18.後悔などクソ喰らえ
すっかり行き慣れた廊下を大股で歩いていく。もし今俺の顔を見る者がいたら、下手したら腰を抜かすかもしれない。だが他人にどう思われようとも別に気にはしない。
廊下を歩き一度外に出る。目の前にある重厚な扉を開け中に入り、階段を下っていけば再び扉が現れる。ここに入り口同様こちらの厚みのある扉だ。その扉を重々しい音を立てながら開くと見慣れた姿が一人。
「随分と堪え性のない輩ですよ」
「そうか」
騎士のディーンが軽く肩を上げ視線を向けた先には、手足を拘束されている男数人。どいつもこいつもあちこちに打撲に切り傷、肌の色が変色している部分もある。
「気は晴れたか?」
「……ハッ、本気で言ってます?」
「ああ、俺が悪かった――気が晴れることなどないな」
「その通りですよ。いくらこいつらを痛めつけたところで、俺たちの失態はなくならないのですから」
それは数日前に起こったことだ。彼がいつも行く畑に戻ってみれば、彼らもそこにいた。知らせが来たという言葉とそこの村人の言葉に一瞬にして血の気が引いたのを今でも生々しい感覚で残っている。
目の前にいる男たちは他所から流れてきた盗賊だった。別にどこかの国に在籍しているわけではない、着の身着のまま流れて辿り着いた先で強奪を繰り返している。その行いを悔いている様子もなければ寧ろそれが当然のように考えている頭だった。
もう一人の騎士であるフィンはどうやら刺激が強いものには弱いらしく、一度もこの場に足を踏み入れてはいない。大体が俺と彼とで行われている。
俺が一歩足を踏み出せば、盗賊たちが悲鳴を上げて少しでも距離を取ろうと身を引く。だが拘束されている手足で動ける範囲など限られている。無駄な足掻きに歪んだ笑みを浮かべ、身を屈める。
「よかったな。本家からの迎えが来たぞ」
「は……?」
ようやくこの拷問から開放される、そう言わんばかりにパッと輝いた顔に呆れたのはディーンだった。俺はクツクツと喉を鳴らし更に男の顔を覗き込む。
「本家に行けば更なる拷問に合うだろうな。あそこの令嬢は手を抜くなどということを一切知らない。恐ろしい女性だよ」
寧ろ彼女の宝と言っても過言ではないものに手を出したのだ、この男たちが無事で済まされるわけがない。ここにいたほうがマシだった、そう思うほどの扱いを受けるに違いない。
「向こうでも楽しんでこい。手足が無事に繋がっていればいいな」
「ヒ、ヒィッ?!」
数人の足音が聞こえ、一斉に鎧姿の男たちがこの場に押し入ってくる。彼らは彼女の指示でやってきた騎士たちだ。今日到着すると聞いたため、俺がここまで案内してきた。盗賊たちはそれぞれ両サイドを騎士に挟まれ、引き摺られるように連れて行かれる。それを顔を顰めたままのディーンは黙って眺めていた。
「俺のお咎めはなかったようですね」
盗賊たちが馬車に詰め込まれ去っていくのを眺めながら、ディーンがそう小さくこぼした。その言葉に俺も軽く肩を上げる。
「俺もそうだった。どうやら今回の件は『アリステアが無茶をしたせい』ということになったそうだ」
「……ハァ。そうしたほうがアリステア様が気にしませんからね」
「そうだな……」
本来なら彼を護衛できなかった俺たちの責任だ。だが彼女は敢えてそうは取らなかった。そうしてしまえば自分が無茶をしたせいでと彼が気に病むことを、姉である彼女が誰よりもわかっていたからだ。
「……掃除は俺がやっておくんで、行ってどうぞ」
「……ああ、感謝する」
言葉のわりにはシッシッと手で払うような動作をするディーンに、思わず苦笑を漏らし彼に礼を告げて歩き出す。どうやら素直になれないのは仕えている主に似てしまうらしい。
もう一度屋敷の中に入った俺は、再び歩き慣れた廊下を歩く。しかし先程通った廊下ではない。迷うことなく足を進めればドアの前で一人立っているメイドの姿が目に入った。
「こちらをどうぞ」
「いつもすまない」
「いいえ。丁寧に、手当てをしてあげてください」
彼女は手当てに必要なものを準備して、そしてここで俺を待っていてくれる。それは彼が意識を戻す数日前、彼の世話をしていた彼女に俺が代わると申し込んだからだ。意識のない男の身体は重いもので、手当てや着替えなど女性の力では大変だろうとの思いからだった。
だがずっと彼に仕えていたメイドは、俺の本心などお見通しだったのだろう。呆れたように息を吐き出し、何をどう手当てすべきか、薬はどれを使うかを丁寧に教えてくれた。
「くれぐれも、無茶はさせないでください。いいですね」
「ああ、わかっている」
「無茶をさせた日には出禁ですので」
「……わかっている」
毎日飽きることなく彼女は俺に念を押す。それだけで彼女が如何に彼のことを大切に思っているのかがわかり、苦笑を浮かべながら素直にその言葉を受け入れるしかない。俺もここの宝を無駄に傷付けようだなんて思わない。
メイドが去っていくのを眺めつつ、誰もいなくなった廊下で俺はドアに向き直りノックをする。数日前までなかった返事だが、今はしっかりとした返事が中から聞こえてくる。その度に安堵しながら、俺はドアを開けていた。
「調子はどうだ?」
「今日はいいほうだよ」
身体を起こし腰にクッションを当て、本を読んでいるところを見ると言葉通り今日は調子がいいようだ。つい先日前まで顔色を青くしていたが、その時と比べて生気も戻ってきている。毒がだいぶ抜けたのだろう。
「本?」
「うん。起きている時間が長くなってね、ちょっと暇になってきたからノラが持ってきてくれたんだ」
「どんな本なんだ?」
「『解毒剤として有効な薬草特集』」
いや、今この状況でその本を読むか。もっと気が紛れるようなものを読んでほしかったと思わずにはいられない。
そんな俺の考えが表情に出てしまったのだろう、苦笑を漏らした彼は「大事でしょ」と一言告げて栞を挟み本を閉じた。そしていつもと同じようにベッドの縁に移動し、後ろに俺が座れる場所を作ってくれる。俺もいつもやっているように靴を脱ぎ、ベッドの上に乗り込んだ。
「腕はどうだ?」
「動かせるようになってきたよ。ほら」
「痛みは?」
「ないけど、肌が引っ張られるような感覚はあるかな」
今まで俺が脱がせていたが、腕が動かせるようになって彼は自分で服を脱ぐようになった。だが傷は背中で、誰がどうやっても自分自身で背中の手当てなどはできるものではない。だから包帯を解くところから俺が行っていく。
傷に障らないようにとゆっくりと包帯を解くが、徐々に顕になっていく白い肌は相変わらず目に毒だ。毎回釘付けにならないよう目を逸らすのに必死だ。解いた包帯は小さくまとめ片隅に置き、次に張り付いているガーゼを剥がす。こちらも膿がついていたものの、今では薬が塗ってあった痕しか残っていない。ホッと息を吐き傷に目を向ける。
傷口もかなり塞がったが、やはり痕は残りそうだ。彼の意識が戻ったあとの初めての手当ては、あまりの痛ましさに思わず口づけを落とそうとした。前に、「おまじない」という名目でやったものだから二度目も騙されるだろうそう思って。
結果それは叶わずに終わった。流石に下心に気付かれたかと思ったが、どうやら毒が俺に移ってしまうことを危惧してのことだった。こんな状況でも人のことか、と色んな感情が渦巻いて思わず頭を抱えたものだ。
ツ、と傷口を撫でたところで彼の身体は跳ねない。流石に少しは警戒してくれと思っても、ここ最近の彼の様子を見ているとどうやら俺に完璧に気を許している。
それだけじゃない、「頼っている」と弱々しく告白してくれた彼は、どうやらそんな自分を責めている様子だった。だがそんな彼には悪いが、その時の俺は歓喜に震えた。頼ってくれている、他でもない彼が。俺に。
すべてに等しく優しさを向けるアリステアが、俺に個人的な感情を向けてくれている。
無茶をしないとは約束してくれなかったが、それはわかっていたことだしそうならないよう俺がもっと支えるべきだと思っていたが。そんなこともどうでもよく思えてしまうほど、アリステアの告白は俺を自惚れさせるには十分だった。
平然とした素振りでガーゼに傷薬を塗り、傷口に当てる。あとは包帯を巻くだけだ。
「……アリステア」
後ろから抱え込むように包帯を巻いているため、前のほうになると自然と身体が密着する。俺はわざと、アリステアの耳元に口を寄せた。ぴくりと身体は動いたがやはり警戒する素振りを見せない。
そもそも、アリステアは俺に身体を預けすぎた。後ろから抱きしめられても何一つ抵抗しなかった。いや傷と毒があったものだから上手く動けなかっただけかもしれないが。だがそのあとに、頬に手を添えた時には自らまるでぬくもりを求めるように擦り寄ってきた。あれはいけない。
『アリス』は表情にも行動にも、まったくその感情を見せなかった。だが『アリステア』は、表情にも行動にも出てくる。口にしなくても、こちらに感情が伝わってくる。
もう、いいだろうか。俺は十分に我慢した。自重してきた。
「アリステア、俺はもう二度と後悔したくない」
「うん?」
手が止まっていることになんら不思議に思っていない顔は、いつもどおりに首を傾げてくる。
だが考えてもみてほしい。俺は、一度君を失っている。自分の知らないところで『アリス』は殺された。そして俺が傍を離れている間に『アリステア』は傷を負わされた。もう、二度と。絶望はしたくはない。
「君が好きだ、アリステア」
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