第30話 揺らぐ思い
それから数日が経過した。その間、散発的にゴブリンが出没したものの、大群で襲って来ることはなかった。
冒険者ギルドからの討伐隊も間もなくやって来ることもあり、再建中ではあるものの、村は比較的穏やかな空気になっていた。当然、村を救ってくれたマルスが滞在しているところも大きかった。
「この分だと、討伐隊が来るまで暇そうだね」
「ちょっとライナ、変なフラグを立てないでよ」
「フラグ?」
この数日でマルスとライナ、リゼットは仲良くなっていた。同じ釜の飯を食べただけでなく、命の恩人でもあるのだ。そうなるのは時間の問題だった。エクスはそのことに危機感を覚えていたのだが、マルスは気にしていなかった。むしろエクスとは逆に、”仲間とはこんなものなのか”と安心を感じていた。
「フラグって言うのは想像したことが実際に起こることだよ」
「ちょっとマルス、怖いこと言わないでよ。ライナ、今の発言を取り消しなさい。早く」
「あのね、想像しただけで何か起こるわけないでしょう? マルスの話だと、あのゴブリンの集落にいた約半分を倒したそうじゃない。もう集落から出て来るゴブリンはいないよ」
「親玉が一人で来るかも知れないじゃない。仲間を殺された恨み、とか言ってさ」
「いやだからそれフラグ……」
マルスが言ったそのときレーダーに反応があった。森から集団で何かがこちらへと向かっている。マルスはすぐに空に向かって魔法を発射した。それは赤い煙を吐き出しながら、天へと昇ってゆく。
エクスがマルスに教えた狼煙の魔法である。畑仕事へ行った村人たちに緊急事態を知らせるために使ったのだ。
「マルス、ゴブリンか?」
「そうみたいだね。これまでで一番人数が多いみたい。全部で十三匹だね」
「ほら、ライナが変なフラグを立てるから」
「それを言うならリゼットもだろう」
三人は村から外へと駆け出した。ようやく復旧作業が始まった村の近くで戦うわけにはいかない。そのため、なるべく村から離れた場所で戦うことにしていた。
森の中からゴブリンたちが現れる。その中の一匹は近くにいるゴブリンよりも二回りほど大きかった。
「ゴブリンの上位種が混じってる。あれが親玉かな?」
「あたしが確認したときにもあいつがいたよ。でも他にも小屋があったし、そっちにも別の上位種がいるかも知れない」
「まずはあのゴブリンたちを何とかしましょう!」
これまで活躍の場がほとんどなかったリゼットが気合いを入れていた。散発的に現れるゴブリンのほとんどをライナが倒していたのだ。足が速く、索敵能力に優れたライナにはピッタリの仕事だった。残り二人は万が一に備えて、村でお留守番である。
バラバラとゴブリンたちが散らばり始めた。少しでも多くのゴブリンを魔法に巻き込もうとしてリゼットが魔法を放った。
「フレイム!」
リゼットが掲げた杖の先端から炎が噴出した。それはうねりを伴いながらゴブリンたちに襲いかかる。六匹のゴブリンがそれに巻き込まれた。
しかし上位種のゴブリンは味方を盾にしており無傷である。だが、仲間を丸焼きにされて怒りの声を発していた。
「魔物って生き物は良く分からないわね」
「そんなことよりも、ばらけたゴブリンを倒さないと。ボクがあの大きなゴブリンを相手するから、二人は残りのゴブリンをよろしく」
「まあ、それが妥当かな? さすがにあたしじゃあいつとはやり合えないからね」
ライナの武器はナイフである。小物を刈るのは良いが、大物になると厳しいものがあった。その代わり投げることで遠くの敵にも対応できる。リゼットが再び魔法を放つ準備を始めたところで、取り巻きのゴブリンがいなくなったゴブリンの上位種にマルスが立ち向かう。
その間にライナが二匹のゴブリンを投げナイフで仕留めていた。リゼットの放った炎の矢がゴブリンに突き刺さる。それと同時にマルスの剣と相手の錆び付いた斧がぶつかり合った。
錆び付いているとはいえ、斧は折れることはなかった。これ以上打ち合うのは良くないと思ったマルスはクイックを使ってすぐに回り込んだ。その動きについていけなかったゴブリンの腹を切る。声をあげ、傷口を両手でかばったゴブリンの首を飛鳥のような早さで切断した。
ゆっくりとそれが倒れるころにはすでに他のゴブリンも倒されていた。
「いやー、どうなるかと思ったけど、さすがはマルスだね」
「そうね。あの大きなゴブリンにも怯むことがないんだもん。見直しちゃったわ」
そう言いながら両手をワキワキとさせているリゼット。それを見たマルスの顔が引きつった。そんなリゼットをライナがたしなめていると、村の中が騒がしくなってきた。何事かと思って外に出てみると、そこには討伐依頼を受けた冒険者たちの姿があった。
ゴブリン討伐は速やかに行われた。ゴブリンの集落には上位種が何匹かいたのだが、それらは冒険者たちによってすべて討伐された。集落の跡地は魔法使いによって焼却処分され、森から完全に抹消された。
村からの依頼を完遂し、ライナとリゼットも冒険者たちと一緒に町へ戻ることなった。マルスは辞退してそのまま次に村に進もうと思っていたのだが、二人がそれを許さなかった。村長からも冒険者ギルドから特別報酬を受け取ってくれと言われてしまっては、さすがに断ることはできない。
町へ戻り、冒険者ギルドから報酬をもらった三人は酒場の席で依頼達成の祝杯をあげていた。ライナとリゼットは思ったよりも多い報酬にほくほく顔である。マルスは村の貴重なお金をもらったとあって微妙な顔をしていた。
「これであいつの薬を買うのにまた一歩近づいたな」
「そうだね。早くお金をためないと……」
ある程度はマルスも二人の事情を聞いていた。しかし、気をつかって深く足を踏み入れることはなかった。頼れる剣士だと聞いている。一度会ってみたいなとマルスが思っていると、ギルドの職員が一枚の手紙をライナたちのところへ持って来た。
それを受け取ったライナの顔が真っ青になる。その表情を見たリゼットがマルスにしがみついた。どうやら手紙の差出人は例の剣士からのようである。最悪な結末がマルスの頭にもよぎった。
「ハァ? 何だよそれ!」
ペシン。読み終わったライナが手紙をテーブルの上にたたきつけた。随分とお怒りのようである。だがその顔はどこか安心したと言うか、うれしそうな表情も混じっていた。恐る恐る、リゼットもその手紙を読む。
「何よこれ。ケガは治ったからもう大丈夫ですって? それにこれは何よ、修行の旅に出るからしばらく帰れませんって。あのアホー!」
ペシン。今度はリゼットが手紙をテーブルの上にたたきつけた。こちらも随分とお怒りのようである。よほど心配していたのだろう。両手がワナワナと震えている。
大事な仲間に手紙一つの対応で大丈夫なのかな? 他人事ながらマルスはその剣士のことが心配になってきた。再会したときには殴られることだろう。
はぁ、とため息をついたライナがマルスの方を向いた。
「ねえ、マルス、もし良かったら何だけど、一緒にパーティーを組まない? 見ての通り、前衛がいなくて困ってるんだ」
「それが良いわ! 一人旅も良いけど、こうやって仲間と一緒に旅するのも良いわよ」
マルスは返答に困った。自分には帰る場所がある。両親も心配していることだろう。だがその一方で、急いで帰る必要があるのだろうかと疑問に思うようになっていた。生きて帰ることができればそれで良いのではなかろうか。
城に戻ればまたあの窮屈な生活が待っている。自由を知ってしまった今、あのころの生活は鳥かごにいるのと全く同じだった。マルスの心は揺らいだ。エクスの約束はマルスを無事にアレクシア王国まで届けることである。特に期限を指定されているわけではないのだ。
「エクス、どう思う?」
『……マルスの人生だ。俺の人生じゃねぇ。それなら、マルスが納得する道を進むべきじゃないのか?』
「エクスはそれで良いの?」
『良いも悪いも、少なくとも俺はそうやって生きてきたぜ? 好きにしろ。一度きりの人生だ。それなら笑える道を選んだ方が良いに決まってる』
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