第33話 帰還

 今すぐにでも剣を確認したかったマルスだが、それを副騎士団長が許してはくれなかった。これまで戦ってきた魔物とは違う、自分と同じく知識と感情を持った人間なのだ。スキを突いて攻撃をしてくるし、フェイントも使う。


 さすがはアレクシア王国の副騎士団長とだけあって、強さは本物だった。だがしかし、マルスも負けてはいない。あの”踊る剣鬼”の一番弟子なのだ。

 初めこそ、対人戦の経験が少なかったマルスに対して有利に戦っていた副騎士団長だったが、徐々に押され始めた。


 一太刀、一太刀ごとに攻撃が見切られていく。一度目は剣で受けたり、大きく回避したりしていたのが、二度目は測ったかのようにギリギリでよけるとカウンターで切り込んで来た。それを何とか副騎士団長が剣で受け止める。もしマルスの剣が名剣であったなら、勝負はすでについていただろう。剣の状態が気になって、マルスは思い切り踏み込めないでいた。


『どうしたマルス、踏み込みが甘いぞ。何でなでるような剣なんだよ!』

「そんなこと言われても……エクスは何ともないの?」

『別に?』


 本当はマルスが何を気にしているのかが分かっているエクスだったが、ここでマルスをためらわせるわけにはいかなかった。自分の身が砕けようとも、マルスには勝って欲しいのだ。


 もうエクスは自分のことなど、どうでも良くなっていた。一緒に戦ってきた相棒なのだ。自分よりもずっと若いのに、苦労しているし、しっかりしている。マルスに比べたら自分の方が子供だ。神様が言ったように、マルスには英雄になる素質がある。それをこんなところで失いたくなかった。


『マルス、遠慮は要らないぞ。俺に構わずあの野郎をぶっ飛ばしてやれ!』


 エクスの後押しを受けて、マルスは覚悟を決めた。あいつを倒して帰るんだ。ここで自分が殺されれば、もっと多くの人が死ぬことになる。負けるわけにはいかない。

 マルスの動きに力がみなぎった。そしてついに副騎士団長が圧倒され始めた。


「くそっ、なぜこんなことに!」

「ボクにはね、一度見たものは何でも覚えてしまうという特技があるんだよ」


 ついにマルスが副騎士団長を上回る。マルスの剣が副騎士団長の鎧に届いた。だがしかし、激しく胴を斬った瞬間、剣が折れた。ぼう然とするマルス。


「残念だったな。もっとまともな剣だったら、このミスリルの鎧に傷を入れることができたかも知れなかったのにな!」


 勝利を確信した副騎士団長が剣を振り下ろす。そのとき、マルスの頭の中に聞き慣れた声が響いてくる。


『マルス、後ろに飛べ!』


 マルスが風よりも早く後ろへ飛んだ。副騎士団長の剣がむなしく空を裂き、何が起こったのか分からない様子で目を見開いていた。目の前にいたはずのマルスが今は攻撃の範囲外にいるのだ。


「エクス、生きていたんだね!」

『まだまだ、死にゃあしねぇよ。それよりも剣が折れてしまったな。だが、心配ご無用。こんなこともあろうかと、とっておきの魔法を準備しておいたのさ!』

「こんなときでもエクスはエクスだね……」


 苦笑しながらもホッと胸をなで下ろすマルス。マルスは再び副騎士団長に剣を向けた。折れたマルスの剣を見て副騎士団長が落ち着きを取り戻した。


「折れた剣でどうするつもりですか? マルス王子」

「こうするんだよ。ビームブレイド」


 折れた剣に代わって光り輝く剣が現れた。その輝きを見た副騎士団長が目を丸くし後ずさる。周囲で戦っている護衛や騎士たちも突如現れた光剣に目を奪われていた。


「な、何だ、その剣は」

「知らないのかい? これはね、聖剣エクスカリバーだよ!」


 矢のようにマルスが副騎士団長へと突っ込んだ。よけることができないと判断し、副騎士団長が体の前に剣を掲げた。手に持っているのはミスリルの剣。そう簡単に折れることはない。速さは向こうが上だが、力はこちらの方が上だ。組み合えば自分の方が有利だと副騎士団長は思っていた。


 マルスの刃が迫って来る。副騎士団長にはその景色がとてもゆっくりとしたものに見えていた。おかしい。これならマルスの剣が届くよりも先にこちらの剣が届く。そうすれば間違いなくマルスを殺すことができる。

 そう思って剣を動かそうとしたのだが、ピクリとも動かない。


 光剣とミスリルの剣が交差する。光剣はミスリルの剣をいとも簡単に切断し、そのままミスリルの鎧を切り裂く。その切り口はロウソクのように溶けていた。その光景を副騎士団長がぼう然と見つめていた。


「ぐわぁぁあ!」


 ようやく切られたことが分かった副騎士団長が遅れて声を上げながら倒れる。マルスは副騎士団長を殺すつもりはなかった。この男からはあとで話を聞かなければならないのだ。こんなところで死んでもらっては困る。


 その光景を見た騎士たちが慌てて逃げ出したが馬の足にはかなわない。すぐに全員が護衛たちによって生け捕りにされた。気絶した副騎士団長の傷を治し、ロープでグルグル巻きにしているところで、アレクシア王国の旗を掲げた騎士たちが遠くからこちらへ向かって来ているのが分かった。


『マルス、増援が来たぞ。こいつらの仲間かも知れない』

「大丈夫だよ。先頭の騎士を見てよ。兜を身につけてないでしょ? あの顔には見覚えがある。アレクシア王国の騎士団長だよ。お父様の古い友人なんだ」

『そうか。それなら大丈夫か? でも、逃げる準備だけは忘れるなよ。今度ばかりは多勢に無勢だ。尻尾を巻いて逃げ出すしかないぜ』


 二人で密談している間にも騎士たちを乗せた馬がものすごい速度で近づいて来る。その差し迫った様子に、マルスがクイックをひそかに使う。護衛たちも口を大きく開けていた。


「マルス様! マルス王子! ご無事ですか! 我々よりも先に賊がこちらへ向かったと言う話でしたが」

「賊って、もしかしてこれのこと?」


 マルスがグルグル巻きになった騎士たちを指差した。その姿を確認した騎士団長が驚いて、何度もマルスと賊を見比べている。最後には馬から下りて、他の騎士たちと共に確認していた。


「これを、マルス王子が?」

「もちろんボクだけじゃないよ。ここにいる護衛たちも一人も逃げずに立ち向かってくれたよ」

「何をおっしゃるのですか。マルス王子がこいつらを馬から引きずり下ろしてくれたおかげで戦うことができたのです」

「そうですとも。そうでなければ我々がこうして無事でいるはずがありません」


 そうだそうだと護衛たちが代わる代わるマルスを褒める。照れくさくなったマルスが苦笑いしながら頭をかいた。それを見て、騎士団長が感慨深い面持ちで口を開く。


「マルス王子、立派になられましたな」




 騎士団長に率いられ、マルスは王城へと戻った。そのときにはすでに粗方のことが片づいていた。

 アーサー王子は騎士団に捕らえられ、城にある塔の一つに幽閉されていた。マルスが生きていることを知った国王陛下が即座にアーサー王子を捕らえるように指示を出したのだ。


 副騎士団長たちはそのまま獄舎へと送られた。彼らからは動かぬ証拠として、マルス王子暗殺計画の全容が語られることになる。

 約半年ぶりに王妃殿下と再会したマルスは長時間にわたって泣きつかれた。着替えた服はすでにグショグショになっていた。


 国王陛下は”良く戻って来た”とマルスに何度も言い、これまで助けることができなかったことをわびた。話しているうちに、マルスも国王陛下たちが自分を救出するためにありとあらゆる手段を講じていたことを知り、疑いの心を持っていた自分を恥じた。


 マルスが気にしていた戦争は、現在も戦争準備を継続しているものの、タラント王国へ攻め入ることはないということだった。だがしかし、マルスを外交のカードとして利用し、理不尽な要求をしてきたことについては、落とし前をつけるつもりのようだった。


 両親との再会も終わり、何とか戦争が始まるのを押しとどめることができたマルスは、ようやく自分の部屋へと戻って来ることができた。


「思っていたよりも十倍は大変だったよ。でも、手遅れにならなくて良かった。まだ完全には安心できないけど、時間を稼ぐことはできたからね。あとはうまく立ち回れば何とかなるはず」


 折れた剣に向かってマルスは語りかけた。しかし、いつものように頭の中に響くような返事はない。


「エクス? エクス! ……そうか。帰っちゃったんだね。ボクを家まで送り届けるのがエクスの使命だったもんね」


 物言わぬ剣を見て、涙がこぼれ落ちそうになったのをマルスは必死に堪えた。


「エクスが帰ったってことは、向こうの世界で生き返ったってことだよね。だからボクはそのことを喜ばなくちゃいけない。……でも……最後にお礼を言いたかったなぁ……ありがとう、エクス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る