29.多忙だけど楽しいよ
ある程度の予定が決まっていく中、私は目の前で着替えをしているライの姿を見て思わず顔が綻ぶ。
「やっぱり格好いいとなんでも似合うね~」
「本当ですね~」
そんな私の隣でハンナさんも似たような表情になっていた。そしてある意味での着せ替え人形と化しているライはちょっと恥ずかしそうだ。
「アリステアの衣装は決まったのか?」
「私はライのあとだよ。ライに合わせようと思って」
「素敵ですね! お二人の式に呼んでもらえるだけじゃなくて、こうして準備にも携わることができて嬉しいです!」
「ハンナさんには私たち二人ともお世話になったからね」
それはもうお互いの勝手な思惑に彼女はただ巻き込まれただけなのだから、その分これでもかというほど恩返しをさせてほしい。もし彼女がライに私が生きていることを伝えていなかったらライはこの村に来ることはなかっただろうし、私もこうして誰か一人を愛おしく想うこともなかった。
クレヴァー家で準備された服や装飾品に目を通しながら、ライならどの色が似合うか、どのデザインがいいか想像しながら色々と試していく。とはいっても、顔がいいものだから困ったことにどれも似合ってしまう。嬉しい悲鳴だなぁとにこにこしながらライの姿を眺めた。
「今ちょっと社交界では色んな噂が飛び交っているんです」
あれからハンナさんは私にもよく手紙を送ってくれるようになって、ハンナさんが困ったことを聞いてくるのはもちろん逆に私に色んな情報を教えてくれる。
「だろうね」
苦笑を漏らしながらつい先日のことを思い返した。それはもう、ずっと田舎に引っ込んでいて社交嫌いの嫡男と思っていたら、姿を現すわ突然同性の婚約者を持っているわで社交界はとても賑わったことだろう。
例えば、ライはアリスの婚約者だったけれど彼女は亡くなってしまったため、同じ顔のアリステアを婚約者にしたとか。元から私とライは結ばれていて、世間の目を誤魔化すためにアリスと婚約を結んだとか。アリスが亡くなったのは彼女が邪魔者になったからだとか。もう言いたい放題だ。
「そもそもアリスは私なんだから、ライが一途なことには変わりはないんだけどね」
まるで三角関係のように言っているようだけれど、そもそも最初から三角ではない。想像するだけ無駄なことだということを噂好きの貴族たちは気付いていない。とはいえ村にいるとそんな声も遠くなって、こちらとしても別に気にすることはないけれど。
カフスはどれにしようかなぁ、と考えているとふと視線が向かっているのに気付いて顔を上げる。ハンナさんはにこにことしていて、ライは少しだけ耳を赤くして顔を背けていた。
「ん?」
「ふふっ、いいえ。アリステア様、ライラック様に好かれている自覚がおありなんだな~と思いまして」
「それは、だってねぇ? ここまで追いかけてくれる人だよ?」
「そうですね!」
最初こそは「そんなに?!」って思ったけれど、幼い頃女の子の格好で初めて会ってから彼はよそ見をすることなくずっと私のことを想ってくれていたようだし。流石にここまでくれば私だって想われてるっていう自覚を持つことはできる。
ライと視線を合わせれば、向こうは柔らかく微笑んでくる。最近になって気付いたことなんだけれど、どうも私はライのこの笑顔が好きみたいだ。ライの想いが溢れ出ているようで、つい引き寄せられてそのまま触れ合いたくなってくる。
という考えが、ライにも伝わったのだろう。彼は楽しげに笑うと小さく頭を左右に振った。どうやらお預けのようだ。それもそうか、客人がすぐ傍にいるし流石にひと目を気にしたほうがいいかと苦笑を浮かべる。
そんな私たちのやり取りを隣で息を呑み、真っ赤な顔を手で隠しながら眺めているハンナさんに笑みが溢れる。
「書籍にするべきです」
「突然だね?」
「そうでもありませんよ?! 確かに社交界では色んな噂が飛び交っていますが……お二人のあの姿を見て一部の令嬢たちにはもう、とてもすごいことになっているんです。大人気ですよ」
「そうなの? それは困るなぁ。格好いいライを取られちゃうよ」
「それを言うなら俺のほうだろ。アリステアは綺麗だが可愛らしいからな」
「ひぇっ」
ハンナさんから短い悲鳴が上がった。流石にここまでにしておかないと彼女の魂が半分抜けかかっている。
惚気けている自覚はあるし、今この場に姉上がいたら盛大に表情を歪めていただろうけれど許してほしい。今の私たちはそれはもう浮かれている。社交パーティーでああいう行動を取ったためもう公認の仲だし、お互いに言い寄ってくる人がこれで減るのだからいいこと尽くしだ。相手を取られる心配がないということで互いに心にゆとりを持てるようになっていた。
「もう……ご馳走様です……」
「ふふっ、お粗末様です?」
両手を合わせてまるで拝むような格好になってしまっているハンナさんに思わず笑みが溢れて、とても楽しい時間を過ごした。
そうして準備を進めていく中、日時なども決まっていって徐々にバタバタと慌ただしくなってくる。招待状を送らなければならないし、場所が場所だから首都からそう多くの人を呼び寄せるわけにはいかない。取りあえず本当に親しい人だけを呼ぼう、ということになってあとは村の人たちに祝福してもらったらいいよねという話に落ち着いた。
お互い準備に忙しいものだから、二人でゆっくりとした時間を過ごすということも少なくなってきた。村の人たちの手伝いもしたいけれど彼らは何かを察したようで、「今は自分たちのことに時間を割いてください!」と笑顔で言ってくれるだけ。申し訳なく思いつつ今は彼らの好意に甘えることにした。
「ライのほうはどう? 順調?」
「まぁまぁだな。アリステアのほうはどうだ? ここのところずっと忙しいだろう?」
「確かに忙しいけれどね。でも楽しいよ」
「そうか。ならよかった」
たまたま休む時間が合ったようで、廊下で偶然会った私たちは休憩がてら一緒にサロンに向かうことにした。とはいえそこまでゆっくりできないだろうけれど、でも少しの時間でもライと一緒にいたい。隣にちらりと視線を向けてみれば、同時にライもこちらを見たようでパチンと目が合い、互いに微笑んだ。
「やっぱりライの礼装って似合うよね。まるで一枚の絵のようだよ」
「この間からずっとそう褒めてくれるな」
「だって本当のことだから」
微笑んで正直にそう言葉にすると、ライも深く笑みを浮かべて私との距離を縮めた。徐々に近付いてくる顔に自然と瞳を閉じて受け入れよう――とした瞬間だった。
「アリステア、久しぶりだな!」
「アリステア~、元気だったかしら?」
バンッとドアが開けられてそこから現れた人物に私たちの目が点になる。突然のことでびっくりしてお互い思いきり身体を離したけれど、向こうはそんな私たちを気にした様子はない。
「ち……父上?! 母上も!」
突然この場に現れたのは、間違いなく私と姉上の親である父上と母上だ。本当に二人に会うのは久しぶりだけれど、二人とも相変わらず若々しいというか。肌は年相応なのにいつも元気だ。
一方突然の来訪に驚いている私の隣で、ライは両親の後ろからやってきたノラと何やら視線でバトルを繰り広げている。多分ノラはわかっていながらタイミングよく連れてきたのだろう。そしてライもそれをわかっているからこの無言の訴えだ。
二人とも仲良くなったなぁ、とほのぼのと思いつつやってきてくれた父上と母上を椅子に勧める。
「でも本当に驚いたわ、アリステア。貴方が結婚すると聞いて」
「ああ、本当だよ。しかもお相手はまさかのライラック殿だったとはね」
「でも素敵だと思わない? ずっとアリステアのことが好きだったのね~、一途で素敵だわ」
「私は少し複雑だけどね」
姉上は父上似、私は母上似。けれどそれは容姿に限った話じゃない。父上はこう見えてもとてもやり手で抜け目がなく、一方母上はとても朗らかな人だった。父上曰く、母上のこのおおらかさがとても癒しになるそうだ。
「ところで、父上と母上はこちらに来て大丈夫だったんですか? 講義とか色々あったのでは……」
「もちろん休暇をもらってきたよ。我が子の式には出たいからね」
「そうよ。二人の素敵な姿を見たかったんだから」
「ただバシレウス家の当主はやってくるのは難しいようだ。彼も忙しいからね。一方私はもう当主ではないし現当主がしっかりしているからこうして来れたというわけさ」
「あら、でもオリヴィアも来るのでしょう? そう言っていたわ」
「そうなのか?」
ここにやってきてからずっと楽しそうに会話をする両親を目の前に、ツンと軽く隣から袖を引っ張られた。二人でキャッキャと盛り上がっているのを目にしつつ少しだけ身体を傾けて、ライの口元に耳を寄せる。
「いつもこんな感じなのか?」
「そうだよ? 君が小さい頃挨拶にやってきた時は一家全員猫を被っていたのさ」
「……そうなのか」
大事な公爵家との婚約話なのだから、二人ともその時ばかりは貴族らしく背筋を伸ばしていたに決まっている。でも実際、両親は二人でよくお喋りをするし私も姉上もよく置いてけぼりにされていた。私はそんな両親の姿を見るのは好きだったけれど、姉上は胸を押さえていたところを見ると多分胸焼けをしていたのだろう。
ノラがお茶を運んできてくれてそれに口をつける。両親もノラにお礼を言いつつ相変わらず二人で盛り上がっていた。これは見計らってこの場を立ち去らないといつまでも二人に捕らわれてしまう。
「しかし本当に……君の執念には驚かされるよ」
父上からやや呆れ気味呟かれた声にライは一瞬だけ目を見張り、けれどすぐに笑みに変え「ありがとうございます」と一言返した。その反応に父上は驚き母上は大喜びだ。
「のんびり屋のアリステアにはライラックくんのような子がお似合いだわ~」
なんて、のんびりと言った母上には正直言われたくないなとつい心の中で思ってしまったけれど。
両親はどうやら式まで屋敷に泊まるようで、部屋は空いているためもちろん快く了承した。のだけれど。それはすなわちライと二人きりになれる時間が更に短くなるということだ。しかも更には。
「お前を祝いにやってきてやったぞ、弟よ」
式の前日にやってきたのは姉上で、更に二人きりの時間が少なくなり私はともなくライのほうは嬉しさと共にストレスも募っていっているようだった。
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