25.サプライズといこう

 今日行われるパーティーはそこそこの規模のものだった。あらゆる名門出身の貴族たちが交流のために顔を出す。もちろんクレヴァー家当主として今や誰からも一目置かれる存在である姉上の元にも招待状は送られてきた。

「お二方とも、よく似合っております」

「そうだろう。私のために作られたドレスだぞ」

 互いに身なりを整えればグレイソンがとても喜んで私たちを褒めてくれる。なぜそこまで嬉しそうなんだい? と尋ねてみれば、姉弟揃って着飾っている姿を見てみたかったのだと彼は教えてくれた。それもそうか、今まで私は『婚約者』がいた身で、そもそもドレス姿であって紳士服ではない。だから礼装で姉上と並び立つことが今まで一度もなかった。

 姉上のドレスは黒をメインとして装飾などには赤が使われいてる。一方私のは白がメインでラインなど青で彩られていた。こうして男性の礼装をするのはこれが初めてだ。女性の格好をしていた時のようにウエストをきつく縛られたり胸に詰め物を詰める必要もない。ドレスではない足元はとにかく動きやすかった。

「うむ。似合っているではないか、アリステア。私のパートナーとして恥ずかしくない格好だな」

「姉上もとても似合っていますよ。毅然とした美しさが際立っていて素敵です」

「当然だ」

 胸を張り堂々とそう言える様は流石は姉上だ。姉上は必要のない謙遜の言葉など決して口にしない。自他とも認めるのならばそうなのだと胸を張ることができる。

 姉上がここまで自信を持てるのは、今まで自分がどれほど努力を積み重ねてきたのかそれを誰よりも姉上自身が知っているからだ。今までの努力は決して無駄にはならないとわかっているから。だから何があろうとも堂々としていられる。まさに当主となるべくしてなった人だ。

「さぁ行くぞアリステア。お前の戦場に」

 美しい手を差し出され迷うことなく自分の手に重ねるように促す。姉上の鎖骨を彩っている宝石が随分と美しく、キラキラと煌く様は今の姉上の瞳と同じだ。そんな姉上のおかげでまったく億劫な気持ちにはならないし、逃げ腰にもならない。

 そうして私は姉上と一緒に馬車へ乗り込みパーティー会場へと向かった。


 一気に華やかに、そして行き交う人たちもそれ相応の佇まいだ。つい数ヶ月前までは私も同じようにこの場所にいたはずなのに、今ではそれも遠い過去のように感じる。

 先に馬車を降り、手を差し出せば綺麗な手が重ねられる。恐らく馬車から降りる所作ですら姉上は周囲の視線を釘付けにさせることができるだろう。その証拠に先程からあちらこちらから熱い視線が姉上に向かっていっているのがわかる。もちろん、姉上もこういった視線には慣れたものだ。

「いいかアリステア。弟としてお前に下すのは二つ。一つは入場の私のエスコート、そしてもう一つは一度目のダンスだ。あとは好きにしろ」

「それだけでいいのですか? 姉上」

「元よりお前は貴族たちとの社交のために来たわけではないだろう。勝手に変なものに引っ掛かり連れて行かれたほうが困る」

「姉上の足は絶対に引っ張りません」

「もちろんだ」

 姉上が招待状を差し出すと難なく扉は開かれる。外観だけでも立派なものだということは十分にわかっていたけれど、扉が開かれると尚更そのきらびやかさが目に飛び込んできた。装飾もそうだが各々の気合いの入りようといったら。こんな感じだったなと胸の中でこぼしつつ、先程言った通り姉上の足を引っ張らないよう私も堂々とした佇まいを心がける。

「クレヴァー侯爵だわ」

「相変わらず堂々とした入場ですこと」

「え……その隣にいるのって、まさか」

「例の、辺境の地の弟ですの……?!」

 会場に現れただけであっという間に注目の的とは流石は姉上だ、と思いつつもどうやら令嬢たちの視線は私のほうにも向かっているようだ。それもそうか、今まで社交界に現れることなく噂ばかりが行き交っていたようだから。扇で口元を隠しつつヒソヒソと話している令嬢に視線を向け、小さく笑みを浮かべれば彼女たちは頬を僅かに染めた。

「やるではないか、アリステア」

「別に無表情を貫かなくてもいいでしょう?」

「ゆるゆるの顔でも構わんぞ。好きにするといい」

 それは私に下される評価も気にしないということだ。どうせ私もこの一件が終わればまた村へと引っ込むのだから、姉上に対する評価が落ちなければそれでいいとエスコートを続ける。

「なんだか、自然ばかりを見ていたので目がチカチカします」

「ついこの間までお前もドレス姿でここにいたというのにな」

「本当ですよ」

 主催者の挨拶が始まり、耳を傾けつつも姉上とのヒソヒソ話を楽しむ。この時驚いたことが、姉上の顔が自分が思っていたよりも下にあったことだ。私って村にいる間に身長伸びたんだなぁ、と内心喜んでいるとその美しい足で思いきり足の甲を踏まれた。ヒールで踏まれたわけではなかったし、多少鍛えていたためそこまで痛くはなかったけれど。

 挨拶が終わると会場内で音楽が流れる。姉上に手を差し伸べれば彼女は手を重ねつつ向かい合った形を取る。

「エスコートできるか?」

「姉上、正直に言うと私は今まで女性パートで踊った経験しかありません」

「村に引っ込んでいればそもそもダンスなどもないからな。いいだろう、私がエスコートしてやる」

「それって私が振り回されるってことですか?」

「そういう見た目にならないように気を付けるんだな」

「承知致しました、姉上」

 小さく笑えば勝ち気に笑う姉上に、ここは素直に姉上についていこうと身体を密着させた。

 有言実行とはまさにこのことで、姉上のエスコートは完璧なものだった。そして周囲には決して私を振り回しているという素振りを一切見せない。まるで私が完璧に姉上をエスコートできているように見えているはずだ。流石は姉上、なんでも出来るし私はそんな姉上が昔から変わらず自慢だった。

 初めての男性パートで楽しく踊れたのは姉上のおかげだ。曲が終わり繋がっていた手がサッと離された。姉上と目が合い、顎でクイッと促される。苦笑を漏らしつつ胸の中で礼を告げ、他の令嬢に絡まれる前に素早く会場内を移動する。

 今日この場にいることは知ってはいるけれど、未だにどこにいるか確認できていない。そこそこの規模のため参加人数も多いし何よりよく令嬢に声をかけられる。今までずっと『アリステア』は顔を出してはいなかったから好奇心に駆られたのだろう。それを笑顔でさらりと躱しザッと周囲を見渡す。そこでふと見慣れた姿が見えて迷わずそちらに足を進める。

「ハンナ令嬢」

 こうして会うのは久しぶりだけれど、視界に入った時思わずハッと驚いた。以前までの彼女の印象は可愛らしい、まだ社交界に慣れていないということもあって初な印象があったというのに。今目の前にいる彼女は洗練されている美しい佇まい、ドレスも気品が溢れていて初な印象どころかしっかりと場数を踏んだ令嬢となっていた。

「久しぶりだねハンナ令嬢。とても綺麗になっていて驚いたよ」

「はっ……ア、アリステア様っ……?!」

 一方彼女の反応はというと、手で口元を覆い隠して顔は紅潮して目は潤んでいる。そういえば、彼女が憧れとしているのは『アリス』だったなぁと思わず苦笑を浮かべた。

「す、すごいですアリステア様……! アリス様の面影を残しつつ、尚且美しく格好いい佇まい。お召し物もまるでアリステア様のために作られたような……いいえ、アリステア様以外の者は決して着ることはできないでしょう……!」

「あ、ありがとう……?」

「あっ、すみませんわたしったらつい興奮してしまって……」

 興奮していたのか、と笑顔の下で思いつつももう一度彼女にジッと視線を向ける。それだけで気付いてくれたようで、サッと右手の壁際のほうへ視線を走らせた。本当に、あそこまで可愛らしかった女性がとても勇ましく美しくなったものだ。姉上が気に入るのも頷ける。

「ありがとう」

「いいえ。ご武運を」

 ハンナさんに見送られて私は真っ直ぐに壁際へと足を進める。人の間をぬって行こうと思っていたけれど人々がすんなりと道を譲ってくれる。歩きやすくなったのと視界が良好になったことで目的としている人物の姿が見えるようになった。

 壁際には貴族たちが楽しそうに談笑している。一方は男性二人、もう一方はワインを片手に声高に娘を自慢している父親とその娘だ。娘の視線はずっと男性二人の一人のほうへ向いていて逸らされることはない。

 音楽もなっており他にも談笑している貴族たちがいるため、向こうはこちらに気付く素振りは一切なかった。笑みを浮かべ、歩む足を止めずに動かし続ける。

「こんばんは、バシレウス殿」

 声をかけると四人の視線が一斉に私に向かう。その中の一人が息を呑み思いきり目を見開いているのが視界の端に映って内心笑みを溢した。声をかけられたバシレウス家次期当主であるテオドール・バシレウスの顔が若干引き攣った。

「こ、これはクレヴァー殿……」

「こうして顔を合わせるのは初めてですね。アリステア・クレヴァーです、以後お見知りおきを」

「テオドール・バシレウスです。お会いできるとは思ってもいませんでした」

 笑みを浮かべつつお互い軽く握手を交わす。なんだか視線を感じるなと小さく目を動かしてみると、先程までとある人物をじっと見ていた令嬢が今度はその視線を私に向けていた。顔を向け笑みを浮かべればサッと顔が赤くなる。

「おやおやこれはクレヴァー家の息子じゃありませんか。いや~田舎に引っ込んで出てこないものでしたから晒すのには恥ずかしいお顔かと思っていましたよ。随分と色男じゃないですか。血も繋がっていないアリス嬢と本当によく似てらっしゃる」

 開口一番に失礼のオンパレードでしかも自己紹介もなし、如何にも貴族らしいなと内心毒づいた。こういうのが本当に嫌で疲れるんだよなと心の中で思いきり中指を立てつつ、顔は笑みを貼り付ける。

 まぁ私も相手のことをそこまで知りたいわけでもないし仲良くなりたいわけでもないから、敢えて父親のほうをスルーして令嬢へ視線を向けた。

「貴女は?」

「あっ、わたくしはデイジー・スカイラーと申しますわ。アリステア様。そしてそちらの……」

 彼女の視線が私から離れて、私の隣に立っている男性へと向かう。

「ライラック・バシレウス様の婚約者になりますの」

「へぇ? おかしなこと言うね」

 間髪入れずに言葉を発したものだから、その場にいた全員の動きが一瞬ピタリと止まる。そんなことを気にすることなく私は更に隣に立っていた、礼装しているライとの距離を更に縮める。

 そして腰に手を回してその肩に少しだけ顔を凭れかけた。

「ライラックは私の婚約者なんだけどな?」

「――え」

「それともライラック、私たちはいつの間にか婚約破棄でもしたのかい? 私の知らない間に? 貴方ってそんな酷いことする?」

 唖然としているスカイラー親子を尻目に視界にライだけを入れて、にっこりと笑みを浮かべた。すると少し呆けていたライだけれどすぐにその顔に笑みを浮かべ、私の腰に手を回すと軽く引き寄せてきた。

「そんなわけないだろう。ここに来たのは俺の意思ではない」

「そうか。それはよかった。ならここにはもう用はないよね?」

「ああ」

 より一層会場内が騒がしくなったのは、私たちが原因ではないとは言い切れない。視線が集まっているのを肌で感じつつ、ライは私の腰を軽く押して外へと誘導しようとしている。

「そういうことだ、テオドール。お前の頼みは聞けない」

「そ、そんな……!」

 引き留めようとする従兄弟の手をライは握り返すことはしなかった。きっと最初からライにはそういうつもりはまったくなかったのだろう。ただタイミングがなくて、そして今日まで来てしまったのかもしれない。

 ほんの少しだけ彼の従兄弟に申し訳なく思いつつも、私にも引けない理由がある。好奇心の目に晒されながらも私たちはパーティー会場から退室した。

 少し廊下を歩けば警備もいなくなり、私たち二人だけの空間になった。パーティー会場の音もここまで届くことはない。お互い寄せ合っていた身体を離しライと対面した私はホッと胸を撫で下ろした。

「はぁ~っ、久しぶりの社交パーティーでドキドキしたよ」

 久しぶりで何か粗々をして姉上に迷惑をかけないかと心配していたけれど、まさかここで『アリス』での経験が活かされるとは思わなかった。あの女性の姿で参加していたことも無駄ではなかったなと笑みを浮かべている私にライは手を伸ばして肩を掴む。

「アリステア……休憩室に行かないか」

「うん、いいよ」

 顔を俯けたままで上げないライに苦笑を浮かべ、私たちは一緒に休憩室へと向かった。

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