16.私の義務
適度にデスクワークをして、そして村の人たちの手伝いもする。女性の格好で『婚約』となった時はこの先一体どうなるのかと思っていたけれど、おかげさまで充実した日々を過ごしている。
「よいせっと。うん、野菜もいい感じで育ってるね」
「アリステア様のおかげですよ。よくこういう品種思いつきましたね!」
「これでちゃんと収穫できれば、保存もバッチリだよ」
「楽しみでさぁ!」
品種改良が上手くいったものから村の人たちに苗を分けて、そして各々育ててもらっている。今のところこの芋は上手く育ちそうでホッと息を吐き出した。ちゃんと毒見……ではなくて、味見。味見もして味も問題なかったから、あとは無事に収穫できるようにと願うばかりだ。
「あれ? そういやライラックさんはいないんですね」
「ああ、ちょっと他の手伝い行ってるよ」
「ほほ~、そうなんですか。いやぁ、モテる男は大変ですなぁ」
「本当にねぇ」
雑草を抜きながらおじさんとそうにこやかに会話する。どうも私の手伝いをさせすぎて、村の人たちから私とライは二人でワンセットという認識になってしまっているみたいだ。ちょっとライに申し訳ない。
ということで少しだけ別のところに手伝いに行ってもらっている。例の女の子のところだ。あそこは母親とあの子の二人暮らし、男手も必要な時もあるからそこに向かってもらった。
「ちょっと寂しいんじゃないんですか? アリステア様」
「ん~……ちょこっとだけ、ね? 私には友人といえるのがライぐらいだから」
「……いや寂しいですね」
「そんな真剣な顔で憐れまないでよ……」
「はははっ、すみませんすみません。その分ほら、俺たちがいるじゃぁないですか!」
友人が少ないのがそんなに可哀想に見えたのかな、としょんぼりと肩を落とすと愉快な声でおじさんはパシッと私の背中を軽く叩いた。建前なんて使わない、でも彼らは本音をしっかりと口にしてくれるから私はそっちのほうが嬉しかった。
ちょっと叩かれた背中痛かったな、と思いつつ笑みを浮かべておじさんの言葉に頷く。村の人たちがいて、そして屋敷には私の帰りを待ってくれている人たちがいる。寂しいと思ったことなど一度もない。
「ならアリステア様、ライラックさんがこっちに合流するまで軽食でも食っときますか?」
「そうだね! 奥方が作ってくれたパイ、私好きなんだよ」
「おぉ! うちのがそれを聞いたら大喜びですよ!」
彼の奥さんは畑の手伝いはもちろん、内職もしていてとても働き者だ。料理をするのも趣味のようでいつも美味しいものを作ってくれる。そりゃ、旦那さんだって奥さんの手料理を食べるために張り切って仕事するよ、と笑みを浮かべる。
「……ん?」
手を洗って一緒に家の中に入ろうと歩き出したところ、何かの臭いが鼻につき顔を顰める。私だけではなく、おじさんも気付いたようだ。お互い顔を見合わせて臭いが流れてくる方向へ視線を向ける。
「なんだ、ありゃぁ……」
「煙……?」
少し離れた林のほうで、煙が上がっているのが見える。何か燃えるようなものはないはずだし、自然発火することもないはずだ。
指笛を吹き、下降してきた鳥に急いでしたためた紙を括り付ける。おじさんは火事だと思っているようで急いで水の準備をしていたけれど、そんな彼を手で制する。
「私が様子を見に行ってくる」
「えっ?! で、でも危なくないですか?! せめてライラックさんが戻ってきてから……」
「大丈夫、様子を見るだけだし。それに知らせを送ったからすぐに私の騎士が来るはずだよ。もし炎が舞ったり黒煙が上がった場合はおじさんが村の人たちに知らせて」
「わ……わかりました。でも、無茶はしねぇでくださいよ、アリステア様……」
心配してくれるおじさんに「ありがとう」と一言告げて、腰に下げているものを確認した私は直様林のほうへと向かった。
ここは自然のままであまり人の手がついていない。たまに村の人たちと雑草が伸びすぎないようにと軽く手入れをするぐらいだ。だから、普段人が立ち入ることもあまりないはず。けれど私は草木に身を潜めながらより奥のほうへと足を進めた。
奥に進むと煙が上がっていた元の場所へと辿り着いた。未だに煙は上がっており、煙が上がるということは火がついているということ。そしてその火を数人の男たちが囲んでいる。身なりからして真っ当な人間じゃなさそうだと更に息を潜める。
「まさかこんなところに村があるたぁなぁ」
「しかも見た感じ、そこそこに食い物もありそうじゃねぇか」
「女、子どももいたしなぁ。楽しめそうだ」
「どれから行くよ? 食い物?」
「ばっか、そこはやっぱ女だろ」
「子どもでもいいぜぇ?」
「相変わらず悪趣味だなお前!」
そんな会話を繰り広げながら下衆な笑い声を上げている。なんで盗賊って、そう簡単に人のものを盗もうとするのか。その心理がまったくわからないし理解しようとも思わない。
ただどこからか流れてきたであろうこの盗賊たちは、村の人たちに危害を加え奪っていこうとしている。短く息を吐き出し、息を潜めた私は草木の中から立ち上がり身を現した。盗賊たちの視線が一斉にこちらに向かう。
「なんだ、人がいたのかよ」
「お……美人……」
「お前ああいうのが好みかよ。男だろアイツ……男……だよな?」
「こんにちは。立ち聞きして悪いとは思ったけど、さっき言っていたことは本当かな?」
「あぁ? お坊ちゃん、もしかして怖くてチビッちゃった感じ?」
「ギャハハッ! かわいそう~!」
何がそう楽しいのかまったくわからないけれど、私も同じように笑みを貼り付けているからどっちもどっちか。まぁでも彼らは私の問いに正直に言葉を返すつもりはなく、ただ私のことを煽って楽しんでいるだけだ。
なら仕方がないか、と足を進めれば男たちは更に楽しげにニヤニヤと笑っている。
「綺麗な顔じゃねぇか。高く売れそうだな」
「高く売る前に俺らで楽しんでもよくねぇか? 女と一緒に囲っちまおうぜ」
腰に下げているものを手に取ると、楽しげに笑っていた盗賊たちが一斉に身構えた。そう構えるものでもない、ただのダガーだと内心微笑んでやる。
「私には村の人たちを守る義務がある」
「はぁ? 頭イカれてんのか――」
「ギャァァッ?!」
地面を踏み込み一番手前にいた盗賊の足に、思い切りダガーを突き立てる。刺された盗賊は悲鳴を上げながら足を押さえ地面を転がり込んでいた。それを気にせず次の目標を定めてダガーを振り上げる。
「この野郎ォッ!」
一斉にそれぞれの武器を向けられ、一つずつに対処しながら一人また一人と倒していく。まともな実践なんて経験はないけれど、ずっとディーンたちが剣術を教えてくれたおかげでそれなりに身体が動かせている。
「調子に乗るんじゃねぇぞこのクソ野郎ッ!」
前後に挟まれ後ろからは剣が、前からは鉤爪が襲いかかってくる。引いたところで後ろは確実に斬られ、鉤爪の攻撃範囲にも入っているため前からも斬りつけられる。となれば――と、私は迷うことなく前進し寧ろ間合いの中に入り、先に鉤爪のほうを対処した。
直後背中に焼け付くような痛みが走ったけれど、仰け反ることなく後ろに足を振り上げれば「ギャッ」と潰れたような声が聞こえて男は崩れ落ちた。まぁ……急所を蹴り上げられたら気絶もするよなと内心同情する。同じ男としてそこだけはやってはいけない場所だろうとは思ったけれど、『令嬢』として過ごしていた時はそこの攻撃が何よりの活路だった。
迷わず蹴り上げて悪いと内心謝りつつ、少し離れたところで弓を構えている男の姿が目に入った。射られる前に避けようと身体を動かしたのだけれど。
「テメェ……!」
鉤爪の男が痛みに堪えながらも私の足を掴んで離そうとはしなかった。そこを弓を構えている男が見過ごすわけがない。まぁ、肩辺りに当たるように上半身だけでも動かそうかと身体を捻る。
「うわぁぁッ?!」
けれど、矢は私の肩を貫くことはなかった。
「アリステア!」
荒く息を繰り返し、汗を流しているライが弓を構えている男の顔面を思い切り殴りつけた。とても痛そうな音がしたものだから思わず顔を顰めてしまう。
「アリステア様!」
続いて傍までやってきたディーンが私の足を掴んでいる手に気付き、鉤爪の男を蹴り飛ばしたあと上から抑えつけた。ギリギリという音が聞こえてきそうで、これはまた痛そうな音に私はまた顔を顰める。
「アリステア様っ……あ、あぁっ、お怪我をっ」
「フィン、お願いがあるんだけど」
駆けつけてきたライが私の背中の傷に気付いて、素早く布を破って手当てをしてくれている。他の盗賊たちを拘束しているディーンに、まるで自分が怪我を負ったかのように痛そうな顔をしているフィンに笑顔を向ける。けれど、あまり上手く笑えなかった。
「今から言う薬草を、ノラに伝えてほしいんだ。彼女なら、準備できるはず、だから」
「まさか、毒か……!」
「ハハ、みたいだね」
ライがハッとして近くに落ちている剣に目を向ける。剣先に薄っすらと紫色の如何にもな液体が塗られてあった。
「ディーン、盗賊たちを殺さないようにね」
「もちろんです……あとでたっぷりと、拷問させてやりますよ」
「まぁ、御手柔らかに……」
「無理な話です」
淡々と盗賊たちの処理をしているディーンの顔はいつもと違って真顔だ。これは私が何を言ってもきっと聞いてくれないなと苦笑を漏らす。
「アリステア……遅くなって、すまない……」
「いいや、早いほうだと思ったよ。私が、もう少し待っていれば、よかったんだ」
「まったくです」
頭を垂れるライに苦笑を向ければディーンの容赦のない言葉が返ってくる。ディーンたちにとって私の剣術は素人当然だ。プロに任せればこうなることはなかったと存外に告げてくるディーンに、謝らなければならないのは私のほうだなと頭を下げた。
でも、村の人たちが襲われるとわかっていながら何もしないわけにはいかなかった。私がディーンたちを待っている間に、もしかしたら田畑は燃やされたかもしれない。女性たちは連れ去られていたかもしれない。黙ったままでいると大切なものが奪われていく。
無謀だとわかっていながらも私が姿を現したのは、必ずやってきてくれると信じていたディーンたちのための時間稼ぎだった。
「……無茶はしないでください」
「ごめんね」
「……ライラック殿、アリステア様を運んでやってください。恐らくもう少しすると気絶します」
「ああ、わかった」
容赦ないな、と苦笑しつつもディーンの言っていたとおり、意識が徐々に遠ざかっていっているのがわかる。恐らく毒の影響だ。
私を支えてくれているライに申し訳なく思いつつ、私は一旦そこで意識を手放した。
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