第18話 アニマルセラピー

使う前に…と、ステータスを開いてMPを見れば、全快していた。MPがどれくらいいるかわからないけど、ヒールが8だったしそれほど消費はでかくないだろう。大丈夫そうだ。ステータス画面を閉じ、再度ヴィトに意識をやる。

ええと、ヒールが体でセラピーが心を癒すことができるんだったか。使い方は今までと同じでいいのかな。


「えーっと…アニマル、セラピー」


特に何も考えず、とりあえず唱えてみる。すると、ほわりと右掌が暖かくなる。掌の側面だけでなく、暖かい空気が…こう、手にまとっているような感じだ。

そのままヴィトに当てると、当てたところから塊たちがポロポロと取れて絡まった毛がかすかに揺れながら解けていく。なんだこれ、すごく便利じゃないか!たしかに体が清潔にならないと休まる心も休まれないよな…なんだ、もっと早くに試してみればよかった。

タオルを膝に置き左手にも意識を向けると暖かくなったので、両手でヴィトをよしよしと撫でていく。撫でたところから毛並みが良くなっていくので、爽快である。

どうやらすごく気持ちが良いらしく、ヴィトは目を閉じたまま徐々に力が抜けていく。クルルルとかわいらしい喉の音も聞こえる。


「気持ちいいか?」


撫でながら聞くと、こくりと小さく頷いた後、そのまま脱力する。どうやら寝てしまったらしい。

それなりに気を張っていたであろうヴィトが、こんなにも幸せそうに溶けきっている。アニマルセラピー、恐るべし…

全ての汚れをとるために、起こさないように気を付けつつも全身をこねくり回す。固まってしまった血や瘡蓋、抜けて絡まった毛などを取り終え、仕上げに濡れたタオルでヴィトを拭いた後にもう一回両手で撫でつける。するとあっという間にサラサラふわふわな子犬の完成だ。


「うん、いい仕事をした。」


肩を回しながら伸びをする。休まずに手をわしゃわしゃと動かしていたため、腕が…いや、若干体全体がダル重い。運動不足を感じる。いやしかし、納得ができる仕上がりなのでよしとした。

とは言っても、ヴィトが今の大きさだから撫でつけるという行為でアニマルセラピーを使用できたが、成長したら難しい。もう少し使い方を考えればうまく使えるだろうか。

んで、どれくらいMPが減ったかなと確認してみれば、10も使用していた。残りMPが2しかない。

あれ、ヒールのほうが低いのか。命に係わるってんでヒールの方が高そうにも思えたが…まぁ確かにセラピーも便利だし、妥当っちゃ妥当なのかね。


濡れたタオルに抜けた毛や血の塊を挟んで空間ボックスに入れ、乾いたタオルでヴィトを包む。所謂おくるみというやつだ。赤ちゃんのように白いタオルに包まれたヴィトは起きる気配はないので、そのまま抱えてママさんの元に戻ることにした。


「モウイイノカ。」

「ああ、ありがとう。あとは特に用事はないから、寝床に連れて行ってもらえると嬉しい。」

「ショウチシタ。ソレホドトオクハナイ。ツイテコイ。」


ママさんたちは池の奥の方へと進む。着いて少し歩けば、洞窟のような場所に案内される。

なるほど、ここが彼らの拠点か。3mほど高く積まれた土にトンネルのような穴を下に続くように掘り進めているようだ。緩やかな下り坂を降りてゆけば、先ほどの池よりも広い空間に出る。そこには他のデカモフたちもいたので、集落のようなものなのかもしれない。俺と一緒に帰ってきたメンツもこの広場に着いた途端、合図もなくバラバラに散る。家族ごとに定位置があったりするのかな。

また、洞窟の中だというのにほのかに明るい。よく見てみれば床や壁、天井にも苔が生えており、それが優しい光を発していた。これのおかげで真っ暗にならずにすんでいるのか。便利な苔があるんだな。

そんなことを考えながらあたりを観察していると、ママさんが池には居なかったデカモフたちに近づき、何か話している。たまにこちらに視線をよこすので、俺たちの説明をしているのは明らかだ。というか今更だが、ママさんって長だったりする?こう、他の面々を率いてる感じだし、一番強そうなオーラがある。それに少し気になっていたんだが、片言ではあるもののしっかりと文章を喋れるのがママさんしかいないっぽいんだよな。

ママさんとデカモフの会話に少し集中してみる。


「コンヤ、カギリダ。ワルイヤツデモナイ。」

「…コ、フアン。」

「コニハ、チカヨルナトイッテオケ。モシ、ヤツガチカラヲフルウナラ ワレガトメル。」


ママさんの言葉に納得できたのか、頷いた後に各々の子を抱きあげて部屋の隅に寄る。まぁ、そうだよね。俺だって人間だらけのところに全然違う知らない生き物が来たら、会話が通じるにしても何をしでかすか怖くてたまらないし。

それにママさんの子を助けはしたけど、それを見たのは実際に助けられたあの子ウサギしかいないから信用できる要素って言っても薄いよね。わかるわかる。

勝手に一人で頷いていると、ママさんが戻ってきて俺が今夜過ごして良いスペースに案内してくれた。ありがたい…ぶっちゃけた話、屋根も壁もある場所で過ごせるとは思わなかったからすごく助かる。やはり、あるのとないのとでは安心感が違うからな。

スーツを脱いで尻に敷き、壁によりかかる。寝転んだ方が疲れは取れるとは思うが、次いつ風呂に入れるかわからない状況なのでできるだけ髪に土を付けたくない。この世界、貴族以外も風呂に入れるのかな…俺が読んでた漫画は、風呂は贅沢品ってんで、貴族しか入れなかったけど。

いまだにスピスピ眠るヴィトを抱え、胡坐を搔きながらウトウトする。


ああ、今日は本当にいろんなことがあった。異世界転生なんてどんな冗談だとも思うし、夢なら醒めてほしい気持ちもある、が…


腕の中の軽すぎる重みを、ぎゅっと抱きしめる。


ヴィトを幸せにしてからでもいいかな、醒めるのは。

そんなことを考えながら、眠りについた。

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