人が消えた街4

翌朝。しんと静まりかえった街に真っ白な陽光が差し込みはじめ、辺りの霧が薄くなっていきます。

ソラは目を覚ますと、もう1人の少女が隣にいることを確認しほっと一息。テントから這いずり出ます。固まった体をほぐしなが焚き火に近づき、種火を集めます。昨日、集めておいた小枝や枯れ木をその上に重ねて置くと、細く白い煙が立ちのぼります。

湿っていた木材は煙を出しながら乾いていき、その身に炎を灯しました。

太めの枯れ木に火が燃え移ったことを確認すると、今度は水を汲みに行きます。テントから2分ほど歩くと、昨日と同じ水場に着きました。そこは幅2mぐらいの小川で、川面には朝日が眩く反射しています。

ソラは「うぅ」と目を細め視界の光量を減らし、川の水を持ってきたバケツに入れました。一応、食べれそうな野草を探しますが、無さそうなのでそのまま帰ります。


ソラがもどると、焚き火のそばでくつろぐレナの姿がありました。まだ眠いようで、目を擦ってます。


「おはようレナ」

「おはようソラ」


それ以上の会話は無く、二人だけの時間が緩やかに過ぎていきました。

しばらくすると、ビル群から今はいない労働者に向けた始業のサイレンが鳴り響き、二人のいる公園の周囲でも整備ロボが起動する音がちらほら聞こえ始めました。

街の『鼓動』に急かされてか、ボーっと焚火を見つめていた二人も気怠そうに立ち上がり、それぞれの仕事に取り掛かります。


「きょうは、どうするの?」

「生産施設で保存のできそうな食料の調達かな」

「そのあとは?」

「その後は…この都市とはお別れして、しばらく野宿生活だね」

「また、れーしょんせいかつかぁ」

「あるだけでも、ありがたいと思えよー」

「ふぁーい」


そんなこんなで、たらたらした直近の人生計画を話し終えるころには、解いた荷物も公園に流れるきれいな飲み水もすっかり荷台に収まっていました。

二人が乗り込むと、奇妙な乗り物は静かな公園に鈍い音を響かせ、工業地区に向け動き出しました。



工業地区は、複数の大きな建物からなっており、その中ではほかの地区では見なかった奇々怪々な自動ロボが己の役割を果たすため、意気揚々と活動していました。その集合体から発せられる騒音はすさまじく、会話なんて出来たもんじゃありません。


「・・・・・」

「なんだってー?、それより・・・・・」

「ぜんぜん聞こえないよー・・・・・」

「・・・・・、・・・」

「わぁ、・・・でか・・せん・・き」

「荷・が・・される、押さえ・・」

「・・・・・・」

「ぷはぁ、すごかったね」

「荷物は、全部無事?」

「さっきもらったかみがとんでった」

「パンフレットね、まぁ何処かにおいてあるでしょ」

「あと、すーぷつくるやつも」

「あれはもうすぐガス欠になってただろうし別にいいや。それより今の私たちの状態の方がもんだいか」


巨大なファンに囲まれた通路を抜けた二人はそれはもうひどい状態でした。髪はボサボサで服は乱れ、しまいにはファンから出てきたホコリやら油で全身がコーティングされており、生乾きの雑巾に近くもなく遠くもない何とも言えない匂いを放っていました。


「うげぇー、くさーい」

「仕方ないだろ、まともに入れそうなのここしかなかったんだから」

それにと、レナは続けます。

「強行突破して警備ロボに追い回されるよりましでしょ」

「それはそう」


時は少し遡り、二人が工業地区の入り口に着いた時の事いです。そこには、フルスロットルで行けば突破できそうな金網のゲートと、数十体の警備ロボが並んでいました。

以前は、町中のトラブルに駆り出されていた警備ロボも、人のいなくなった今はこういった検問所などに、暇そうに待機しているのでした。

中に入ろうとした二人に、一体の警備ロボがパンフレットを持ってきて身分証の提示を求めました。

もちろん二人がそんなもの持っているはずもなく、ましてやそれを無視して強行突破など自殺行為に等しいわけで…

二人は別の入り口を探す必要があったわけです。

そうして見つけたのが、黒くツヤツヤした虫がひしめく細い通路と、今回通ってきた巨大なファンに囲まれた通路の二つでした。

後者が選ばれた理由は、あくまでもふたりの「楽しそうだから」の一言であり、黒色のツヤツヤの『あれ』が嫌だったわけではないようです。


臭く汚い二人がしばらく工場見学を続けていると、お目当ての場所が見えてきました。頭上には前方を指し示す矢印と「保存食糧生産ライン」と書かれた案内板が天井から吊るされていました。


「これは、かり?」

「似たようなもんでしょ」

「いっちょやりますかぁ」

「楽しそうだね」

「そういうレナこそ、たのしそうだね」

「そりゃぁ、食べ物様の御前だからさ」


そういって二人の狩り、もとい強盗が始まり少なくとも三ヵ月分ほどの食料は確保できたようです。


「そういえば、しずかだったね」

例の通路を通り本日二回目のコーティングを終えた時、ソラが話しかけました。

「確かに、警報の一つも鳴らなかったね」


「ふむ」と考え始めた時、通路の出口と直方体の何かが立っているが見えます。

通路の幅は二人の奇妙な乗り物ギリギリしかなく、それを避けようがありません。

レナがゆっくりとブレーキを踏み、車体はそれの少し手前で停車しました。

出口から差し込む光でよく見えなかった「それ」は一体の警備ロボのようです。


「もしかして…ぜんぶ、ぼっしゅう?」


不安気にソラが声をかけるとレナは「運が良ければね」と微笑んで返し、エンジンを止めました。

警備ロボはエンジンの停止を確認すると底面から三つのタイヤを展開し、二人に近寄ってきました。

何も言わずにただまっすぐに近寄る警備ロボに対し、二人は何もできずにいました。


「ねえ、にげようよ」

「その必要はないかもね」

「どうして?」

「警告もないし、武装解除も求めてこない。敵意はなさそうだよ」

「ぶそうかいじょ?」

「武器を捨てろってことだよ」


そう言われたソラは胸元で抱えていた「ボウちゃん」をさっと手放しました。


「ゴイリヨウノモノハ、ミツカリマシタカ」


目の前の警備ロボにあまりにも想定外のこと話しかけられ、驚いたレナは一瞬言葉を詰まらせ返答しました。


「み、道に迷ってしまって、ここの出口ってどちらになりますかね?」

「ソウデシタカ、コノサキガ、デグチトナッテオリマス」

「そうでしたか、助かります。」


いそいそとエンジンをかけようとするレナの前に、警備ロボが何かを差し出しました。


「デハ、コレヲドウゾ」


それは、先ほどまで二人が必死にカバンに詰め込んでいたものと、全く同じ物でした。


「オフタリノ、ブジヲ、イノリマス」


そういって警備ロボは二人より一足先に出口に向かいました


「あぶなかったね」

「そうでもないかもよ」


フーっと息を吐き安堵するソラに、レナが警備ロボからの贈り物を運転席から投げ渡しました。


「これ、わたしたちがぬすんだのと、おなじやつ?」

「裏、見てみ」


レナに促されて贈り物の小さい箱を裏返すとそこには、「マタノ、ゴリヨウヲ、オマチシテオリマス」と書かれた紙が貼ってありました。


「なんてよむの?」

「ん-とね「今度来るときは、表から入って好きなだけ持って行ってください」だってさ」

「たべものもっていったら、こまるひといない?」

「もう居ないみたいだよ、この街には」

「じゃあ、よかった」


満面の笑顔で受け取ったレーションをパンパンのカバンに詰めるソラを横目にレナはエンジンをかけ、そうして奇妙な乗り物は出口に向かってゆっくりと走り出しました。

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