたけれど、村人の人数も増えてきたからそれにもしっかりと対応できるようにしないといけない。

「彼らも帰ってきたばかりのアリステアにゆっくりしてほしいんだろう?」

「別にそこまで疲れていないんだけどなぁ」

 実は先日までここを離れて姉上にところに会いに行っていた。いやぁ、突然姉上から驚きの手紙をもらったものだから、びっくりしつつお祝いをするためにライと共に向かったのだけれど。

「姉上、結婚できたんですね?!」

「開口一番に姉に喧嘩を売るとはいい度胸だな、アリステア」

 そんな噂を何一つ耳にしなかったし――村にいたから届かなかっただけかもしれないけれど――姉上からもそういった関連の報告など一切手紙に記されてはいなかったから、私たちからしたら本当に突然だった。

 正直どうするのかと思っていた。主に姉上の次の後継者についてだ。姉上のことだから優秀な人材を後釜に考えているのかと思っていたけれど、未だに社交界ではそういったことに関しては口うるさい。当主になった当初姉上への風当たりは強く、それでも評価をひっくり返すほどの手腕を見せていた姉上。

 しかし女性の格好をしていた私だからわかる。ああいうことに関しての、貴婦人たちの『口撃』は凄まじいものがある。遠回しに相手の神経を逆撫ですることを平然とやってのける。姉上の性格を考えたら手が出なかったのは奇跡だ。

 そういうこともあっての結婚だったのかな、と心配したけれど。先日会った私の義兄となる人は、とても穏やかな人だった。野心があるとはまったく思えないし、朗らかで傍にいるとなんだか心が和む。姉上とは正反対の位置にいる人だった。

「お恥ずかしい話、私が強く彼女に憧れていたんです。なので認めてもらうまで猛アタックしました」

「とどのつまり、口説き落とされたというわけだ」

「姉上がですか?! あの?! 姉上が?!」

「お前よほど私に蹴り飛ばされたいらしいな」

 そういうことで、姉上たちの挙式に参加して帰ってきたというわけだ。帰ってきたら帰ってきたでノラはどこか落ち込んでいるし、式で顔を合わせたハンナさんとはまた遊びに来てという約束をしてきたのだけれど。

「オリヴィアさんもアリステアのことを思ってのことだと思うがな」

「私?」

「ああ。このままいけばアリステアが後継者となる可能性はあっただろう? 彼女は素直じゃないだけで、ものすごくアリステアのこと好きだぞ」

 確かに私が姉上を思っているように、姉上は私のことを大切に思ってくれているとは思っているけれど。けれどライが言うほどのものなのかなと少し疑問に思う。何度も言うけれど、最初の婚約の原因は姉上だから。

 報われないなと小さく笑ったライは鍬を振り下ろしている私の隣でせっせと草むしりをしてくれている。ライも随分と手慣れてきたなとつい関心してしまう。数年前まで社交界で色んな女性に狙われていたのが嘘のようだ。

 そうして一通りの作業を終えた私たちは湯浴みに行こうとしたのだけれど、二人きりになるとライは隙きあらばと言わんばかりに触れてくるから、最近それをしれっと受け流すのにも慣れてしまった。まぁ、別に嫌ではないんだけど。時と場所を考えてほしいかなって。

「明日は村の様子を見に行くんだろう?」

「そのつもり。そして必要であればいつだって手伝うつもりだよ……!」

「最近それも難しいミッションになってきたな」

 移動しながらそんな会話をして、ふとライの手が伸びてきたなと思ったら私の頬を軽く擦った。その親指を見てみると土が見えて、私の頬についていた汚れを取ってくれたのだろう。

「避けられるかと思った」

「ライじゃなかったら避けてたかも」

「それはよかった」

「あと下心があったら避けてた」

「それは手厳しい」

 クツクツと喉を鳴らす様はこちらがぐっ、と喉を詰まらせてしまうほど格好良い。格好良いとなんでも様になってしまうからある意味卑怯だと思う。そう見えてしまうのは所謂「惚れた弱み」というものなんだろうけれど。結婚して二年も経つのに突然やってくるライの格好良さには未だに慣れない。

 一方で、ライは思わず顔を赤くしてしまう私に弱いらしい。二年経っても可愛らしい反応には敵わないと少しぼやいていた。一体誰が吐いてるセリフなんだと言ってやりたい。そもそもライが格好良いから私もこうなっているわけで。

 という内容を一度姉上につい書いて送ってしまったものだから、返信で来た手紙には長々と苦情が記されていた。報告書よりもあんなに長くかなりの枚数の便箋は初めてだと反省して、もう二度とやってはいない。


 翌日、意気揚々と様子を見に行った私に、村の人たちはそれはもうとても生暖かい眼差しを向けてくれた。すれ違う人からは「働きすぎ注意」やら「たまにはちゃんとした休養も必要」などなど、数多くのアドバイスを頂いて少し肩を縮こませたりして。

「アリステア様、本当にもっとのんびりしていいと思いますよ?」

「私としてはのんびりしてるよ?」

「手に持っているホウキを置いてくれたら俺たちもそう思いますよ」

 いやだって、草をむしろうとすると「倅がするから」って言うものだから。そしたら邪魔にならないところでちょっと掃こうかなと思っただけだ。

「ライラックと仲良くのんびりしときなされ」

「そうそう」

「そうですよアリステア様。ライラックさんにちゃんとご褒美あげてます?」

「どうしてそういう流れに……?!」

「俺の苦労をわかってくれているからだろうな」

 結婚して二年経って徐々にわかってきたことだけれど、村の人たちがなぜか妙にライの肩を持っているような気がする。ライの苦労とは、という話に持っていきたいのにそれを言うとみんなにっこにこの顔になる。わかりやすく誰か説明してくれるとありがたいんだけど。そしてライからも説明がない。

「貴方が苦労しているのなら、それを解決するのが私の役目だよ……?!」

「いや、うん、一人で苦労しているだけだから」

「だからそれを教えてほしいんだよ!」

「いいのか?」

「え?」

 今日こそなんとかして聞き出そうと詰め寄ってみれば、なぜか予想以上に真剣な表情が返ってきた。しかも詰め寄ったのは私なのに、じりじりと物理的距離を縮められて思わず身体を仰け反ってしまう。そんな私の反応に、ライはにんまりと口角を上げた。

「教えたら、アリステアは羞恥で穴に入りたくなると思うけど。それでもいいのか?」

「……嫌な予感しかしない」

「自分を大切にしたほうがいいぞ」

 ちゅっと軽くキスされたかと思うと、ポンっと頭を撫でられる。

 ああ、うん、そう。なんとなく予想できたというか。私が隙きあらば接触ライを受け流していることもある意味一つの原因かもしれない。でもほら、二年経つというのに私は未だにとても恥ずかしく思うときがあるから。免疫があまり付いていないんだよ。

 ライもそれを知っているから自分の感情のまま動こうとはせず、私のペースに合わせてくれているのだろう。そこは感謝しようと村の散策を再開した。

 のんびりとしていて穏やかな時間が流れているのが、この村のいいところだと思う。首都の喧騒で疲れている人がたまに心を癒やしにやってくることもある。これからもそういう場所であればいいなと、ふと視線を向ける。

 そこには、木の陰の下でぽつんと座っている子どもの姿があった。

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