第29話 もうちょっとこのまま
マルスはライナにキュアの魔法を使う。見た目には変化は見られないが、アナライズで確認すると、しっかりと”毒”の表示が消えていた。マルスはウォーターの魔法を使い宙空から水を出した。ギョッとするリゼット。初めて見る魔法だったのだ。
「この水で傷口を洗ってもらえるかな? 患部が汚れていない方が良いと思うんだ。そのあとにヒールを使うよ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ。……もしかして、飲めたりする?」
「もちろんだよ」
「そんなバカな!」
急に大声を出したリゼットに二人が注目した。思わず立ち上がったリゼットは気まずい思いをしながら顔の前で手を振った。その顔は赤くなっている。
「ご、ごめんなさい。その、初めて見る魔法だったから、つい……」
「……」
マルスも気まずくなった。そう言えば師匠も初めて見る魔法だって言っていたな。長年、冒険者をしていた師匠が知らなかったのだ。恐らく使えるのは自分だけなのではなかろうか。しかし、使ってしまったからには今さらどうすることもできない。マルスは使えて当然のような顔をすることにした。
「うっま。何これ。めちゃくちゃおいしい水なんだけど」
傷口を洗っていたライナが声をあげた。そうだろうそうだろうと思ってマルスが振り返ると、そこでは破れたズボンを脱ぎ捨てて、パンツ一枚で傷口を洗うライナの姿があった。マルスは光の速さでリゼットの方を向いた。
気まずい。そんなマルスを見たリゼットが吹き出した。
「かわいい。顔が真っ赤になっているわよ」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだよ」
「気にしてないよ。言われた通りに洗って良かった。あいつらの使う武器は本当にひどいな」
ときどき小さな悲鳴をあげながら、ライナは入念に傷口を洗っているようである。よほど嫌だったのだろう。ゴブリンが使う武器は村から盗んだ物や、捨てられていた物である。錆びも汚れもひどかった。
「洗い終わったよ。どうすればいい?」
『ほらマルス、ケガの治療だ。振り向かないと治療できないぞ。男だったら覚悟を決めろ。パンツの一枚や二枚でオロオロするな』
「なに言ってんだよ。一枚で十分だよ」
「ん? どうしたんだ?」
「な、なんでもないです」
マルスは覚悟を決めて振り向いた。これはケガの治療だ。やましいことなど何もない。
ライナのケガは思っていたよりもはるかにひどかった。大きくバッサリと引き裂かれている。ライナが何でもなさそうな顔をしていたので見誤ったのだ。
「ヒール!」
慌ててマルスが魔法を使うと、その傷が見る見るうちに消えていった。これまで回復魔法に縁がなかった二人は、初めて見るその光景に目を丸くする。そして初めて見る、年頃の女の子がはいているパンツに、マルスは目をまん丸にしていた。
『マルス、あんまりガン見するんじゃないぞ。さすがに失礼だぞ』
エクスの言葉にハッとしたマルスはそそくさとライナが脱ぎ捨てたズボンの洗濯に移った。カタリナとの旅の中で服の洗濯のやり方も学んでいる。マルスは慣れた手つきで服を洗い、熱湯で消毒し、風魔法を使って乾かした。
「ありがとう。服まで洗わせちゃって悪いわねって、えええ! もう乾いたの?」
「ほ、ホントだ。どうなってるの?」
「温かい風を吹きつけて乾かしたんだよ。この方が早く乾くからさ」
もちろんこの方法はエクスから学んだ方法である。ウォーターと同じように、ウインドの魔法も温度を変化させることができたのだ。ライナがズボンをはいたのをしっかりと確認するとようやくマルスが振り向いた。
「助かったよ。あたしの名前はライナ、こっちはリゼット」
「マルスです」
「マルスくんは……何歳なのかしら?」
「えっと、十歳ですけど?」
リゼットに首をかしげながら尋ねられ、マルスの中に不安がよぎる。確か、前に冒険者ギルドで見た自分の手配書には名前と年齢が書いてあった。フルネームを名乗ったわけではないし、髪と目の色も違う。それに冒険者だ。同一人物とは思われないはず。たぶん。マルスのほほに汗が流れる。
「それならマルスちゃんね。私とライナは同じ年で十五歳なの。そう、お姉ちゃんなのよ」
なぜか鼻息を荒くしているリゼットに別の意味で不安がよぎるマルス。まさか、愛玩対象として見られてる? マルスの勘は正しく働いていた。今のリゼットは危険な状況をそっちのけで、マルスを愛でることに集中し始めていた。
そんなリゼットを慣れた手つきでライナが抑えた。これが初めてではないのだ。
「そこまでだリゼット。こんな場所で話をしている場合じゃないわよ。それにマルスが引き気味になっている」
「そんな……」
「ライナさんの言う通りですよ。急いで村に戻りましょう。リゼットさんはもう魔力が底をついているのでしょう?」
「う、そうだったわ。それなら村に着いたら……!」
「ハイハイ。戻るぞリゼット。あたしはリゼットを背負うから、周囲の警戒を頼んでもいいかしら?」
「もちろんだよ。ボクに任せて」
マルスが指示するまでもなく、ライナはゴブリンたちの動きが見えているかのように、彼らに見つからない場所を選んで進んで行った。その様子に、ライナがカタリナ以上の索敵能力を持っていることを確信するマルス。カタリナ以上となれば相当な能力である。
日が暮れる前に三人は村へ戻ることができた。戻って来た三人を村長が涙を流しながら迎えてくれた。
「皆さんがご無事で本当に良かった。すべては私の判断の遅さが原因です。そのせいで犠牲者が出なくて良かった」
三人は村長の家に泊まることになった。そこには衛兵たちの姿もある。衛兵たちはマルスが森に向かったあとも村の警戒を続けてくれていたのだった。
マルスたち三人は、村長、衛兵たちと共に今後のことについて話した。
「森のこの位置にゴブリンの集落があります。数もまだ多いです」
「遠目で確認できた限りでは上位種もすでにいる。ここにいるだけの人数じゃ厳しいと思う」
「それが分かっただけでも十分です。これで正式に冒険者ギルドに討伐依頼を出すことができます」
ライナたちがゴブリンの集落を見つけて近づいたのと、ゴブリンが大量に集落から出たのはほとんど同時だった。すぐに知らせるために戻ろうとしたのだが、ゴブリンの足がリゼットよりも速かった。
リゼットは自分の鈍足を恥じているようだったが、魔法使いは大体リゼットと同じである。体力の代わりに魔力があるようなものなのだ。
「それでは私が冒険者ギルドへ行って依頼を出して来ます」
「それじゃ、討伐隊が来るまでの間はあたしたちがこの村を守っておくよ」
「我々は領主へ報告に向かいます。村の被害を報告すれば、きっと支援をして下さるはずです」
方針は決まった。衛兵たちが依頼と報告へ向かい、援軍が来るまで、マルス、ライナ、リゼットが村を守る。すぐにまたゴブリンの集落からゴブリンが出て来る可能性は少ないが、念のためである。
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