第17話 池

右に左にと揺れるヴィトのお尻もとい尻尾を見ながらちまい2匹に歩幅を合わせてゆっくり歩いていると、かなり日が傾き辺りも本格的に暗くなってきた。

子供の頃から変わらない視力のみが俺の誇れる長所ではあるが、流石に夜目は効かない。

それに、道なき道をクネクネと…たまに獣道なんかも通っているため、2匹が見えなくなれば完全に迷子だ。あと普通に怪我しそう。

月も出ているようだが木々に隠れており光が足元までこず、さてどうしたもんかねと思ったその時、目の端にきらりと何かが光った。


「ココ!」

「あ、まって!」


子ウサギはピョンと飛び出し、駆けていく。ヴィトもその後ろを追いかける。

それについていけば、想像していたものよりも少し小さな池に辿り着いた。池の辺りはひらけており、そこそこの数の魔獣たちが水分補給にきていた。

月明かりに照らされたその小さな池は蛍のような光がチラチラと舞い、とても神秘的だ。

また、彼らは突然出てきた人間に驚いたのか一斉にこちらに視線を向けた。

いくつもの目が見てくるもんだから正直かなり怯んだが、気にせず2匹についていけば視線は外される。

ただ、こちらを意識しているのは明らかで少しピリピリと肌に何かを感じた。

ごめんな、今日一晩だけお邪魔するだけだから…下手に声をかけないほうがいいだろうと、心の中で謝罪をする。


「ママ!」


子ウサギが、俺よりも縦にも横にもでかい白いモフモフに突進する。

ま、ママさん?大きいね?

その後ろにはママさんと同じサイズのモフ…いや、ゴツモフたちが数匹と、それよりも小さなウサギが数匹いた。

もしかして集団でお世話する系の生き物なのかな。

子ウサギは一生懸命キィキィとママさんに俺たちと会った経緯を話しているようで、次第にママさんたちからの視線の強さが弱まってきた。

それにしても、耳に入る音では「キィキィ」で合っているのにちゃんと言葉に聞こえるのは翻訳スキルのおかげかな。なんて考えつつ、ヴィトを拾い上げて話が終わるのを待つ。ああ、早くヴィトを洗いたい。この絡まった毛を、砂を、洗い流してサラサラのモフモフにしたい。


そして子ウサギが全身でハァハァと息をするころ、説明が終わったらしい。怒涛に喋り切った子を肩に乗せたママさんはのそのそとこちらに歩いてくる。

てか、ママさんたちは二足歩行なんだ…その可愛らしい子ウサギもいつか立派なゴツモフになるのかしら…

そしてママさんは俺たちの前に立つと、のそりと頭を下げた。


「コヲ、タスケテクレテ カンシャスル。」

「ネドコガナケレバ、コヨイハウチデヤスムガイイ。」


グルル、というウサギにしてはあまりにも低すぎる唸り声だが、しっかりと言葉にも聞こえる。


「ああ、ありがとう。ええと…早速だが、水を借りても?」

「アア。ヨルハイツモ モウスコシオクニ、イル。オワレバ、コエヲカケロ。」

「わかった。」


ママさんの言葉に頷き、池に近寄って胡座をかく。

いわゆるお父さん座りというやつだが、今の子には伝わるのだろうか。

足の隙間にヴィトをおろし、空間ボックスからタオルを出す。本当はブラシも欲しいんだが…今は実物も金も無いので我慢するしかないな。

街について市場を確認したら、どうにか金策を考えねば。

テンプレは身分証のためにも冒険者に登録することだが、この世界でもそれは通用するんだろうか。


いやそんなことより、先にヴィトだ。思考を切り替えるために少し頭を振った後、池に指をつける。

かなり冷たいようで、一瞬痛みを感じた。タオルを浸しながら池を観察する。


「かなり冷たい。しかし、蛍モドキが飛んでるだけあってめちゃくちゃ綺麗だな。昼間は池の底が見えるかもしれない。」

「ほたるもどき?」

「あの光ってるやつだよ。もしかして、この世界には蛍はいないのか?俺がいた世界だと、蛍っていう虫がいる川や湖なんかは、水が綺麗な証拠って言われてたんだ。」

「んと、むしはあんまたべないからわかんない。けど、あのひかってるのはね、ようせいのあかちゃんだよ!まさよしも、みえるの?」

「妖精の赤ちゃん?」

「うん!まだうまれたばかりで、なにもかんがんがえられない。だけどいいもの?にあつまる、から、おいしいみずのみばとか、めじるし。」

「なるほど。まだ自我が芽生えてないからこそ純粋に良いものに集まるって感じか。でも、俺も見えるってどういうことだ?」

「んと、にんげんはみえるひと、すくない。とおいむかし、にんげんがようせいにわるいこと、したから。おこって、みえなくなっちゃった。」

「少ないってことは、見える人間もいる?」

「にんげんも、あかちゃんのときはみえるって、きいたことあるよ。あとは、んと、んと…わかんない。」

「そっかわかんないか。でも、教えてくれてありがとな。」

「へへ」


お礼を言われ慣れていないのか、お礼を言うと毎回ヴィトは耳と尻尾をせわしなく動かして照れる。うーん、かわいい…

というか、あれか。妖精ってやつはあっちの世界でいう、赤ちゃんや小さな子供には幽霊が見えるみたいなものと一緒なのか。自我が芽生える前までは純粋無垢な存在で幽霊や小さいおじさんなんかが見える…みたいな話を聞いたことがある。確かに小さなおじさんは妖精の枠だよな。


綺麗な水を吸わせたタオルを軽く絞り、広げる。キンキンに冷えたタオルだが、汚れを取るなら少し暖かい方が良い気もしなくもない。まぁ、ないものは仕方がないので、そのままだ。


「ヴィト、冷たいぞ」


声をかけてヴィトの毛にタオルを充てる。一瞬ビクリと体を揺らすが、そのあとはおとなしく拭かれていた。うーん、やはりこの絡まった毛だとか固まった血だとかは取れにくいな…ガシガシするのも気が引けるし、どうしたもんかな。

ヴィト自身もタオルに包まれて拭かれていると、毛のゴワゴワ感がわかるらしい。少しムッとした顔をしている。

そうだ、ついでにあれ使ってみるか。アニマルセラピー。

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