第28話 小さな英雄

 マルスが起こした癒やしの風を受けた村人が、一人、また一人と起き上がった。その中には衛兵の姿もある。騒ぎを聞きつけこの村に駆けつけたのだが、多勢に無勢で被害を食い止めるので精一杯だったのだ。

 起き上がった人たちが先ほどまであった傷口を確かめている。そしてそれがすっかりとなくなっていることを確認すると歓喜の声をあげた。


 すぐにそれは波のように広がり広場が騒がしくなった。幸いなことにスプレッドヒールが村の中央から発生したため、それがだれの仕業によるものなのかは分からない様子だった。

 これ幸いとマルスはすぐに村長に口封じをする。


「今の魔法は特別な魔法なのでだれにも口外しないで下さい」


 強制力はもちろんない。だが村長は村を救ってくれた救世主の願いを無下にすることはなかった。力強くうなずきマルスの手を取ると、口が裂けてもだれにも言いませんと宣言してくれた。


 ゴブリンによる襲撃の傷跡は痛々しいものであったが、村人に死者はいない。そのことにみんなが喜んだ。もちろんマルスもである。多くの人を救うことができたことを誇りに思っていた。


「余計なお世話かも知れませんが、冒険者ギルドに森の中の調査をお願いした方が良いのではないでしょうか。もしかすると、ゴブリンの集落が――」

「そうでした、それですよ! あなたはあの女性二人組の冒険者の仲間ではないのですよね?」

「ええ、そうですけど。まさか……」

「実はすでに冒険者ギルドには依頼しておりまして、つい先日、冒険者の方が調査に向かったばかりなのですよ」


 村長の話によると、三ヶ月前くらいから村にゴブリンが出没するようになったそうである。それが日に日に数を増していき、”これは森にゴブリンの集落ができた”と判断した村長が冒険者ギルドに調査を依頼した。そしてつい先日、冒険者がやって来たそうである。


「そんな依頼が出ていたなんて気がつかなかったよ」

『しょうがないさ。護衛依頼の貼り紙しか見ていなかったからな。それよりもどうするんだ。どうせマルスのことだから、放っておけないんだろう?』


 マルスが無言でうなずいた。ゴブリンが大量にこの村にやって来たということは、そのゴブリンの集落で何かがあったということである。調査に向かった冒険者たちもどうなっているかは分からない。それにこのまま放置することになれば、第二、第三のゴブリンの襲撃があることだろう。


「村長さん、ボクも森の調査に向かいます。森の地図はありませんか?」

「すぐに持って来ます。お礼は村人たちを治療してくれた分も含めて、必ずさせていただきますので」


 マルスがそれを断るよりも早く、村長が村の中で一番大きな家へと走って行った。慌ててマルスがそれを追いかける。そんな村長を見ながら、これほどまでに誠実な人もいるんだな、と思いつつ、村の復旧のためにお礼はもらえないと思っていた。


「これが森の地図になります。普段はこの森で狩りをしているのですが、ゴブリンが増えてからは禁止にしてます。これと同じ物を先に来た冒険者の方にも渡しております」


 村長が地図を差し出そうとしたが辞退した。すでに地図はマルスの頭の中に入っている。紙の地図は必要ない。マルスはすぐに行動を開始し、まっすぐに森へと入って行った。その光景を村長が英雄を見るような目で見送っていた。


『マルス、魔力は大丈夫か? あれだけの範囲を治療したんだ。かなり魔力を消費したはずだぞ』

「大丈夫。まだまだいけるよ」

『あとどのくらい?』

「さっきの魔法を十回くらいかな?」

『おおう、さすがはマルス。やるじゃない』


 それを聞いて安心するエクス。エクスには魔力や魔法を使ったときにどれくらい魔力を消費するのかまでは分からない。ただ、魔力がなくなるのはまずいということだけは認識していた。


 魔法による索敵と先ほど見せてもらった地図を脳内で重ね合わせるマルス。すぐにどこにゴブリンの集落があるのかを発見し、そこから少し外れた場所に二つの反応があるのを見つけた。ホッと一安心したマルスは急いでその場所へと向かった。


 そこはゴブリンの集落からそれほど離れた場所ではなかったが、大きな岩があるおかげで何とか身を隠すことができた。そこでは村長が言っていた、二人の女性冒険者の姿があった。


「やっぱり二人だけじゃ無理ね。ルーファスがいないと……」

「ごめんなさい。私のせいで……」

「ああっ! 違うわよ、リゼットのせいじゃないわ。あたしがもっとしっかりと周りを見ていれば……」


 そのとき、近くの茂みがガサガサと音を立てた。とっさにライナがリゼットをかばうように前に出る。ライナの足からは血が流れている。ゴブリンと戦ったときにリゼットをかばって負傷したのだ。

 腕に覚えがある二人でも数の暴力にはかなわない。リゼットの魔力もすでに尽きていた。


 その音はまっすぐ二人の方へと向かってくる。ライナが両手でナイフを握った。いつでも投てきできる体勢だ。そのとき、茂みから一人の子供が顔をのぞかせた。マルスである。


「良かった、無事みたいだね。村は大丈夫だよ。村を襲ったゴブリンはすべて片付けておいたからさ」


 ライナはフウと大きく息を吐き、ナイフを下ろした。リゼットはまだ震える手で杖を握っている。マルスはライナのケガに気がつくと、すぐにアナライズで確認した。どうやら毒をもらっているようである。

 すぐに治療しないと、と思ったマルスはエクスにひそかに話しかける。


「エクス、毒を受けてる。治す魔法はないかな?」

『ああ、毒ね。これなんてどうだ?』

「……うん。ありがとう。大丈夫だと思う」

「あの、さっきから何を……?」


 もしかして聞こえていたかな? と苦笑いをしつつマルスは二人に近づいた。ライナの警戒レベルがあがり、ナイフを持つ手に再び力が入る。


「君の足のケガを治そうと思ってね。どうやら毒が入り込んでいるみたいなんだ」

「道理で足がしびれてきたわけだわ。ヒーラーだったのね。見た目は剣士みたいだけど……」

「ボクは魔法剣士なんだよ。だから魔法も使える」


 ライナとリゼットがそろって首をかしげた。魔法剣士ってそんな職業だったかしら? 魔法剣士はレアな職業であるため、これまで二人は会ったことがなかった。マルスが初めての魔法剣士である。ただし、基準にしてはならない魔法剣士だった。

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