第31話 決意

 マルスはライナとリゼットと一緒にパーティーを組むことに決めた。アレクシア王国はもう目と鼻の先である。闇ギルドからの追っても振り切ることができた今、急いで国に帰る必要はないのではないか。


 現に自分が捕まっていた三ヶ月の間、国からは何の知らせも来なかった。きっともう、いない者として扱われていることだろう。

 マルスはそう思っていたのだが、当然のことながら、アレクシア王国はマルスと連絡を取ろうとしていた。だが、マルスがそのことを知る由もない。


 もう一つの決め手が、ライナとリゼットが前衛がいなくて困っていたことである。短期間ではあったが、共に村を守ったこともあり、マルスには仲間意識が芽生えていた。それはライナとリゼットも同じであり、マルスを弟のようにかわいがっていた。


「ほらマルス、お風呂に入るよ」

「ライナ、いつも言ってるけど、一人でお風呂に入れるから」

「まあまあ、良いじゃない。三人で一緒に入った方が一度ですむからお得よ」


 何がどうお得なのかと問い詰めたい衝動に駆られたマルスだったが、姉二人にはかなわなかった。そんなわけで、マルスたち三人はしばらくの間、国境にほど近い町で冒険者パーティーとして活動することになった。


 その間にマルスは初めて護衛依頼以外の仕事を受けた。

 採取依頼では森の中に入り、二人から薬草についての知識を学んだ。

 討伐依頼では、ゴブリンだけではなく、オークやコボルト、リザードマンなどと戦った。

 調査依頼では廃墟の調査中にゴーストと遭遇し、ターンアンデットの魔法を覚えた。

 どれも王城にいたときには味わうことができない素晴らしい体験だったとマルスは思っている。


 だがしかし、そんな楽しい生活も終わりを迎える時がやって来た。それは冒険者ギルドでいつものようにみんなで次の依頼を探しているときのことだった。不意にマルスの耳にある情報が入ってきた。


「おい、聞いたか? どうやらアレクシア王国とタラント王国が戦争を始めるみたいだな」

「そうらしいな。何でもアレクシア王国のマルス王子の弔い合戦だそうだぞ」

「結局見つからなかったのか。戦争が起こればこの国もただではすまないだろうな」

「どういうことだ?」

「ますます難民が増えることになる」


 ああ、なるほど、と男が言っているのが、どこか遠くから聞こえたような気がした。

 自分のせいだ。自分がアレクシア王国に戻らなかったから戦争が始まろうとしている。戦争が始まれば多くの人が死ぬ。多くの人が苦しむことになる。


 カーマンド王国は難民であふれかえることになるだろう。そうなれば、治安の悪化は避けられない。関係ない国まで苦しむことになるのだ。震えるマルスに気がついたライナが声をかける。


「どうしたの、マルス? って、本当にどうしたの? 真っ青よ」

「え? もしかして、風邪かしら」


 アワアワと慌てた二人が心配そうにマルスの顔をのぞき込んできた。

 なんて自分はわがままなんだろう。そう心の中で自分を罵りながらマルスは告げる。


「ライナ、リゼット、ごめんなさい。ボクはパーティーを抜けるよ。自分がやらなければならないことを思い出したんだ」


 その真剣なまなざしに二人は言葉を失った。マルスを押しとどめたいと思いながらも、それをやってはいけないという考えが頭に浮かぶ。無言で固まった二人の前に、マルスは持っていたお金の大半を置いた。


「このお金は二人に使って欲しい。ボクにはもう不要なものだからね」

「こんなの、受け取れないわ!」

「どうして……!」

「今までありがとう。二人のことは絶対に忘れないから」


 そう言ってマルスは二人の制止も聞かずに冒険者ギルドを飛び出した。これ以上、二人と一緒にいると決意が揺らいでしまう。マルスは自分がやるべきことのために、今の楽しい生活を捨てたのだ。

 こうしてマルスは次代の王としての一歩を歩み始めた。


 マルスはクイックを使い全力で走った。今ならまだ間に合うはず。自分が生きていることを知らせることができれば、戦争をする大義名分がなくなる。そうなれば、戦争も止まるはずだ。


 アレクシア王国とカーマンド王国の国境を越え、ついにマルスはアレクシア王国側の国境沿いの町までやって来た。ここにはカーマンド王国とは違い、冒険者ギルドは存在しない。マルスの冒険者カードもただの金属の板である。


『どうするんだ、マルス? さすがにお城まで走って行くのには時間がかかるぞ』

「大丈夫。ボクに良い考えがある。髪と目の色を元に戻すんだ。そうすれば、ボクが戻って来たって分かるはずだよ」

『そうかも知れないが、それで国王にまで連絡が行くかな?』


 半信半疑のエクスだったが、アレクシア王国には国境から国の中枢部まで、素早く連絡が行く仕組みが出来上がっていた。ここからマルスが走って王城に戻るよりも、はるかに早く連絡がつく。マルスはそれを知っていたのだ。


 かと言って、この場でのんびりと待つつもりはなかった。衛兵に知らせるとすぐにマルスも王都へ向かうつもりだ。

 髪と目の色を元に戻したマルスがその町の領主代行が住んでいる屋敷へと駆け込んだ。驚きを持って迎えられたマルスはこれまでの事情を話した。


「お任せ下さい。すぐに王城へ連絡を入れます。少々窮屈ではありますが、お迎えが来るまではここでお待ち下さい」

「そうはいかない。一刻も早く国王陛下と王妃殿下にボクの元気な姿を見てもらわないと。そうでなければ戦争が止まらない」

「マルス王子……! 分かりました。そこまで言われるのであれば、私に止めることはできません。すぐに馬を用意いたします。少ないですが護衛もお付けいたします」

「助かるよ。国王陛下にはあなたが良くしてくれたと話しておく」


 マルスの言葉に領主代行がかしこまった。そして本当に十歳児なのかと感服していた。

 馬を借りたマルスはわずかな手勢と共に先を急いだ。本当は走った方が早いのだが、安全を最優先にした。ここで死んでしまっては元も子もないのだ。

 自分の国に戻ったと言え安心はできない。むしろ、明確な敵対者がいる分、今ではこちらの方が危険だった。

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