13.共同作業しましょ

「さぁ! 今日は張り切ってもらうよ!」

 と、気合い充分な私に苦笑をしたのはライだった。

 今日はいつも通りに村の人たちの手伝い……ではなく、村総出での作業だった。それはこの村のシンボルであったであろう、村の端のほうにひっそりと立つ教会の修繕だ。

 昔は憩いの場ということでよく人も来ていたようだけれど、神官不在となって管理する者がいなくなり徐々に寂れていったそうだ。前に下見に行ったけれどそこそこ立派な教会で、このまま放置するのは勿体ないと色々と捻出し姉上の許可も得て、ようやく修繕することとなった。

 首都から運ばれてきた道具は材料をみんなで手分けして運び、それぞれ自分たちができる範囲で作業していく。男性陣は率先して力仕事をしていて、女性陣は細々とした作業をしてくれている。子どもたちは色が剥がれてしまった箇所を楽しげに塗っていた。

 騎士のディーンとフィンも木材を運んでくれたりして手伝ってくれてるし、ノラだって疲れた人たちのところへお茶を運んでくれている。そしてライも、何一つ文句を口にすることなく村の人たちと一緒にせっせと身体を動かしていた。

 もちろん、私だって見ているだけじゃなくてみんなと同じように動いている。まだ『婚約者』となる前はドレス姿でも平気に木登りとかしていたせいか、どうやら私は身軽なようだ。屋根の修理なども率先して行っていた。

 教会を修理する、という大変な作業にも関わらずなんだか和気あいあいとしてみんな楽しそうだ。たまに木材の角が当たって喧嘩したりするシーンもあったけれど、それも颯爽と現れた奥方がぴしゃりとその場を収めてしまう。それを見てすごいなぁ、と思わずクスクスと笑ってしまった。

 みんなで朝から張り切ってやって、そしてお日様が天辺を昇った頃下からノラの声がかかった。

「アリステア様、そろそろ昼食取ってください」

「うん、そうするよ」

 それぞれが昼食を取り始めているのを確認して、私も屋根から梁を伝って下へ降りる。すると目の前には昼食を持っているライが軽くその手を上げた。

「彼女から預かっておいた」

「ありがとう~、ライ」

「そうしないと余り物だと思ってみんな食べようとするんだと」

「あらら、そうなると私は空腹で困っちゃうなぁ」

 苦笑しつつ昼食を受け取る。とはいえ、お腹空いたところで多少は我慢できるし、別にみんなに食べてもらっても構わなかったんだけど。でもそうするとノラが怒るから、だから先に私の分を取っておいてくれたんだろう。

 ライと一緒に座れそうな木材のところへ移動し腰を下ろす。片手で食べれるようにそして尚且ボリューミーに作られた調理パンに、あたたかいスープが入っているボトル。両方とも色んな味が楽しめるようにと種類多く用意してくれたようだ。

「屋根のほうはどうだ?」

「順調だよ。ライもありがとね、手伝ってくれて」

 大変じゃない? とパンを口に運びつつ聞いてみると、彼は緩く笑って「

大丈夫だ」と告げた。

「子どもですら手伝っているというのに俺が何もしないわけにはいかないからな」

「でもすごくあちこちからお願いされてるよね?」

「ああ、楽しいよ」

 彼からそんな言葉が飛び出してくるとは思っておらず、思わず目を丸くしたけれどすぐに笑顔に変えた。よかった、そう思ってくれて。

 この村に来た当初のライが今のライの姿を見たらきっと驚くだろうなぁと笑みを浮かべる。だって貴族の人間が、こうして村の人たちと汗水垂らして一緒に作業するだなんて。最初私が収穫のために土に汚れていた時にはあんな顔をしていたのに。それが今では「楽しい」と言ってくれるんだから。喜ばないわけがない。

 談笑しながら昼食を取っていると、何やら村の女性がチラチラこっちを見ながら歩み寄って来ようとしている。その手にはバスケットがあって、私はサッと周りに視線を走らせた。夫婦のところは奥さんお手製の昼食を持ってきていて、余った分は周りに差し入れしている。恐らくあの子も自分で作ってきたのだろう。

「あ、あの、お二人もこれ……よかったらどうぞ」

「いや、俺は……」

「ありがとう~、ありがたく頂くよ」

「お、おい」

 渋ったライに比べて私はすんなりとその子からバスケットを受け取った。中には美味しそうなスコーンが入っている。

 ライが渋った理由はわかっている。貴族だから、他人が作った料理をすんなりと口に入れることはできない。だから断ろうとしていたんだろうけれど、でも私は折角彼女が作ってきてくれたことだし頂くことにした。まぁ、あんな純粋そうな子が物騒な物を入れるとは思わないし入っていたとしても多少なら大丈夫だろう。多分。

 スコーンを一口頬張って、数回咀嚼したあとライにも渡す。何も入っていないよ、と存外に告げた私に彼はまだ少し渋っていたけれど、それでも受け取って同じように口に運んでいた。

「美味しいね」

「……ああ」

 でもまだちょっと抵抗があるみたいだ。そんなライに苦笑していると視線を感じて顔を上げた。さっき私たちに差し入れをくれた子がチラチラっとこっちの様子を伺っている。そして、ライの姿を見てホッと息を吐きだしていた。ああ、あの子って。

「あの子ライのことが好きなんだね」

「ブッ?!」

「うわっ?! いきなりどうしたの?!」

 唐突に吹き出すなんて思いもしなくて、びっくりして思わず仰け反ってしまった。そのライはというと思いっきり咽てしまったのは苦しげにゲホゲホ言っていて、慌てて背中を擦ってあげる。

「な、なん……いや、っというか、よく」

「気付いたなって? 失礼だなぁ、私だってそれぐらいはわかるよ」

 だって彼女どこからどう見ても恋する乙女の目じゃないか。ちょっと頬染めてライのことが気になって見ちゃうぐらいなんだから。

 一応私も貴族の人間だし、人間の感情の揺れ動きぐらいはわかる。憎悪とか嫌でも気付かされるし、何か企んでいるなってわかってるからこっちに害が加わる前にササッと避難もする。誰かと話すことは少なかったけれど、その分目を養ってきたつもりだ。

 改めてスープでも飲んで落ち着こうとしているライに視線を向けてみる。まぁ、あの子が好きになるのもわかるなぁとしみじみと思ってしまった。やっぱり貴族だったから所作が綺麗だしなんと言ったって顔がいい。『婚約者』がいなかったらきっとあらゆる女性に声をかけられていたに違いない。

「……なんだ」

「ん~? あの子、お目が高いと思って」

「っ……また、そんな」

「ん?」

 でもライの言葉は続くことはなかった。ただ頭を抱えて何かブツブツ言ってる。何か困らせるようなことでも言ったかと首を傾げた時だった。何やら騒がしいような気がして視線をライから外して声の聞こえるほうへ向ける。一人の女性があちこち見渡しながら、誰かの名前を呼んでいた。

「何かあったか」

「そうっぽいね」

 立ち上がるのはほぼ同時だった。一緒に女性のほうへ足を運ぶ。彼女は顔を青くしながら未だに誰かを呼んでいた。

「どうしたの?」

「ア、アリステア様……! シアが、うちの子が見当たらないんです!」

「『シア』?」

「彼女の娘だよ。まだ小さなかったよね?」

「そうなんです! だから私の傍から離れないでって言ったのに、いなくなっててっ……!」

「どうしたんですかい?」

 騒ぎを聞きつけて休憩していた村の人たちが自然と集まってきた。けれどみんな彼女の娘がいなくなったのを知って、より一層騒がしくなる。のどかな村とはいえ、女の子一人という状況は危険だ。川や崖下に落ちる可能性があるから。

 みんな一斉にバラバラに探し出そうと動き出したものだから、私は慌ててみんなを止めた。

「待って。みんな一人で動かないで。せめて三人ぐらいまとまって、そして探す場所を分担しよう」

 もし個々で動いてしまうと二次被害にも合いかねない。だから大人だろうとなんだろうと一人で動かないでほしいと念を押す。

「アリステア様、俺もフィンと共に探してきます」

「うん、お願い」

 私の言葉を聞いてそれぞれ三人一組ぐらいにまとまってくれて、それぞれが自分がよく知っている場所からまず探しに行こうということになった。

「もし見つからなかったら一度この教会に戻ってきて。ノラ、君はここに残ってそれぞれの報告を聞いてまとめてほしい」

「わかりました」

「俺たちも行こう。日が暮れると危険だ」

「そうだね」

 ライの言葉に頷き、私たちも探しに行くことにした。

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