第32話 決戦
一方その頃、第一王子であるアーサーの元を闇ギルドの男が尋ねていた。何の連絡もなく訪れたその男を、器用に片方だけ口角を上げたアーサーが迎えた。
「どうした? 生憎だが人を買う予定はないぞ。剣の試し斬りならこれからいくらでもできるからな」
そう言って上機嫌でアーサーが笑う。それを男が静かに見つめていた。ひとしきりアーサーが笑い終わると男が口を開いた。抑揚のない声だった。
「マルス王子が生きていました」
「……面白い冗談だ」
「冗談ではありません」
小揺るぎもしない男を見て冗談ではないことを悟ったアーサーは近くにあった壺を床にたたきつけた。海を渡った国から持ち込まれた、非常に価値のある壺である。もったいないと思いながら、闇ギルドの男がその光景を見ていた。
「マルスが生きていただと? どういうことだ。死んだはずじゃなかったのか」
「私もそのように聞いております。ですが、カーマンド王国との国境にいる仲間から、マルス王子が戻って来たという知らせが来たのです。これには驚きました」
「……殺したんだろうな?」
「いいえ。国境にいる仲間は少数です。領主代行の屋敷に逃げ込んだマルス王子を殺すのは不可能です」
顔色一つ変えずにそう言った男を見て、アーサーが盛大に舌打ちした。闇ギルドの男としてはそんな命令を受けてはいないし、そんな高いリスクは犯せない。隣のカーマンド王国で殺すならまだしも、アレクシア王国内で殺せば、マルス王子を知るすべての国民が目撃者になるのだ。
「役立たずどもめ! ようやく国王陛下を懐柔してタラント王国へと攻め込む手はずが整ったのだぞ。しかも先陣としてだ。タラント王国の軍勢を蹴散らし、俺の力を皆に示すちょうど良い機会だったと言うのに。それをあいつめ」
ギリッとかみしめたアーサー王子を見て、闇ギルドの男は”この男は何も分かっていない”と内心であきれかえった。これまで断固として拒否していた態度を、国王が急に軟化させたのだ。何か魂胆があると見て良いだろう。そして国王はアーサー王子に先陣を任せた。
それだけで大体のことが分かるようなものだが、闇ギルドの男はあえて何も言わなかった。
「もう良い、下がれ。だれか副騎士団長を呼んで来い!」
副騎士団長は第一王子派でもっとも武闘派の男である。そして自分がこの国で一番強いと思っている男でもあった。アーサーが国王になった暁には、念願の騎士団長へ昇進することがすでに二人の中で決まっている。
すぐに副騎士団長がやって来ると、何やら二人で密談を始めた。
マルスは護衛と共に王都へ向かって進んでいた。だがしかし、第一王子派の派閥である領地を避けて進んでいたために、まっすぐに向かうよりかは時間がかかっていた。もどかしさがマルスに募る。
『落ち着け、マルス。ここまで来て危険に飛び込む必要はない。護衛も少ないんだ。いくらマルスが強いとは言っても、多勢に無勢では勝ち目がないぞ』
「分かってるよ。せめて戦争が止まったかどうかぐらい分かれば……」
移動しているマルスと連絡を取るのは非常に困難である。行く先々で情報を集めているものの、今のところは何の収穫もなかった。その逆に、戦争が始まったと言う話も聞いていない。それだけがマルスにとっての救いだった。
そうしてようやく王都までもう少しのところまでやって来た。マルスの計算ではそろそろ国から派遣された騎士団と合流しても良いころ合いである。そうなれば、戦争がどうなったのかを知ることができるだろう。
マルスたち一行は広い穀倉地帯へと出た。ここは王都の食糧事情を支える大事な場所であった。今も農民たちがせっせと働いている。その向こうに、甲冑を着た一団がいるのがマルスの目に映った。スッポリと顔を隠すように兜を被っている。そして全員が馬に乗っていた。
怪しい。マルスはすぐに警戒レベルをあげた。だが、護衛の人たちは気がついていないようで、騎士たちを見つけて明るい声を発していた。
「マルス王子、騎士団のお迎えが来たようですね。これでもう安心ですよ」
「騎士団と合流すれば、マルス王子を襲って来る者はいないでしょう」
「気を抜くな。あいつらがその襲って来る者かも知れないぞ」
マルスの声に護衛たちの顔が青ざめた。フルプレートに身を固めた騎士を倒すのは困難である。戦いになれば、軽装のこちらが圧倒的に不利だった。唯一救いがあるとすれば、数が同等ということだろう。
『どうすんだ? 逃げた方が良いんじゃないのか』
「そうなんだけど、まだ本当に敵だと決まったわけじゃないんだよね」
『どう見ても敵だろ。俺にだってそれくらいは分かるぞ』
「ボクだって分かっているよ。でも……」
二人が馬の上でコソコソと話している間にも、怪しい一団はこちらへ向かって近づいて来ている。彼らが掲げている旗は間違いなくアレクシア王国軍の旗だった。
だがしかし、それを見て逃げるようなことをすれば、やましいことがあるのだと思われるだろう。そうなれば、マルスに疑いの目を向けられかねない。
それによって”マルス王子の偽物だ”とでもウワサになれば、今度こそタラント王国への進軍が始まるだろう。そのため、マルスは進むしかなかった。それに逃げてもどこまでも追いかけてくるだろう。お互いに馬に乗っているのだ。条件は同じである。
ある程度の距離まで近づいたところでマルスが馬から下りた。馬よりも自分の足が速いのだ。体力を温存する目的以外では馬に乗る必要性はなかった。それを見て同じように下りようとした護衛を押しとどめた。
「君たちは馬に乗っておくように。何が起こるか分からないからね」
「しかし、それならマルス王子も……」
「ボクなら大丈夫。これでもカーマンド王国では冒険者として生活していたからね」
相手側の指揮官と思われる人物が近づいてきた。もちろん馬に乗ったままである。馬上から王子に声をかけるなどあってはならないことである。それを見て、マルスは彼らが敵だと認識した。
「貴様らか、マルス王子を語る偽物は。天に代わって成敗してくれる!」
騎士たちが剣を抜く。心の準備ができていた護衛たちが武器を取り、マルスの前に立ちはだかろうと馬を移動させる。しかしマルスは一切動揺することはなく冷めた目でそれを見ていた。
「そう来ると思ったよ。ウォーター」
騎士たちの頭上から熱いお湯が降り注いだ。それを受けた騎士たちが悲鳴をあげて馬から転げ落ちる。同じく湯を浴びた馬たちが驚いてどこかへと駆け出して行った。
慌てて騎士たちが熱くなった兜を脱いだ。中には鎧まで脱いでいる者もいる。マルスは指揮官の男に見覚えがあった。
「確か君、副騎士団長だったよね? それならボクの顔には見覚えがあると思うんだけどな」
「死ね!」
副騎士団長が剣を振りかざして来た。その剣筋は鋭く、回避が間に合わないと見たマルスが剣で受けた。それを見て他の騎士たちも動き出す。もちろん護衛もである。馬に乗った護衛たちは槍で応戦し、有利に戦っていた。
一方のマルスは打ち合ったあと瞬時に下がった。
『どうした、マルス。倒せたはずだぞ。マルス?』
マルスは副騎士団長と打ち合ったときに嫌な音を聞いた。それは剣が悲鳴をあげるかのような音だった。
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