30.花道を一緒に飾ろう

 綺麗な青が広がっていて雲一つもなく、とても晴天だった。この村の教会には神官はいない。だから祝詞を述べる者もいないけれど、その代わりこの村で一番年長者であるアマンダさんが適当な言葉を繋げて述べた。正式なものは知らないし、取りあえず二人をお祝いすればいいだろうという精神のアマンダさんに村の人たちからは笑い声が上がる。

 私たちも別に小難しくて堅苦しい式を望んだわけじゃない。ただこうして村の人たちが楽しめればいいよねと事前に決めていたから、怒るどころか村の人たちと一緒に笑って楽しんでいた。

 ただ、誓いのキスだけはアマンダさんは異様に力が入っていて、更に村の人たちから凝視されるのはちょっと気まずかったけれど。

 そうして村の人たちから祝福されて、この式のために育てていたのだと言っていた花がまんべんなく宙を舞う。綺麗な光景に胸の中がぽかぽかして、隣に視線を向けると愛おしげに見つめてくる目と合って思わず笑みが溢れる。

「ああ……アリステア……本当に結婚したんだな……」

「素敵よ~アリステア~」

「私が取り寄せた素材で作らせた礼服だ。似合わないわけがない」

「アリステア様もライラック様も素敵ですー!」

 両親や姉上、そしてハンナさんからそんな声が聞こえてつい笑顔になる。ちなみにライの父親は式に参加することはできなかったけれど、その代わり手紙が送られてきたのだと教えてくれた。内容まではちゃんと教えてくれなかったけれど、一言で言うと「よくやった」とのことだ。私はなんのことかわからず首を傾げることしかできなかったけれど。

「いや~、ようやくって感じだなぁ!」

「ライラックもやっと気持ち伝わってよかったねぇ」

「本当にお疲れ様」

「これからも大変だとは思うけど、頑張って!」

「ここまでが長かった」

「本当に」

 一方村の人たちからの声はというと、なんだか異様にライを応援する声が多かったような気がする。なんで? と疑問に思って首を傾げるとライはクスクスと笑って「俺の苦労を知っているから」と返してくる。それだけではわからないよ、と少しだけ眉を下げた。

 最後に子どもたちから花の冠をもらい、それをライと一緒に頭に乗せてもらった。教会を修繕した時のようにみんなで食事をしてその場の雰囲気を楽しむ。私は子どもたちから腕を引っ張られて一緒に遊んだりして、一方ライは肩車などをしてあげている。

 村の人たちも楽しんでいたけれどアマンダさんを始めとする、長くこの村で過ごしてきた人たちは父上たちに挨拶をしていた。こうして村の人たちが生活できるのも、そもそも私がこの村にやって来れたのも今まで父上がしっかりと領地の管理をしていたおかげだ。

 ひとしきりみんなで楽しんだあとはお開きをして、各々自分の家に帰っていく。中にはまだまだ飲み足りない人たちが寄り合って更に楽しむようだ。私とライ、そしてクレヴァー家は屋敷に戻り、そこでまた使用人たちと一緒にお茶を楽しむ。

 わざわざ姉上と一緒にやってきてくれたグレイソンはひたすら喜びながら泣いているし、お酒を飲んだ騎士たちはちょっとした愚痴大会を行っている。父上と母上は早々に二人きりになりに行ったし、姉上は久しぶりに会ったノラと一緒にワインを楽しんでいた。

 夜も更け、お酒の飲みすぎでその場で寝だした者もいたし、歩けるものはぞろぞろと自室へ戻っていく。姉上も同様に部屋に戻ろうとしていたけれど、なぜかその足にぐでんぐでんのノラが絡まっていてとても歩きづらそうだ。それをハンナさんが慌てた様子で対応に困っていてちょっとしたカオスになっている。

 そして私たちはというと、みんなから少し離れた寝室へと共に向かった。

「はぁ~、楽しかった」

「みんな喜んでくれていたようでよかったな」

「本当だね」

 自身を着飾っていたものを次々に外していき、とても身軽になった身体をベッドの上に背中から放り込む。式の準備でバタバタしていたのと、あと今日はとても楽しんでいたものだから正直言って達成感と疲労感と両方に襲われていた。

 このまま黙ってベッドの上に寝転がっていると眠ってしまいそうだ、と一つあくびをこぼして瞬きを繰り返す。そして何度目かの瞬きのあと、視界にライの顔が入ってきた。

「結ばれた二人が最初の夜にすることはなんだと思う?」

「ふふっ、何を言わせようとしてるの? えっち」

 クスクスと笑みをこぼし、私の頭の隣に手をついていたライが徐々に身を屈めてきた。それに応えるように両腕を伸ばしライの首に絡める。

「無事クレヴァー家の一員となって気分はどう?」

「そうだな……意外にもいつも通りだ」

「そうなの? でも貴方は根っからの貴族だったからね。あまり変わらないのかもね」

 会話している間にもライはあちこちに口付けを降らせてくる。シャツのボタンもゆっくりと外され隙間から無骨な手がするりと滑り込んできた。初めてじゃないのにピクッと身体が反応してしまって、ライの口角が薄っすらと上がる。

「ねぇ、ライ。私はもう貴方を離してはあげないよ。私に執着心を持たせたのは貴方なんだから」

 正直に言って今までそういうものとは縁遠かったような気がする。何か一つに固執する。それがどういう感覚なのかわからなかった。でもめでたく、それがなんであるのかライのおかげで知ることとなった。私はきっとこれから、誰かにライを渡せと言われても頑なに断ると思う。

 鎖骨に唇が落ちてくるのを感じながら、私も同じようにライの頭に軽く唇を落とした。

「俺の執着心がアリステアに移ったか」

「そうかもしれないね」

「責任は取る」

「そう? よかった」

 背中のくぼみをなぞっていた手がそのままするすると下に降りていく。ライに触れられたところがどこもかしこも熱い。思わず短い息を吐き出す。

「アリステア」

「なに?」

「愛してる」

「……私も」

 本当に最初はまったく興味なかったのに。私が死亡したと信じて落ち込んで、でも生きているということを知って勘当されてまで会いに来てくれて。安堵した瞬間腰が抜けちゃったりして。私が男だと知ってからも、変わらず傍にいようとしてくれた。

 貴方のためを思ったら手を離さなければならないと悩んだけれど、結局手を離すことはできなかった。しっかりと握りしめて、どこにも行かないようにしてしまった。それこそ、苦手な社交パーティに顔を出して連れ戻してしまうほど。

 首を伸ばして目の前にある唇に自分のそれを重ねる。まん丸くなる目が愛おしくて笑みがこぼれた。

「私も愛しているよ、ライラック」


 きっと今日はみんな使い物にならないだろう。無礼講、とはよく言ったもので執事やメイド、騎士や使用人たち、みんな思うがまま好き勝手に飲んでいたから今頃仲良く二日酔いだ。途中で抜け出した父上と母上も二人きりの時間を過ごすために部屋から出てこないはず。

 この屋敷が稼働するのはお日様が真上に昇ってからだろうなぁ、とライの身体越しに窓の向こうを眺めた。私の腰にはしっかりと腕が巻き付いていて少しでも動けば気付かれそうだ。横になったまましばらく空を眺めたあと、すぐそこにある顔を見つめる。

 いつもライのほうが起きるのが早いから、こうしてライの寝顔をゆっくりと眺めるのはこれが初めてだ。寝ていても格好良いとかもはや反則だなぁと小さく笑みをこぼす。私を見つめてくる時は大概目尻が下がっているけれど、実は目元はキリリとしていて女性受けのいい顔だ。今思えば社交界でのライは結構格好良かった。

 まぶたに触れ鼻筋をなぞり頬に手を滑らせる。造形のいい顔だなと最後に唇に触れふにふにとその触感を楽しむ。ついつい悪戯心に火がついて、ほんの少しだけ開いていた隙間に指先だけを入れてみる。

 その直後、はむ、と咥えられた。

「起きてたの?」

「可愛いことしているなと思って」

「前から思ってたんだけど、ライってよく私のこと『可愛い』って言うね。一体どの辺りが? 全然わからないんだけれど」

「わかってやっていたらとんだ魔性だぞ」

 すっかり目を覚ましたライは私の手を取って、まずは手のひらに口付けを落として次に手首にも落としてきた。ちゅっちゅとリップ音を鳴らすのをやめないライに、私は段々とくすぐったくなってきてつい身を捩る。

「今日は流石にメイドも突撃してこないよな?」

「みんな二日酔いで潰れてると思うよ。ノラはああ見えてお酒弱いしね」

「そうか」

「ラーイ?」

 怪しい動きをし始めた手をぺちんと叩く。ジトっと視線を向けた私にライはまったく悪びれる様子はない。

「もう少しゆっくりできるだろう?」

「できるけど、ゆっくりするんでしょう?」

 このままベッドでゴロゴロしていてもいいんじゃない? という私の提案にライは口角を上げて身体を起こすと、私の手をシーツの上に絡めてきた。

「『ゆっくり』、しようか?」

「すけべオヤジみたい」

「煽るのが上手いな、アリステア」

「褒められても不思議と嬉しいとは思わないなぁ」

 お互いにクスクスと笑みをこぼし、そしたらライのお望み通りにしてあげようと足を腰に絡めてやると見るからにライは嬉しそうに破顔した。

 本当に不思議でならない。私たちは一度は婚約してその数年後婚約破棄をし、再会したかと思えば恋人同士になって無事に結婚だ。他の誰かが絡んでいたわけでもないのに、たった二人で色々と絡まりすぎだ。

 ああでも、今はとっても幸せな気分だし、ライもとても嬉しそうな顔をしている。結果がよければそれでいいんだよ。

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